松枯れ・空中散布にもどる
n02803#神奈川県はなぜ、ドローン空散拡大をめざすのか〜1992年以来の空散なしの継続を#20-07
【関連記事】記事n02702
【参考サイト】農水省:無人航空機(無人ヘリコプター等)による農薬等の空中散布に関する情報にある
農薬の空中散布に係る安全ガイドライン(無人ヘリコプター、マルチローター)
農薬空中散布による2019年度の48件の事故のうち、唯一の人身事故は、広島県庄原市で、風にあおられた25kg級のドローンが操縦者にぶつかり、右膝4カ所裂傷を負ったものでした(記事n02702)。今年も、7月2日、秋田県大仙市で、ドローン型で農薬空中散布中の操縦者が、プロペラに接触、左手小指を切断するけがを負いました。昨年7月に、無人航空機を無人ヘリコプターとドローンに二分して発出された安全ガイドライン後(記事n01601、記事n01701参照)、人の事故がともに、ドローンだったわけですが、そんな中、神奈川県では、その使用拡大が目論まれています。
★1992年通知で、空中散布をやめた神奈川県
神奈川県では、いままで、当会会員が農薬による野鳥やペットの殺害に使用された農薬、河川敷での農薬使用、県の危害防止運動の講習会などの問題点をとりあげてきま
したが(記事t13505、記事t19106、記事t22008.、記事t26705、記事n01204等参照)、不思議と農薬空中散布の問題はありませんでした。
それは、同県が「平成3年に農業団体等と十分に検討した結果、住宅地と農地が混在している地域、および周辺環境への配慮などの理由から、無人ヘリコプターによる農薬散布は当分の間実施しない」としていたからです(記事t19401参照)。下に示した通知「無人ヘリコプターによる農薬散布について 」(1992年4月21日、農技代20号)には、『県民などからの客観的理解を得られるのが難しいと考え、当分の間、これによる防除を実施しないこととしました』とあり、群馬県が松枯れ対策で、有機リン剤の空中散布自粛方針を出したのは2006年6月でしたから(記事t17803)、はるかに先見の明があったわけですが、農水省の安全ガイドラインが制定されてから、安全とは裏腹に、ドローン散布拡大に向け、舵がきられました。
神奈川県の通知『無人ヘリコプターによる農薬散布について 』
各農業改良普及所長、病害虫防除所長、農業技術課平塚駐在、
横浜・川崎を除く各地区行政センター所長宛
( )は、横浜市長、川崎市長、神奈川県農業組合中央会長宛
本県の農菜飛行散布については、 全国に先駆けて長きに亘り実施されてき(まし)たが、
近年の都市化の進展や県民感情などを考慮し、農業団体(の方々)とも、十分協讓を
重ねた結果、地上防除への移行措置などを講じつつ、平成2年度をもって農薬飛行散布を
中止いたしました。
最近、 国の指導に基づき、無人へリコプターを用いての農薬散布が全国的に行われる傾向が
あるが(ありますが)、本県においては、今までの経緯等から県民(の方々)などからの
客観的理解を得られるのが難しいと考え(まして)、 当分の間、これによる防除を実施しない
こととしましたので、(ご)了知のうえ、関係方面への周知方よろしくお願いします。
★神奈川県のあらたな動き〜「かながわドローン前提社会ネットワーク」設立
県政策局未来創生課は、ドローン前提社会の実現に向けた取組みと称し、『ドローン前提社会の実現に向けて、産学公連携によりドローンのさらなる活用や県民の理解促進を図る』として、2019年9月に「かながわドローン前提社会ネットワーク」を立ち上げ、第1回と第2回(テーマはドローンを活用した災害対策について)の会合を開催しました。
この会の目的は、『ドローン前提社会の実現に向けて、市町村や企業、アカデミア等と連携し、ドローンの社会実装の促進を通して、地域の課題解決と経済振興を図る。』となっており、初回には、県による説明のあと、日本ドローンコンソーシアム会長の野波健蔵さんや慶應義塾大学SFC研究所ドローン社会共創コンソーシアムの副代表南政樹さんによる講演が行われました。
いずれも、ドローン利用の一般的な内容がおおいのですが、農薬空中散布については、南さんの講演で、左図のように、農道をイヌをつれて散歩する女性のイラストが使われました。保護具をつけたオペーレーターでもこんな近くに居ないでしょうに、未来志向と称するドローン散布が、農薬飛散について、このような意識でなされるとは、おどろきです。
さらに「ニーズの多い無人機による空中散布」として 海老名市の農地で2019年5月から粒剤散布、液剤散布の試験と同試験の写真がしめされていました。
