内分泌撹乱物質にもどる
t06606#連載1 内分泌系撹乱物質が未来を奪う#97-07
1、テレビ番組「精子が減ってゆく」をみましたか
 96年10月6日、NHK衛星第一放送で、イギリスのBBC局製作の「精子が減ってゆく(脅かされる生殖機能」というドキュメンタリー番組が放映されましたが、衛星放送だっただけに、ご覧になっていない方も多いと思います。そこで、内容の一部を誌上で紹介してみましょう。 <ヒトは子孫を残せるか>
 画面は、まず、ヒトの精子の顕微鏡像から始まります。40代と20代のヒトの精子が比較されますが、前者では、数も多く活発に動いていた精子が、後者では、数も少なく、動きも不活発で、形が変形したものの比率も高くなっています。イギリスでは、この20年間に精液1mlあたりの精子数は、1億から7500万個と25%減少したとの報告がなされ、このままでは、90年代生まれのヒトの精子数は5000万個まで減少し、21世紀に入ると、受精不可能になるのではないかとのショッキングな警告が発っせられました。それだけでは、ありません。停留睾丸、尿道下裂、半陰陽など生殖器の異常や精巣腫瘍などが、近年増加しているというのです。
 欧米の研究者らは、これら精子形成能の低下や性の分化過程での異常現象などの原因を総合的にとらえ、精子をつくることに関連するセルトリ細胞になんらかの影響を与える物質の取込みが、近年、増加してきたのではないかと考えました。流産防止剤としてDES(合成エストロジェン)の投与を受けた母親から生まれた子供たちに生殖系異常や生殖器ガンが高い比率でみられたこととも、これらの現象と無関係ではないと思われました。
<滅びゆく野生生物>
 一方、自然界でも、生殖系に関すると思われるさまざまな異常現象が起こっていることが、わかってきました。
 アメリカのフロリダ州にあるアポプカ湖では、ワニの卵の孵化率が減少したり(卵の75%が無精卵であった)、オスのワニに性転換が起こっており、25%でペニスの短小化がみられたとの報告がありました。この湖で、50年代に散布されたDDT及びその代謝物DDEが生物濃縮され食物連鎖の上位にあるワニの繁殖に影響を与えているのではないかと考えられました。
 イギリスでは、下水処理場の排水口付近に生息する魚に雌雄同体の生殖器を有するものが目立っていることも明かになりました。雄の魚に女性ホルモンが作用するとビテロゲニンという卵黄タンパクが生成し、雄の雌化がおこることが実験的にも確認されました。
<内分泌系撹乱物質が私たちの未来を奪う原因か>
 このようなヒトや野生生物の生殖系の異常は、DDTや女性ホルモン、DESだけでは、とても説明できるものではありません。ホルモン類似作用を示す物質が、もっと身近にあるのではないかと、研究者たちの探索は続きました。
 「てんとう虫情報」30号の海外短信「エストロゲン類似作用のある農薬規制の動き」として紹介したように乳ガンとDDT及びその代謝物DDEとの関係が、広範な疫学調査により問題視されだしたのは、93年頃からですが、アメリカで乳ガン細胞の研究をしていたグループは、プラスチック製の試験管を用いた場合、ガン細胞が予想外な増殖を起こすことに気付きました。そこで、試験管から溶出する物質に注目して、原因の追跡がはじまりました。
 その結果、ノニルフェノールという化合物が浮上してきました。この物質を添加した水槽中で、魚を飼育すると、雄の卵黄タンパクが増加し、雌化がおこり、女性ホルモンに似た作用を及ぼすことがわかったのです。その後、同様な物質としてビスフェノールAがみつかりました。魚だけではありません。フタル酸エステルの一種ブチルベンジルフタテレートを妊娠中のネズミに投与したところ、生まれた雄に精巣萎縮、精子数の減少などが観察されました。
 どうやら、これら一連の化学物質は、ホルモンもどきの化合物としてホルモン受容体に作用し、生殖系に影響を与えているようなのです。
 缶詰めの内壁コートや歯科用シーラントからビスフェノールAが、食品包装材からフタル酸エステルが私たちの口に入ってきている事実を知った研究者たちの脳裏に、自然界や実験室で判明したことと、冒頭にあげたヒトに起こっている現象が同じ原因によるのではないか、とすれば、大変なことだとの考えが、駆け巡りました。
 その後、これらホルモンもどき物質は内分泌系撹乱物質(環境ホルモンともいう)と呼ばれるようになり、現在では、約70種の化合物名が挙がっています。
 このドキュメンタリーは、多種多様の化学物質に取り囲まれて、一見便利そうな現代の生活に疑問をなげかけ、早急な対策をとらなければ、人類に未来はないのではないかとの、研究者たちの警告で終わっており、96年3月にアメリカで発行された、世界野生生物基金のテオ・コルボーンほかの著「our stolen future」(てんとう虫情報51号参照、内分泌系撹乱物質問題の火付け役となった書)のテレビ版ともいうべきものです。
<チョー楽観的な日本の研究者>
 欧米各国や国連レベルでも、この物質に関する対処方法が議論されていますが、日本では、ダイオキシン問題でみられたと同じ様に、研究者や行政の危機意識は低いようです。たとえば、NHK教育テレビ「サイエンスアイ」は、今年の5月と6月の2度にわたり、独自に制作した内分泌系撹乱物質をテーマにした番組を放映しましたが、その1回目では、船底塗料や魚網防汚剤である有機錫剤の海水汚染の影響で、日本の海岸でも巻貝の一種イボニシに高い比率でインポセックス現象(メスにペニスが生じ、不妊化する)が起こっているという事実などを明かにしながら、番組の最後で、コメンテーターの冨田勝氏(慶応大学)が、以下のような発言をして、この問題に関する日本の研究者の意識の低さを露呈してしまいました。
「いままでの生命の進化というのをみてくると、様々な環境変化に、なんとかいろいろ突然変異などをおこしながら、耐えてきたわけです。今回のこの物質なのですけれど、非常に比較的単純な構造をしていますし、ホルモンリセプターの形を何かうまく工夫することで、避けられるような問題ではないかと思うんですね。ですから、まあ、ちょっと楽観的ですけれど、地球規模で考えると、きっと生物は、こういった問題に何とか対応してくれるんじゃないかというふうに考えてますけれど。人間も特にいろんな多様性をもって、じょうずに適応するようになっていますから、きっとなんとかしてくれるんじゃないかとも思っています。」

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作成:1998-04-01