内分泌撹乱物質にもどる
t068064#連載3 内分泌系撹乱物質が未来を奪う#97-09
3、ホルモンの作用機構と内分泌系撹乱物質
<合成ホルモンDES>
合成化学物質DES(ジエチルスティルベストロール)が、天然の女性ホルモンであるエストロジェンに類似した作用を示す物質として登場したのは、1938年のことです。この物質−今にして思えば、まさに、内分泌系撹乱物質であったわけですが−は、その作用機構が明かにされることなく、流産防止の治療薬として、多くの女性に投与されました。しかし、60年代後半から、DES処方を受けた母親から生まれた子供たちに、多くの生殖系の異常が起こっていることが、報告されるようになりました。その後の調査で、DES二世娘の腟ガン、DES二世息子の睾丸ガンほかが、母親が処置されたこの合成ホルモンに起因することがわかってきました。母から子供へホルモン作用を介して生殖系に影響が現われるというこの毒性は、さらに研究がすすみ、有機塩素系のDDT、PCB、ダイオキシンをはじめ、植物系エストロジェンなど70数種の合成又は天然化学物質がホルモン類似作用を示す、いわゆる内分泌系撹乱物質であることを疑われるようになっています。
図1−略−に天然の性ホルモンとDES、DDTの化学構造を挙げておきます。偽ホルモンと天然の性ホルモンが構造上、あまり似ていないにもかかわらず、人の体が、合成化学物質を真のホルモンと間違えるということは、今後重要な意味を帯びてくることになります。
<ホルモンと偽ホルモンの作用機構>
ホルモンが、体内で作用する機構を考えてみましょう。まず、図2−略−の上段の絵をみてください。性ホルモンなどのステロイド系ホルモンの場合、ホルモン(黒三角)は、細胞質中に存在する特定の受容体と結合し、ホルモン−受容体結合物ができ、これが、核内の遺伝子(DNA)に作用し、応答反応がおこり、いわゆるホルモン作用の発現につながります(ホルモンの種類によっては、細胞膜に存在するホルモン受容部位に結合することにより、応答反応が起こる場合もあります)。
ホルモン受容体は、体内に何百種類もあります。当初、ホルモンとその受容体は鍵と鍵穴の関係にあり、あるホルモンが、特定の受容体とぴったり合わなければ、ホルモン作用の発現につながらないと考えられてきました。しかし、エストロジェン受容体のように、天然の女性ホルモンだけでなく、DESのような合成化学物質とも結合物を作るものがあることがわかったのです。この様子は、図2の中段にモデル化してあります。受容体が、偽ホルモンであるエストロジェン様化学物質(斜線)と結合物をつくり、あたかも真のホルモン-受容体結合物かのように振舞い、ホルモン作用の発現へとつながります。
DESの場合は、この物質が、発育を阻害する過剰なエストロジェンから胎児を守る機構をだめにしてしまったと考えられています。すなはち、天然のエストロジェンならば、母体と胎児の血液中を循環する際に、性ステロイド結合グロブリンと呼ばれる蛋白質が、受容体との結合物ができないよう過剰なエストロジェンを取り除いてしまうのですが、DESは、この除去機構を免れ、エストロジェンとして作用しつづけるため、発育途上の胎児の生殖系に異常がおこり、生まれた後に悪影響が発現するようになるのではないかと推察されました。
このように偽ホルモンにだまされやすい標的受容体としては、エストロジェン受容体やテストステロン受容体、甲状腺ホルモン受容体、それにアリル炭化水素受容体が知られています。
<新たな毒物として>
テオ・コルボーンは、前回述べたフォン・ザールのマウスの研究で、天然のテストステロンが、極く微量(場合によっては、pptレベル)でも胎仔に影響を与えることを知りましたが、偽ホルモンが、果たして、そんな微量でもホルモン系に影響を及ぼしうるのかとの疑問に感じていました。しかし、その疑念は、マブリーの2,3,7,8−四塩化ダイオキシン(TCDD)をラットに投与する実験報告みて、みごと晴らされました。妊娠15日目のラットに64ng/kgのダイオキシンを経口1回投与し、生まれた雄への影響を調べたところ、成熟後の精子形成能の減少や性行動の脱男性化がみられたのです。
このようにして、細胞自体を破壊することも、DNAを損傷することもなく、微量で、生命現象に大きな影響を及ぼす毒物の存在が、おぼろげながら、その姿を現わしてきたわけです。有機リン系薬剤は酵素反応を阻害し、神経系をおかしますが、 内分泌系撹乱物質は、分子レベルで生殖系・神経系・免疫系を害する新たな毒物といえるでしょう。
この撹乱という言葉はあいまいで、前述のように偽ホルモンが受容体をだまして、結合体をつくって、ホルモン作用を誘起するというだけでなく、図2の下段に示したように、受容体を横取りしてしまい、天然のホルモンとの結合を妨げるブロッカー的働きをする抗アンドロジェン化学物質もあることもわかってきました。
また、ホルモン自体の合成・放出・輸送・分解除去、受容体との結合後のシグナル伝達過程など、さまざまな段階が乱されることによって、本来のホルモン作用の発現(生殖、発生だけでなく、神経・行動、免疫などに関連する)に影響が及ぶ場合もあり、問題はより複雑化の様相を呈してきました。
用量−反応関係が直線的でない(つり鐘型の曲線を描く)。閾値があるかどうか不明であるため、従来の毒性試験のように、動物への高濃度での投与実験を、低濃度の場合にに外挿して毒性評価することができない。また、複数の内分泌系撹乱物質による相乗効果をどのようにして評価するか(有機塩素系農薬の内分泌系への影響で相乗効果を認めたという、アメリカのテュラン大学の研究−てんとう虫情報52号で紹介−は、今年の7月になって、著者自身が、実験の再現がとれないとして、論文全体が撤回されています)など、今後、明かにしていかねばならないことが多々あり、新たな毒性学の確立が必要となっています。
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作成:1998-04-01