別途、2017年9月に、湘南地域県政総合センターが、伊勢原市大田地区で実施したドローン飛行試験の報告(土地改良区における水田作業省力化への取組)がありますが、この試験では、実際の農薬空中散布はなく、地上での散水試験のみと、記載されています。
★神奈川県は、ドローンについてこれから、試験をするという
農薬空中散布が効率的だとする農業者の声が大きくなったきたせいでしょうか。あるいは、ドローンメーカーや防除業者が、自らの利益のための圧力を強めたせいでしょうか。
神奈川県の2020年度の試験研究課題設定に当たり提案された要試験研究問題の対応一覧をみると、上記の動きを本格化するように、農業技術センター対応分に次ぎの2件挙がっていました。
(1)水稲水上防除機器の開発
『ドリフトの安全性を実証し県民理解を得た上,安全に運行することが求められ、
現地での技術導入のハードルは高い。そこで、空中からの農薬散布ではなく、
掃除ロボット技術を応用して、田植え後以降水上に配置すれば全自動で指定し
た範囲の農薬散布や除草ができる機器の開発をお願いしたい。』とあり、
開発は 4〜5年以内の解決が提案されましたが、継続検討とされました。
(2)ドローンによる農薬散布における安全性及び経済性の評価
『これも、水稲に拘わる技術であるが、ドローンの農薬散布における安全性の根拠
は示されていない。
そこで、安全性の評価として、ドリフト程度、気中濃度の測定を剤型別(液剤、
粒剤)、飛行高度等別に試験を実施していただきたい。また、ドローンを導入
する場合の経済性について、個人で購入する場合、作業委託する場合別に評価
をお願いしたい』として、1年以内 に課題を解決するとした農業振興課提案で、
実施決定されましたが、農業技術センターは以下のように回答しています。
『栽培体系、作業体系的な結果を得るまでには至っておりません。本県においては
利用実績がないので、今年度、水田利用についてドローンによる散布等に関する
データ収集のための調査を実施いたします。
調査結果を検討しまして、来年度神奈川県の状況に対応した散布試験を行う予定
です。
安全性の評価に係る項目につきましては、散布試験の中に飛行高度別のドリフト
程度の調査等も含めて実施いたします。
また、ドローンを導入する場合の経済性につきましては、ドローン利用について
方針が示されました後、利用体系モデルの作成を検討してまいります。 』
とのことで、4〜5年以内 に解決がめざれています。
県が、ドローン空中散布の危険性を認識しながら、テーマ(1)を選ばす、空散拡大に拘泥して、テーマ(2)を進めようとするのは、問題です。農水省の登録した要件で使用すればよいというのではなく、農薬飛散についてあらためて調査し直すという県の主張の裏には、真摯に住民の疑問に答えようという姿勢はみられず、ドローン散布解禁を目指す業界や団体側に重心が置かれているのは明らかで、調査が、手放しで安心・安全につながるとはいえせん。
★水稲面積の少ない神奈川県でなぜ?
それにしても、神奈川県の水田での農薬使用状況をみると、2018年の水稲面積3080haで、全国都道府県の0.21%で45位、病害虫の発生や防除面積は、下表のようです。ほかの作物で、特定の病害虫の防除面積が1000haを超えるのは、かんきつ、すいか、きゅうり、だいこん、きゃべつ、ねぎくらいで、今後、空中散布を増やしていく理由がはっきりしませんが、内閣府の意向に沿って、農水省や農薬業界が声高に叫ぶスマート農業の中に、農薬散布の効率化がはいっていることと無関係ではないでしょう。
表 2018年度の神奈川県での水稲病害虫発生面積と防除面積 (出典;農薬要覧2019年版)
病害虫名 発生面積 防除面積 病害虫名 発生面積 防除面積
紋枯病 2232 185ha ヒメトビウンカ 1888 2497
ばか苗病 0 2781 ツマグロヨコバイ 3090 2497
心枯線虫病 0 2781 斑点米カメムシ 687 0
もみ枯細菌病 0 1669 イチモンジセセリ 343 1082
ニカメイガ(第二世代)343 1082 コブノメイガ 0 1082
セジロウンカ 2403 2497 イネミズゾウムシ 1103 2472
トビイロウンカ 0 2472
こんな状況の中で、県は、今後、水田でのドローンの空中散布による飛散について、前節の試験を実施してまで、空中散布面積を拡大しようとするのは逆方向の気がします。
★ドローン散布を考えなおすべき〜散布効率一途から域外飛散防止へ
ドローン散布は、短時間で広い面積を散布することができるので、単位面積あたりの農薬成分量を 地上散布と同じにするには、同じ圃場をいったりきたりして、複数回 散布するのでなく、散布濃度を高くしたり、単位時間当たりの散布数量を増やして、1回散布で済ませることがメリットとされ、散布の効率化といわれます。しかし、農薬の域外への飛散や環境汚染防止は、ないがしろにされているのが現状です。
