松枯れ・空中散布にもどる    2018年の松枯れなど空中散布状況
n00603#松くい虫空中散布反対運動:鹿児島市で約420haの散布中止#18-09

【関連記事】記事n00404記事n00503
【参考サイト】鹿児島県;松くい虫被害の仕組みと対策その1その2松くい虫被害対策の優良事例
            平成30年度 森林・林業振興施策の概要:森林病害虫等防除事業
        県森林技術総合センター:東正志さんほか「桜島における松くい虫被害量とマツノマダラカミキリ発生数について」
                                  (同センター研究報告 (16), 29-31, 2013)
                         川口エリ子さんほか「クロマツの節におけるマツノザイセンチュウの移動抑制」
                                  (日林誌 92巻1号1頁 2016年)

 今年の有人ヘリコプターによる空中散布計画は記事n00601に示しましたが、松枯れ対策で、計画面積851haが半減したのは鹿児島市です。その経緯を紹介します。

★散布計画が、大幅に削減された
 鹿児島県での松枯れ空中散布で、まず、頭に浮かぶのは、2010年に南さつま市での無人ヘリ墜落事故のことです。これは、反農薬東京グループへの通報が契機で、明らかになりましたが、当初、所管の林野庁は、農薬の漏洩もないため、調査・報告はしないと無責任な態度でした(記事t22701記事t22801記事t22902)。

 本年の空中散布計画は、民有林での散布面積が851ha(鹿児島市(桜島)、日置市、指宿市、南九州市、阿久根市、志布志市、大崎町、東串良町、南種子町)で、いずれも、有機リン系MEPを含むスミパイン剤が使用され、ほかに、スポット散布がありました。国有林での空散は、昨年から7ha増え、九州営林管理局大隈署や鹿児島署管内など1061haで、エコワン3フロアブル(ネオニコチノイド系チアクロプリド)が散布されることになっていました。
 このうち、指宿市民有林では、松くい虫被害に伴う松林の減少による散布面積の見直しの結果、昨年より24ha、南九州市でも6haが減っていました。
 ところが、この民有林での散布計画が半減されることになりました。

★反対運動の経緯〜一人の住民の声が行政を動かす
 今年、鹿児島の桜島地区に移り住んだ市民Aさんのの手元に、「松くい虫航空防除の実施について」という通知が回覧でとどいたのは、4月中旬のことでした。

【鹿児島市からの回覧】市からの回覧内容の概要は、下記のようでした。
   『県・市では、公益的機能の高い松林を保全するため、航空防除(ヘリコプターに
     よる薬剤散布)を実施しており、近年その被害量は激減しているところです。今後、
     松くい虫被害の終息を図るため、本年度も下記の日程により航空防除を実施する
     予定でございます。
     また、航空防除の実施に伴い、一部箇所で交通規制も行いますので、皆様方の
     ご理解とご協力をお願いたします。』
とあり、実施期日は、全面散布が5月16日5時30分〜10時00分(桜島横山及び赤水地区)、5月17日5時30分〜10時00分(桜島横山及び野尻地区−6月6日と7日に延期)。スポット散布が6月14日5時30分〜10時00分(桜島横山及び赤水地区)、使用農薬は、全面散布がMEPマイクロカプセル剤、スポット散布がMEP乳剤となっていました。  ところが、回覧板にあるはずの、散布場所を示す別紙がありません。Aさんは、事情がわからず、市の担当部署に問合せを行いました。  その結果、つぎのようなことがわかり、いくつかの要望もしました。
  ・居住エリアから300メートルの近くまで散布予定→1キロ離して散布
  ・通勤・通学時間帯も散布 →その時間帯は避けて実施
  ・化学物質への感受性が強いひとたちの避難先がない
     →まず、3週間の延期がなされ。さらに、6月1日までに避難先が見つからなければ空中散布を実施しないとなった
  ・近所の人20人位に聞くが、誰も回覧版を見ていない、散布日時しらない
   →住民への周知文書を全戸配布する。そのなかに、「体調不良時の医療機関」、
    「散布場所(地図)」明記する
  ・行政不備により地図が添付なかった
  ・当初、全戸配布するとの回答だったが、その後「検討中」に変わった

  その後、提示された空中散布地域の地図を左に示します。
  全面散布予定地域は、白線で囲んだ421ha、スポット散布
  個所は黄線の枠35haです。二箇所のまる番号はヘリポートです。
   また、鹿児島市における松くい虫の被害量の推移(単位:m3)は、
  下表のようで、 2004年の2万5800m3をピークに、2011年には100m3、
  その後は 二桁台となり、2016年4m3、2017年2m3でした。

表 鹿児島市における松くい虫被害量の推移(単位;m3=立方メートル)

  年度  被害量  年度  被害量     年度  被害量
  2001  13400      2007   16078      2013     11
  2002   17430      2008   15200     2014      5 
  2003   23000      2009   12400     2015     27
  2004   25800      2010     550     2016      4
  2005   22690      2011     100      2017      2
    2006   16758      2012      22

