*****盛岡地裁:ゴキブリ駆除剤による健康被害損害賠償訴訟判決抜粋*****                          2003年9月2日   (1)被告イカリ消毒は、防疫消毒の施行などを目的とする会社であり、害虫等   の防除作業に使用する薬剤の性質、用法を含め、防除作業実施における安全管理   に通じているべきものであり、実際に、防除作業を実施する場合には、そこで使   用する薬剤が人体に悪影響を及ぼすことがあり得るのであるから、現に防除作業   をする者が薬剤の中毒になることがないようにするほか、防除作業実施後に、そ   の場所を使用する者が残留した薬剤により中毒になることがないようにするた   め、その場所の管理者又は使用者に対して防除作業実施後における安全対策上の   注意点を通知した上、薬剤の用法・用量を守って作業を行うなど、安全対策を十   分に行うべき注意義務を負うものというべきである。   (2)本件防除作業において、被告イカリ消毒は、薬剤としてプレミアムスミチ   オンVP乳剤300ccを水で10倍に希釈したもの、および金鳥エクスミン乳   剤15ccを水で10倍に希釈したものを使用したのであるが、前記認定のとお   り、本件防除作業後約1時間後に原告が本件厨房に入ったとき、本件厨房内の戸   棚の棚板からは薬液が垂れ下がる状態であり、床にも薬液がたまっていて、辺り   一面が塗れた状態であった。その点において、本件薬剤の用法が正しく守られて   いたとはいえないものというべきである。    しかも、被告イカリ消毒が被告共済会を通じて原告に事前通知した内容の中に   は、防除作業の実施後にその場所を使用するものに対し、薬剤の中毒になること   がないようにするための注意事項が十分に記されていたものとは認め難い。被告   共済会が各寮の受託者寮母にあてて同月5日付けで発出した「ねずみ・ゴキブリ   等防除作業の実施について」と題する文書(甲13)には、実施内容及び周知事   項が記載されていたが、周知事項の第5項には「ミスト・乳剤散布防除後につい   ては、2時間程度入室しないでください。長時間締め切っておくと効果がさらに   あがります」と、第7項には「実施作業後についての不明な点については、技術   員に問い合わせてください。」と、それぞれ記されているのみであり、また、被   告共済会が被告イカリ消毒の担当者との間で打ち合わせをした上、各寮の受託者   寮母にあてて同月13日付で発出した「ねずみ・ゴキブリ等の防除の実施日程及   び事前作業について」と題する文書(甲14)には、防除後の後始末として、   「厨房内の食器棚等に再収納する場合は、薬剤効果を高めるため、食器棚は水拭   きをしないで紙(チラシの裏でも何でも良い)を敷き、食堂へ移した食器類をも   とどおりに収納してください」「流し台・ガステーブル等は水拭きを行って下さ   い。」等の打ち合わせ事項が記載されていたにすぎない。これらの文書の記載内   容は、薬剤の効果をいかに高めるかという点を重視するものであり、防除作業実   施後にその場所を使用する者が薬剤中毒にならないようにするという観点からす   ると、指摘事項としては極めて不十分なものであるといわざるを得ない。   (3)プレミアムスミチオンVP乳剤及び金鳥エクスミン乳剤は、いずれも製薬   会社が検査の結果安全であると判断し、国家機関が認可した薬剤である。また、   スミチオンは、農薬取締法では「普通物」に分類され、一般に低毒性の薬剤とい   う評価をする者もいる。    しかし、そのスミチオンにしても、実際には人体に強い作用を持つ場合があ   り、スミチオンの曝露により有機リン中毒を発現させた事故例も文献上報告され   ているのであり、これを人体に安全無害な薬剤であると評価することはできな   い。スミチオンを経口摂取して自殺を図り、死に至った事例の報告も少なくな   い。(甲26ないし28)。このように、スミチオン及びエクスミンについて   は、その用法・用量いかん、あるいはそれに対する曝露の仕方によっては、それ   らの薬剤が人体に悪影響を及ぼすことがあるのであるから、これらの薬剤を使用   して防除作業をする者は、その薬剤の危険性を認識し、防除作業実施後にその場   所を使用する者が薬剤の中毒にならないように十分な安全対策を施すべきであ   り、本件防除作業に使用された薬剤がスミチオン及びエクスミンであるからと   いって、上記安全対策をすべき注意義務が軽減されるものではない。      (4)以上によれば、被告イカリ消毒については、本件防除作業における本件薬   剤の使用について、防除作業後にその場所を使用する者に対する関係で必要な注   意義務を尽くしていなかったものというべきである。