通常の地上散布/無人ヘリコプター空中散布/ドローン空中散布について、液剤や粒剤それぞれの場合の圃場試験データをとり、散布量、散布濃度、散布幅、散布速度、風速・風向、散布時間、ダウン・スラッシュ(吹き下ろし)が農薬の飛散状況や大気汚染にどのような影響を及ぼすかを科学的に調べ、散布域外への飛散や気中の農薬気体・浮遊微粒子をできるだけ減らことにつなげること、さまざまな、地形の圃場で、さまざまな気象条件の中で、農薬の気体や微粒粉塵の域外汚染を防止し、他の作物やヒトや環境生物に影響をあたえないことはあたりまえのことです。
地散の10倍以上の高濃度や多量投下による粒剤同士の衝突微粒子化による域外飛散を防ぐには、登録メーカーが、科学的な圃場試験をきちんと実施した上で、農水省が登録していれば、県が独自の試験をすることもないと思うのですが、神奈川県が、新たに試験をするということは、国が安全だとする根拠が薄弱である証にほかなりません。
一方、ドローンのヒトによる操作が困難なことを考えれば、散布域外への飛散や農薬気体・浮遊微粒子をできるだけ減らことを目的に、メーカーが、高度、速度、気象条件に応じて、自動的に散布を制御する空中散布技術を開発することも検討されるべきでしょう。
要するに、何年かかけて、空中散布拡大を目指すためのデータをとるよりも前に、県として、やるべきことがあります。それは、ドローンをはじめとする空中散布をやめる=1992年通知をドローンにも適用すること、さらには、農薬使用者に次節のさまざまな行政指導を義務づけることです。
★ドローン空中散布に忘れてならない防除業者の届出と実施計画の届出と周知義務
今年の7月9日に行われた、神奈川県消費者団体連絡会と県の農政課や農業技術センターとの意見交換の席では、県から「農薬の空中散布を自粛しているがドローンについては自粛の対象外とする方向性で検討している」との説明があったとのことです。
現状では、県内では、無人ヘリで空中散布は実施されておらず、無人ヘリの数も、認定オペレーターもゼロです。しかし、ドローンについては、県内保有数や認定オペレーター数もわからず、実際に散布している農業者の有無も不明です。地元の防除業者も把握できていないだけでなく、県外業者が地散も含め、どのていど県内散布をしているかも判っていません。かりに、無人ヘリの実施計画が届けられても、ドローンについては、我れ関せずでは、どうしようもありません。
ドローンについて、県がやるべきことは、@防除業者の届出。A実施計画の届出、B近隣への周知の3点を義務付けることです。
@Aについていえば、農薬取締法の改定で防除業者の届出制度が廃止され、地方自治体が行う農薬使用者向けの研修会や講習会に個々の業者に参加を求めることができなくなっています。ついで、昨年7月の無人ヘリコプターとドローンの『農薬の空中散布に係る安全ガイドライン』の制定で、実施計画を検討する地域協議会がなくなり、都道府県へ提出が求められていた実施計画と実績報告の届出は、ドローンには適用されなくなりました。
防除業者を含め、農薬使用者に求められるのは、住宅地通知と農薬危害防止運動にかかる通知による農薬散布地域の周辺住民への周知であり、後者では、養蜂者と農薬散布者の農薬使用情報共有のため、都道府県の農政畜産部署への届出が追加指導されています。
神奈川県には、神奈川県農薬安全使用指導指針(2019年12月18日一部改正)がありますが、クロルピクリンについて『住宅密集地では絶対に使用しないこと。』とあるくらいで、ほとんどが、国の法律や通知に従うだけです。
すでに、国以上の指導を実施している地方自治体があることを次節で紹介します。
★国の指導内容より厳しい地方自治体
神奈川県と異なり、関西の2府県で、国よりも、農薬使用について、厳しい要領や指針があります。これらは、記事n02101で述べ、長野県にも求めた私たちの提案の一部が具体化されているものです。
神奈川県でも、防除業者の届出制度、ドローンの実施計画届や農薬散布の近隣住民への周知を努力規定でなく、ぜひ、義務規定として、実践してもらいたいものです。
、
【兵庫県】無人航空機による農薬等の空中散布に際しての手続き等についてでは、第2節に『従来は、農林水産省が定めた「空中散布における無人航空機利用技術指導指針」(以下「指導指針」という。)に基づき、ドローンで農薬の空中散布を行う場合も空中散布計画書、実績報告書を提出いただいていましたが、指導指針が廃止され、「無人マルチローターによる農薬の空中散布に係る安全ガイドライン」が制定されたことにより、ドローンでは、空中散布計画書、実績報告書を提出いただく必要がなくなりました。』とあります。
