平成25(2013)年6月12日(水)
長野県知事
阿部守一様
                       長野県空中散布廃止連絡協議会
                             会長 河原田和夫

松枯れ防除の空中散布(有人・無人)廃止に関する申し入れ書


 日頃は長野県民の生活安全と福祉向上のため、御努力されておられることに感謝しております。さて、私たち「長野県空中散布廃止連絡協議会」(河原田和夫会長)は、急迫する県内市町村における空中散布実施を直前にして、協議会としては初めての「申し入れ」を行います。市町村を預かる長野県として、御対応の程を宜しくお願い申し上げます。
 そもそも「松枯れ防除の農薬空中散布」は、根深い多面的な問題点を内包しております。長野県での今日までの対応は全国的動向に深く依存しておりますので、私たちは先ず、その「全国的問題状況」を明らかにした上で、長野県での「個別の問題点」を指摘したく思います。それは原点に立ち返って対処する必要があるからです。何故ならば、この松枯れ防除の空中散布問題の原点(出発点)は、社会的に不問にされて進んで来たと言えるからです。

.全国的問題状況

 その空散問題の原点とは、今から36年前の昭和52年4月18日に制定・施行された「松くい虫防除特別措置法」です。制定5カ月後(昭和52・9・12 第81国会農林水産委員会)に、提案資料の9例中の全資料に《誤記・捏造・改ざん・隠蔽・書き加え創作など》が発覚して農林官僚が処分された事件がありました。しかし不思議にも、法律は無傷で継続して引継がれているのです(5年間の時限立法で何度も継続)。ですから、全国的に空中散布には伝統的に「捏造体質」が色濃く反映されています。提案官僚は「松くい虫は5年で撲滅する!」と豪語しましたが、以後の事態は空中散布の無力さを実証していると言えます。現在まで36年間の中で把握した空中散布の問題状況は何だったでしょうか?

 それは1つに、松枯れの防除効果が甚だ疑問だということです。法律制定以後も様々な捏造が発覚(やらせ効果写真、伐倒駆除を隠蔽した空散効果、比較調査の非科学性など)しました。

 2つは、人間健康に深刻な被害を及ぼすことです。各地で被害が頻発し、中止に追い込まれた例が相当にあります。

 3つは、自然生態系に深刻な影響を及ぼすことです。甚だしいのは昭和54年に環境庁委託研究者(宇都宮大学の田中正教授)の考察が改ざんされ、田中教授に抗議された実例さえあるのです。最近では有機リン農薬に替わるネオニコチノイド系農薬がミツバチ(訪花昆虫)を滅ぼすことが実証されました(平成24年 金沢大学の山田敏郎教授ほか)。

 4つは、推進側の手の込んだ手法が問題です。住民側の疑問に対して、空中散布の是非をめぐる「検討委員会」が設置されますが、その謳い文句とは裏腹に内実は推進学者を優先するなど、初めから落とし所は決まっているのが殆どです。中には激論して中止を決めた例(環境市民団体にも委嘱した昨年の出雲市)もありますが、事実と科学的実証に基づく公平な検討がなされるべきはずの対応が出来ていないのが各地方行政の実体です。
 この様な全国的問題状況が色濃く覆っていますので、我が長野県での自主的対応が期待されていました。

長野県における『最終報告書』(有人ヘリ松くい虫防除検討部会)の問題点

 平成21年6月、上田市では健康被害者の声を受け止め、佐久総合病院の疫学調査(統計学的に「鼻水が出る・風邪っぽい・喉が痛い」が有意)を尊重し、「因果関係が否定できない以上、市民の健康を重視し、空中散布を見合わせることにした」(平成21・6・1市長記者会見)という決定を行いました。これは「予防原則」を行政が認知した画期的施策として歴史に残るでしょう。その後、これを県内全体に広めるべく上田市の被害者団体は、長野県に空中散布の是非を検討する対応部署を要望。県は平成23年1月、「有人ヘリ松くい虫防除検討部会」を設置し時間と労力をかけて11月に『最終報告書』を取り纏めました。この報告書が県内における基本マニュアルとなって市町村を拘束しているのです。
 では、この報告書は妥当なのでしょうか? 私たちの調査では看過しえない重要な問題点が多々ありましたので箇条書きでそれらを指摘いたします。

 1つ、一応は情報公開と県民参加を謳って「民主的」に運営・検討されたと思いがちですが、内実はそれに程遠いものでした。例えば、検討委員全9名のうち7名は県職関係者、他2名だけが県外の推進派研究者でした。また、座長宛に提出した署名入りの市民団体の『公開質問状』に対しては速やかに回答されたものの、委員各位には渡らずに事務局独断で回答されました。これは各委員の「審議する権利」が奪われたということであり、事務当局のシナリオの上で展開された検討部会であった証左です。しかも、この公開質問状は県民には公開されませんでした。無記名のパブリックコメントが全て公開されても、署名入りの市民団体の公開質問状は非公開なのです。結論的に言えば、推進派研究者だけですので「落とし所」は初めから決まっていたようです。私たちは「空散のあり方検討」ですから、その是非を検討するものと確信していましたが、実態は本質論議を避けて「空散のやり方」に変質していました。

