空中散布・松枯れにもどる
t06404#農薬裁判(1)大阪高裁「かいこ裁判」棄却、原告の山崎さん最高裁へ提訴#97-05
 81年12月、滋賀県で養蚕を営む山崎敬さん・栖野さん夫妻は、農薬の空中散布によって蚕が死んだり中毒になるなど被害を受けたことから、松枯れ空散を実施する滋賀県、水稲防除を実施する甲賀町病害虫防除協議会を相手に、日本で初めての損害賠償請求裁判を起こしました。92年11月、甲賀町病害虫防除協議会とは和解が成立しましたが、滋賀県は和解を拒否しました。94年1月、大津地裁は蚕の中毒と松枯れ防除剤なNACとの因果関係を認めず、請求棄却の判決を出しため、山崎さんは、大阪高裁に控訴していました。(「ふぇみん」4月15 日号より)
 3月27日の大阪高裁の判決は原告の請求棄却でした。病気ではない蚕の中毒症状が実際に発生しており、その原因をうやむやにされたままではどうしても承服できない原告の山崎敬さんは、弁護団と協議の結果、4月10日に最高裁に控訴しました。
 この判決について、長年、原告を支援してきた大阪大学の植村振作さんに解説していただきました。
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大阪高裁判決の結論は、「本件防除が控訴人の蚕の中毒症状を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を認めるには多くの疑問を残しており、控訴人主張の疫学的手法を考慮したとしても、なおその間に相当因果関係を認めることは困難である」。というものです。
 山崎さんの桑園の桑葉がNACで汚染されていなかったと認定した大津地裁判決とは異なり、高裁判決は桑葉のNAC汚染を認めた点では一歩前進していますが、その汚染の程度が、けいれん、尻から液を出し赤茶けた色になる、液だけ吐いて糸を吐かずに死んでいく、平面状に糸を吐く、蛹からうまく脱皮できない、蛾は羽毛に奇形のあるものが非常に多いか或いは死んでいるなどといった激しい中毒症状を引き起こすほどの強いNAC汚染ではない、と汚染の程度まで議論して蚕被害と空散との因果関係を認めませんでした。
 滋賀県が山崎さんの周辺の桑園でたまたま採取した桑葉から検出されたNAC濃度0.02ppmは、蚕の成長・発育にある程度の 影響がみられた松原鑑定書2の濃度0.12ppmに比べれば確かに低いものです。しかし、山崎さんの周辺の桑園で滋賀県がたまたま採取した桑葉から検出されたNAC濃度値が山崎さんの桑園の桑葉のNAC汚染濃度を代表する値とは一概にはいえません。にもかかわらず、高裁判決はその点については何らの統計的な検討もしていません。
 同じ桑の木から桑葉を採取しても風下側か、桑の木の上側か、枝の先かなど異なった値になります。誰かの身長を測ったときに得られるように単一の値が得られるわけではありません。圃場試料ではデータが一桁くらいの幅にわたって分布(分散)することは珍しいことではありません。大阪高裁の判決はいかにも科学的な装いをしていますが、その実、非科学的な判決です。
 山崎さんのところの桑の葉が汚染されていることを示す滋賀県の調査結果は一審段階では滋賀県が隠していました。桑の葉はNACで汚染されていないと滋賀県は一審で主張していました。ところが、控訴審になって、かなり低濃度のNAC汚染でも蚕被害がでることが松原先生の鑑定書2で明らかになったら、今度はその調査結果を引っぱり出してきました。滋賀県の態度は姑息で、卑怯です。
 一審では、NACの毒性データの殆どがメーカ側や行政側が実施したものであったので、控訴審では松原先生にNACの蚕に対する毒性実験を改めて実施してもらったのでした。
 ところで、その毒性実験の計画段階では滋賀県のNAC汚染調査結果は明らかになっていなかったので、飼料へのNAC添加濃度は最も薄いもので0.10ppm程度に設定 しました。もし、滋賀県のデータが毒性実験計画設定前に明らかになっていたなら ば、もっと薄い濃度のところでの毒性実験を計画・実施したはずです。行政が事実を隠すことによって蚕中毒の真の原因の究明を妨げてきました。公正な審理のために必要な真の原因究明を妨害した滋賀県の態度については高裁判決はいっさい触れていません。
 蚕に被害が発生するおそれのある農薬の空中散布という事業によって実際に被害を受けた市民が、被害発生ごとに被害の事実を記録し、因果関係を立証しなければ、「高度の蓋然性」を認めることはできないという理不尽さは納得できません。本来、事業(薬剤の空中散布)を実施した滋賀県が因果関係のないことを立証すべきです。
 工業製品ないしはそれに準ずる商品においては製造物責任(PL)法によって製品に欠陥があれば消費者が受けた損害が補償される制度ができました。航空防除規定ではヘリコプターの飛行高度などを記録・保存しなければなりませんが、滋賀県にはありませんでした。滋賀県は規定通りに散布したと元県職員に証言させましたが、滋賀県の松枯れ防除のための農薬空中散布は、蚕裁判が起こされた後も民家の真横で撒くなどその実体は杜撰きわまりないものでした(そのため行政監察を受け、全面的な空散中止に至った経緯があります)。
 裁判の対象になっている昭和51年から昭和59年まで実施された空散はすでに存在しないので欠陥(杜撰さ)を直接証明することはできません。しかし、過去の状況から推察して明らかに県に過失があったと考えられます。個別的な因果関係論だけで責任を問うのではなく、行政が行うところの、危被害が発生するおそれのある事業にも製造物責任法的な責任・補償制度を導入すべき時期にきていると考えられます。
 行政は、一市民と比較すれば、人的にも経済的にも遥かに優れた能力をもっています。さらに行政権力さえもっています。明らかに力の弱い市民と優位な立場に立つ行政との争いごとにおいて、両者を同じ立場に立たせ、被害の立証を市民に求める現在の民事訴訟制度それ自体が不合理です。法廷内だけでなく、法廷外での運動の必要性を感じさせる判決です。
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作成:1998-04-01