空中散布・松枯れにもどる
t04803#スミオキソンについての広島県の毒性評価のごまかし#96-04
 大阪大学大学院理学研究科  植村振作
<はじめに>
 スミオキソンはもともとスミチオンの不純物として含まれていることもありますが、空散後の大気中から検出されるスミオキソンは、空散当日の日中に比較的高い濃度で検出されることを考えますと、散布されたスミチオンが太陽光(紫外線)に当たって大気中で酸化されて出来たものと考えられます。また、スミオキソンはスミチオンの毒性の本性をなすことが知られています。
<スミチオンの15倍の毒性!?>
 ところで、スミチオンとスミオキソンの急性経口毒性(LD50値,mg/Kg)は、広島県林務部資料「スミオキソンが検出されたことに対する江藤守総九州大学名誉教授(農芸化学)の意見について−平成6年9月1日」によると、それぞれラットでは330及び24、マウスでは1030および60、イヌでは681以上及び68以上となっています(注)。
 江藤氏(都城高専校長)や広島県は、これらのデータに基づいて、スミチオンとスミオキソンの「哺乳動物毒性比は最大15倍と考えるのが妥当である」と主張しています。しかし、これは明らかに誤りです。
<経口毒性だけではない>
 江藤氏や広島県の主張は如何にももっともらしいのですが、経口の急性毒性のデータを使って、毒性一般にまで主張を広げています。毒性は経口急性毒性だけではありません。空散後に大気中に漂っている農薬のことを問題にするときには、吸気と一緒に摂取することも考えなければなりません。
 ある物質が経口で摂取された場合、胃腸で分解・吸収され、肝臓で分解・代謝され血液によって体中に運ばれたり、排泄されますが、吸気と一緒に気道を通して取り込まれた場合は、肺胞を通して直ちに血中にとけ込み、全身に運ばれ、効率的に毒作用が発現される可能性があります。スミチオンやスミオキソンもその例外ではありません。摂取経路によってそれぞれ薬剤の摂取効率が違うと急性毒性比も異なってくる可能性があります。
 スミチオンのように体内でより毒性の強い物質に変化して、その毒性が原物質の毒性として現れる場合は摂取経路の違いが毒性比の大きな違いとなってくることが考えられます。江藤氏や広島県は経口毒性だけを問題にして、吸気と共にガス状で気道を通して摂取することの危険性即ち経気道毒性を全く無視しているのです。
<急性毒性(生死)だけが問題ではない>
 江藤氏や広島県の主張の第二の問題点は、半数致死量で表される急性毒性だけを問題にしている点です。中毒による生死だけが問題ではありません。空散後に地域の住民の間で頭痛、めまい、不安感、脱力感、胸部圧迫感、悪心、嘔吐、下痢、眠気、食欲減退などの種々の中毒症状が見られます。
 数多くの教科書1-3)にも記載されていますように、スミチオンなどの有機リン化合物は、神経伝達物質を分解・代謝させるコリンエステラーゼの働きを阻害することによって、正常な刺激伝達を撹乱し、哺乳動物や昆虫に対して種々の毒性を現わします。動物体内に取り込まれたスミチオンの一部は生体内の酵素によって酸化されてスミオキソンになります。スミオキソンは体内で比較的容易に分解されますが、もとのスミチオンより遥かに強いコリンエステラーゼ阻害作用を持っているために、その強いコリンエステラーゼ阻害作用が毒性となって現れることが知られています。
 広島県は、スミオキソンは体内で直ぐ分解されるので問題ないと主張しますが、スミオキソンの強いコリンエステラーゼ阻害作用を無視した暴論です。分解されやすくても、非常に強いコリンエステラーぜ阻害作用があるので、中毒するのです。先に述べました種々の中毒症状もコリンエステラーゼ阻害によって引き起こされる症状です。
<1一万倍のコリンエステラーゼ阻害作用>
 表−1にスミチオンとスミオキソンのコリンエステラーゼ阻害作用の強さの比較を示しました。スミオキソンのコリンエステラーゼ阻害作用はスミチオンに比べて1000〜10000倍近くの強さです。有機リン系物質の毒作用の本性であるコリンエステラーゼ阻害作用という視点からスミオキソンの毒性評価をすれば、哺乳動物に対してスミオキソンは少なくともスミチオンの1000〜10000倍近くの毒性を有すると結論せざるを得ません。
  表−1 スミチオン、スミオキソンの哺乳動物脳のコリン
      エステラーゼ阻害作用の比較      (文献4より植村作成)


            モルモット       ラット          マウス

スミチオン      7.4×10-3* (1)**         9.53×10-5(1)     2.3×10-4 (1)
スミオキソン    1.12×10-6(6600)  5.00×10-8(1900)   1.17×10-7(2000)

*: 50%阻害に要するモル濃度M
**:かっこ()内はスミチオンの50%阻害作用の強さを基準にしたときの値
 表−1の結果は試験管内での酵素(コリンエステラーゼ)阻害試験によって得られたものです。このような試験管内で実験をする大きな理由の一つは、スミチオンを直接動物に摂取させたときは、スミチオンが動物体内の酵素でスミオキソンに変化しますので、動物を使った実験ではスミチオンそのものの脳コリンエステラーゼ阻害作用の強さを測ることが困難なためです。
 ところで、試験管内実験で得られたこれらの結果を哺乳動物に対する毒性の評価に用いることは不当であるとの趣旨の主張を江藤氏らはしています。
 しかし、試験管内であろうが体内であろうがコリンエステラーゼ阻害作用には違いはなく、コリンエステラーゼ阻害作用が哺乳動物に対する毒性の本性であることが明らかにされているので、コリンエステラーゼ阻害作用の強さを毒性評価の指標にすることは全く理に適ったことです。幾つかの哺乳動物の脳のコリンエステラーゼに対する阻害作用の強さから評価する限りスミチオンとスミオキソンの間には表−1に示されるような大きな毒性の違いがあります。
<おわりに>
 空散した薬剤スミチオンより遥かに毒性の強い分解・代謝物であるスミオキソンを住民側が検出・公表し、さらに空散後の健康被害調査結果が明らかにされ、それらが社会的に問題になりました。慌てた広島県は空散に使われたスミチオンの製造メーカと一体になっているも同然の研究者・江藤氏にスミオキソンやスミチオンの毒性についてのコメントを求めて、それに基づいて空散後に検出されるスミオキソンやスミチオンは毒性上問題がないと躍起になって空散薬剤の問題点を打ち消そうとしています。
 現実には、空散周辺で先に示しましたように空散による薬剤中毒と考えられる健康異常が生じているのですから、行政は空散事業の責任者として空散時における薬剤の詳しい飛散・大気汚染調査や地域住民の健康調査等を本来実施すべきであります。詳細な実態調査は何もせずに、薬剤メーカと全く同じことを云う研究者のコメントだけに頼っている広島県の姿は非加熱血液製剤の危険性を知りうる立場にありながら非加熱血液製剤の継続使用を進めたかっての厚生省薬務局に余りにも酷似しています。行政の姿勢を正さなければなりません。
注)−略−
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作成:1998-04-01