 2つ、残念ながら全国的な空散の伝統的体質(捏造)を継承しています。『中間報告書』に引用された推進団体の「効果写真」(茨城県旭村)は伐倒駆除が入った不適切写真。また、長崎県総合農林業試験場の「効果試験データ」には2カ所の誤記。それと伐倒駆除の加わったデータなのに、それを隠して空中散布効果だとしたものでした。
 これを発見、指摘(東京NPO団体と私たち「公開質問状」)したところ、理由を言わずに削除し、差し替えたのが最終報告書の「岩井堂山の効果比較写真」でした。現地調査をすれば判りますが、坂城町側(3年間空散中止)は伐倒駆除が為されず、千曲市側(空散継続)は伐倒駆除が完璧の下での比較写真でした。
 また、千曲市側は8割以上が広葉樹林であり、こういう説明も無しの写真でした。更に、山の裏(北側・千曲市)と表(南側・坂城町)の関係でもあって、環境条件が違い過ぎ、単純比較は科学的ではありません。それを比較写真で説明・証明しているのですから不適当です。ですから、この写真を撤回して再検討すべきなのです。
 また、引用した「図表効果データ」も試験研究機関と調査場所・調査日の記載の無い代物で、これまた伐倒駆除が入っている可能性の高い資料です。一般的に自明として通用している空散の効果データが極めて薄弱なのです。事実、私たちの公開質問状への回答では「現場における予防散布の効果は歴然としているが、それ故に解析できるデータとして残っているものが少ない。すなわち、実験的に必要な対照区のデータがない事例が殆どである」(原文引用,平成23年7月7日)と告白していました。

 3つ、人間の健康問題については「空中散布の健康への影響の有無や可能性などを評価し解明することは、現時点では十分な科学的知見がないため難しいが、影響の可能性を否定することはできないと考えられる」(報告書引用)と曖昧でした。要は、《空散の健康被害は存在するが、科学的証明は難しい!》という見解です。そして、因果関係が不明だから空中散布を容認する姿勢を保持し、上田市行政の如くに住民の生命を守る観点での『予防原則』に確りと立脚できない決定的な弱さがあります。
 印象的な場面だったのは、私たちが要求して追加された化学物質過敏症の実例を報告した3名の証言者に対して、検討委員からは一つとして質問が出なかったこと(平成23年7月8日,第5回検討部会)でした。委嘱委員の中に化学物質過敏症の専門家が不在だからでもありますが、この体で空散の健康問題が論議・検討されるのですから、県民の健康安全をどう考えているのか、本当に心もとなさと不安で一杯です。

 4つ、自然生態系に対する影響についても各地の事故事例が論議されておらず、国の基準通りに踏襲すれば安全だとの認識で貫かれ、最近問題になっている《虫が少ない、鳥が減った!》等々の自然破壊が論議されていません。ただ従前より前進したのは、リスクコミュニケーションの徹底を強調したこと、風速3m/s以下での空散の実施、人家より200m以上離す等は評価できますが、これとても安全性が担保されたとはとても言えません。

 5つ、問題は空中散布実施の可否の判断を市町村に委ねたことです。一見、県は市町村自治を尊重したかに見えますが、極めて責任逃れであって不見識です。県段階でもこれ程の難しい検討課題があるのに、市町村に独自の判断能力があるとはとても思えません。報告書で「空中散布は他の方法に代替えすることができない有効な予防策である!」と断定し、「健康被害は科学的知見がないため証明が難しい!」と規定しておきながらも、実施の可否判断を配下の市町村に委ねる無責任性が垣間見えます。事実、この『最終報告書』が最大限に活用されて、坂城町では再開に至り(昨年、わが国初のネオニコ系農薬7.5倍高濃度散布)、松本市四賀地区で新たに実施(無人ヘリ)されようしているのです。
 一体全体、つい最近にEUで使用禁止(ネオニコ系3農薬を2年間)した同系農薬を、県内において高濃度散布する危険性を認識されておいでなのでしょうか。大変に疑問であり、その影響が懸念されます。

 以上、長野県検討部会『最終報告書』の問題点を指摘し、これらを克服・解決すべく下記の「申し入れ」を行います。

               ≪記≫

一. 県が委嘱した「有人ヘリ松くい虫防除検討部会」の『最終報告書』には、上記の指摘した様な決定的問題点が多々ありますので、この報告書を凍結・破棄して下さい。

二. 従って、この『報告書」に基づいて実施される予定の市町村に対しては、空中散布を保留・中止するように指導・通達して下さい。

三. もしも強行実施される場合については、下記の調査を必ず行って下さい。
  @空散の客観的防除効果の調査、特に害虫(マツノマダラカミキリムシ)密度比較調査
  A人間健康への被害検査
  B自然生態系への影響調査
  C飛散・気中濃度・水質検査・土壌調査などの物理化学的調査

四. 空中散布防除の代替方法である、松を守るための「総合的防除方法」を確立・指導して下さい。
先ずは松枯れの正確な診断を実施してから「防除戦略」を組み立てて下さい。そして、空中散布防除に替わる防除方法【抵抗性品種・活性剤・竹炭・竹酢液・土壌改良剤、伐倒駆除、樹幹注入、アカゲラ誘致用巣箱の設置、里山の管理保全など】を駆使した多面的指導を行って下さい。何れにしろ、空散の有無に関係なく里山の松枯れは激化して行きますから、保全するための《松を守り・人間健康も守り・自然も守る》という真の「技術体系」が県民から切実に期待されています。この面での長野県林業総合センターの研究・開発の推進に大いに期待いたします。私たち市民団体としても、『里山保全の立場』で行政の皆様と共に、協働していきたいと希望しております。

五. 『最終報告書』の「おわり」で締め括られている「新たに得られる知見を積極的に活用し、より適切な空中散布のあり方が実現されるよう、今後とも引き続き松くい虫防除のための農薬の空中散布のあり方の検討・見直しを行っていくことが必要である」(28頁引用)に忠実に則って、時代を見据え歴史的検証に耐え得る見直し策(「松枯れ農薬空中散布の廃止」)を速やかに実行して下さい。