しかし、つづけて、『兵庫県では、様式に「地区名」欄を追加しています。(国の散布計画書様式1と実績報告書様式2)』とし、さらに
『<農薬の空中散布に際しての危害防止・安全性の確保に計画書と実績報告書>ついて>
県は提出いただいた空中散布計画書等については、農薬の空中散布での危害防止・安全性の確保の観点から、実施主体が自ら行う実施区域及び周辺の居住者や養蜂家等への情報提供を補完するため、ホームページに実施時期、場所等の掲載、養蜂振興会等への情報提供を行っています。』との記載があり、散布計画<(たとえば8月以降の予定)が公表されています。
また、第3節に、『国のガイドラインでは、ドローンによる農薬の空中散布に際しては、県に空中散布計画書等を提出していただく必要がなくなりましたが、ドローンを用いて農薬散布を行う場合についても、県が補完的に行う関係機関等への情報提供等を希望される場合は、2に記載した無人ヘリコプターと同様に空中散布計画書を提出願います。』としました。
第7節の防除業届についてにある『防除業者の皆様へのお願い』では、『農作物に対する病害虫防除の業を営む者(防除業者)の農薬の適正かつ安全な使用を確保し、人畜や周辺環境等に対する安全性を確保するために、「兵庫県防除業者に関する指導要綱」に基づき防除業届の提出を求めています。』とし、兵庫県防除業者に関する指導要綱、お願いがあります。
兵庫県を営業区域として新たに防除業を開始するときに提出すべき届出様式では、農作物、樹木、芝などを対象に地散、空中散布、塗布、土壌消毒などを明記し、無人航空機の場合。機種やオペレーターの技能認定証のコピーの添付ももとめられています。
【大阪府】大阪府は、ドローンによる農薬散布に際しての手続き等についての頁で、いままでの、有人および無人ヘリコプターによる農薬の空中散布自粛に加え、『大阪府は住宅や道路、公園などと隣接している農地が多いため、関係法令やガイドライン等に基づき使用することはもとより、ドリフト(飛散)しないよう、細心の注意を払って使用いただく必要があります。ドローンによる農薬散布を行う場合は、本要領に基づき実施いただくようお願いします。』として、大阪府農業用ドローンによる農薬散布に係る安全使用実施要領を制定し、第4条(農薬散布計画の提出)にあるように、実施計画を20日前までに大阪府のの農政室長に提出するよう求めました。
神奈川県と同様、人口が多く、無人ヘリコプターによる空中散布が実施されていない大阪府が、ドローン散布を実施者まかせにせず、提出された計画を「市町村等へ情報提供」し、自ら計画内容を検討し、「助言指導」をすると条文に明記されている点は重要です。私たちは、ドローンが単機で、狭い山間農地を空中散布するだけでなく、複数機で、また、複数の使用者が同一地域で短期間に一斉散布することの危険性を指摘し、住民を含む地域協議会で実施内容を精査すべきとも主張してきました。その第一歩となるのが、この条文です。大阪府の実施要領を下記にしめします。
大阪府農業用ドローンによる農薬散布に係る安全使用実施要領
第1条(目的) この要領は、無人マルチローターによる農薬の空中散布に係る安全ガイドライン
(農林水産省消費・安全局長通知第1388 号に定めるもののほか、農業用ドローンよる農薬散布の
適正かつ安全な実施のため必要な事項を定めるものである。
第2条(定義) −省略−
第3条(実施者の責務) 実施者は、農業用ドローンによる農薬散布に際しては、次の
法令及び関連通知を遵守し、農薬の適正使用及び農薬の飛散や事故の防止に細心の
注意を払うとともに、事前に周辺住民に対して周知を図る行うものとする。
ア 農薬取締法
イ ガイドライン
ウ 住宅地等における農薬使用について
エ 航空法(昭和 27 年法律第 231 号)
オ その他、農業用ドローンの安全飛行や農薬の安全使用に係る各種通知
第4条(農薬散布計画の提出) 実施者のうち農薬を散布する者は、農業用ドローンによる
農薬散布を行う20日前までに様式1号(注)により農薬散布計画を大阪府環境農林水産部農政室長
に提出するものとする。
2 農政室長は、提出のあった農薬散布計画を、該当する市町村等へ情報提供するとともに、
実施者に対し、必要に応じて助言指導を行うものとする。
第7条(農薬安全使用技術及び安全飛行技術の向上) 実施者は、事故を防止し、また、
均一に農薬を散布し、農薬が目的の場所以外に飛散しないよう操作技術の向上に努める
とともに、大阪府が行う農薬適正使用に係る講習会に積極的に参加するなど、資質の
向上を図るものとする。
(注)実施計画書の様式1はこちら
作成:2020-07-31