室内汚染・シロアリ駆除剤にもどる
t02703#塩化ビニル製壁紙からの難燃剤TCEPによる室内大気汚染#94-07
1.はじめに
昨今の新築の建物には多くの合成樹脂が利用されている。例えば、繊維状の物では、絨毯やカーテン、床張りにはいわゆる「ビニタイル」と呼ばれるポリ塩化ビニールの板といった具合である。見えないところでは、床材や家具、壁材の合板の接着剤には熱硬化性の合成樹脂、いわゆる「スタイロ畳」と呼ばれる畳の芯材にはポリスチレンが使われている。これらの樹脂には加工性や耐候性などの向上のために多くの添加剤が使用されている。
新築の建物に入るとしばしば目に刺激があったり、一種独特の臭いがする。前者の主な原因は合板に使われている接着剤から遊離して出てきたホルムアルデヒドで、後者はポリ塩化ビニールの可塑剤が蒸発しているためである。壁紙や床張りなどに多使われているいわゆるポリ塩化ビニールから可塑剤が使用中に蒸発して大気を汚染していることはよく知られていることである。
今回、ポリ塩化ビニールやポリエステル、ポリウレタンなどの難燃性可塑剤であるTCEP(Tris(2-chloroethyl phosphate:(ClC2H4O)3PO)を高濃度で検出したので報告する。
2.どんな方法で調べたか
2−1 試料採取場所:東京都保谷市市立公民館和室
2−2 試料採取年月:1993年3月〜同年5月
2−3 試料採取法:内径約4 mmのガラス管に0.1 gの固体吸着剤を充填した試料採取管を通して大気を概ね2リットル/分の割合で10分間吸引して採取。
2−4 分析法:試料採取管に窒素ガスを流しながら固体吸着剤を300℃に急速に加熱し、吸着剤に吸着されたTCEPを蒸発させ、ガスクロマトグムの分離管に直接注入して定量。
3.調べた結果と検討
本調査のきっかけは、前記公民館館内で ゴキブリなどの駆除目的で散布された薬剤の分析中に、散布薬剤と異なる物質(有機リン剤)の著しく大きなピークが繰り返し検出されたことである。筆者の手元にある農薬や防疫用の有機リン剤のいずれとも異なり、かつ、壁紙を使用した室内の試料で主に検出された。これらのことと現地調査の結果、壁紙の可塑剤による汚染を疑い、有機リン系可塑剤の中から可能性のある数種の薬剤を選び、それらを用いた種々の試験から、不明のピークがTCEPに相当することを確認した(どんな薬剤であるか予想し、どんな方法で確認するかは、分析者の経験、知識、技術、有する分析機器、それに最後は意欲に依存することは当然であるがそれらについては本稿では省略する)。
最高は2054ng/ 立方メートルだった。最初の測定日3月16日を除いて、全体的には暖かくなるに従って濃度が高くなる傾向が見られた(図参照−略−)。
試料採取場所は築後5年を経過した高層都営住宅の一階部分の和室で、壁紙は消防法合格品が使用されていた。使用壁紙と同品の壁紙にTCEPが使用されていること、同一階の壁紙を使用していない部屋では不検出か極低濃度であることから、和室内の大気中TCEPの起源は壁紙に使用された難燃剤TCEPと結論した。建築直後には相当高濃度だったと推定される。
TCEPは蒸気圧(10−2mmHg/20 ℃)が比較的高いので、高温になる夏期と暖房器具を使い換気が少ない冬期には室内濃度はさらに高くなる可能性がある。TCEPは本報告の調査対象の公民館だけでなく、一般の民家の室内大気からも検出される。さらに、大阪市環境科学研究所の調査では淀川水系の河川水からも検出されている。
★TCEP汚染は大気の汚染だけではない
TCEPは、変異原性や発ガン性があり、パジャマへの使用が禁止されたTBPと同系統の有機リン酸エステル系の物質で、アメリカのナショナル・トキシコロジー・プログラム(NTP)で実施された動物実験(ラット、経口)で、尿細管腺腫が投与量に応じて増加することから発ガン性が明らかにされている。
ヒトが呼気を通して摂取する場合の毒性を直接評価することができるデータは無いのでTCEPに汚染されたところで常時生活した場合の発ガン率を正確に推定することはできない。しかし、動物実験で発ガンが明らかにされた場合、蒸発しやすいこのような化学物質を居住空間で蒸発面積が著しく大きな状態(壁紙)で使用することは厳しく規制すべきである。
医薬品、農薬はそれぞれ薬事法、農薬取締法で販売、使用等の規制が不十分ながら行なわれているが、昨今、室内で多く使用されている新しい合成化学物質に対する法的規制体系は全く整備されていない。例えば、殺虫剤の一つであるスミチオンが農薬として製造される場合は農薬取締法で規制されるが、畳に防虫紙として使われるときには法的な使用規制が全くない。このように一つの物質でも、用途が異なると野放しになる状況である。
TCEPの場合は行政的規制が全くなかったので難燃剤として、室内で多く使われている塩化ビニール樹脂、ポリウレタン等に使われて来た。スミチオンやTCEPに限らず多種多様な合成化学物質が室内で使用されている。これら化学物質の使用・汚染実態の早急な把握と同時に安全性に十分に配慮した法的規制体系の整備・確立が望まれるところである。(植村振作)
★後日談−略−
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作成:1998-04-01