  2010年以後、被害量が急激に減少したことについて、鹿児島大学の
 曽根晃一さんらは、『センチュウの病原性が著しく低下していた。
 大径木に比べ、減退期以降被害の中心となった小径木ではカミキリの
 生存率が低かった。各種の防除は、カミキリの生息数の減少に著しい
 効果は認められなかった。』としています
  (2014年、第125回日本森林学会大会報告)。

★精力的に空中散布反対を求めた結果、中止になる
 前節のように被害量が減少している中、農薬の空散が必要なのかという疑問が浮かびます。
 Aさんは、5月1日から行政と何度も話をし、近所の人へビラを配り、地方新聞の記者に知らせ、市長や県知事に提言の手紙を書きました。
 5月中旬の散布予定が迫る中、使用される有機リン剤スミパインの毒性やいままで反対運動で空散中止になった出雲市や群馬県、その他の状況を調べ、【参考】にあげたような資料を作成して、市に対し空中散布中止を求めました。
 鹿児島県の奄美群島では、対策として。農薬空散は自然環境への影響を配慮して、実施せず、枯れた松の伐採、くん蒸剤処理が主であり、松の伐採後に広葉樹に樹種変換していることもわかりました。
 市は、散布の当初予定を3週間延期しましたが、最終的には、危被害防止対策について関係者間で協議を続けてきたが合意に至らなかったとして、本年の空中散布中止に踏み切りました。
【参考】調査した資料の一部です。
 (1)書籍やパンフレットなど
  ・植村振作ほか:「農薬毒性の事典 第三版」(三省堂)MEP(フェニトロチオン)
  ・近藤博一:「知っていますか? シックスクール〜化学物質の不安のない学校をつくる」(農山漁村文化協会)
  ・ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議「新農薬ネオニコチノイドが脅かすミツバチ・生態系・人間」
  ・農薬工業会「農薬中毒の症状と治療法17版」(日本中毒情報センター監修)
  ・反農薬東京グループ:てんとう虫情報 空中散布・松枯れ関連記事一覧2018年度松枯れ対策等の農薬空中散布予定(いずれも、行政指導等ヘのリンクあり)

 (2)群馬県関連の資料
  ・AERA:「有機燐の空中散布をやめた 群馬県知事の大英断」(2006/07/31)
  ・日本経済新聞:「有機リン系農薬慢性毒性の懸念ー空中散布自粛要請も」(2006/05/29)
  ・ 栗原 久、栗原 丈:前橋市敷島公園の松枯れと土壌の酸性化との関連(東京福祉大学・大学院紀要 第6巻 第1号)

 (3)島根県出雲市関連の資料
  ・島根県:スミパインマイクロカプセル剤について
  ・富士フィルム:マイクロカプセルの機能
  ・出雲市:広報いずも号外(2008/06/12)
       出雲市松枯れ対策再検討会議から答申がありました
       健康被害原因調査委員会の議事録報告書

 (4)長野県関連の資料
  ・長野県:松くい虫防除のための農薬の空中散布の今後のあり方
  ・長野県空中散布廃止連絡協議会(愛称コウノトリの会):
     信州上田にコウノトリが飛来した! 松枯れ防除のための農薬空中散布を止めて6年目
  ・グリーンピース・ジャパン:これでいいの?農薬の空中散布の効果と健康被害--長野県の集会に参加して
  ・CS支援センター:会報96号「長野県の子どもたちの農薬曝露調査について」(こどもの未来と健康を考える会)

 (5)鹿児島県奄美地方
  ・南海日日新聞:「群島の被害量半減=松くい虫対策」(2018/04/25)

 Aさんは、鹿児島市(桜島)での空中散布が中止になった背景として、下記の要因も影響したかもしれないとしています。
  ・桜島の被害量は近年微害だった
  ・散布区域は観光バスが通行するエリアで、観光対策として景観保持という
   側面が強かった
  ・散布区域は展望台から100mなど近い距離まで散布予定で。面積は400ha
   近い広範囲の散布予定で健康被害のリスクや観光客への周知や対応の問題が考えられた
  ・市が作成した住民への周知文書に散布区域地図を添付していなかった不備があった
  ・鹿児島市は2008年に環境都市宣言をしていた
  ・地元の医療機関の体制の問題〜MEPの農薬中毒症状の治療について適切な
   処置が受けられるかどうか不明だった
 おわりに、曽根さんらの論文「桜島におけるマツ材線虫病終息期のマツノザイセンチュウの病原性と誘導抵抗性の発現」から、まとめの一節を引用しておきます。
   出典:九州森林研究68号51頁(2015)

  『桜島では病原性の高い系統と低い系統のセンチュウが混在しており,Takemotoの
   予想どおり,病原性の低いセンチュウの系統の割合は,被害終息期には高かった。
   −中略− 被害がピークに達した後,減少に向かうなかで生じたセンチュウの
   病原性の低下が,直接的に,そしてカミキリのセンチュウ保有状況や誘導抵抗性
   (注:弱病原性センチュウを接種すると,後に強病原性センチュウを接種しても
   発病しにくくなることをいう)を通して間接的に,被害の減少を加速させ,その
   ことが、桜島におけるマツ材線虫病の急速な終息に何かしらの役割を果たして
   いたのではないかと考えられた。』

作成:2018-09-29