内分泌撹乱物質にもどる
t07004#連載5 内分泌系撹乱物質が未来を奪う#97-11
5、内分泌系撹乱物質各論−プラスチック関連物質(その1)
 今回から、内分泌系撹乱物質としてその名が挙げられている化学物質の各論のはいります。70を越える化合物の40数%を占める農薬から始めようと思いましたが、前回速報としてとりあげたポリカーボネート樹脂の原料であるビスフェノールAについて、もっと知りたいとの声がありましたので、プラスチック類に関連する化合物を最初に取り上げることにしました。
<ビスフェノールAとは>
 ビスフェノールAの化学構造を(a)に示します。ベンゼン核を2個有する化合物で、塩素は含みませんが、DDTの骨格に似た構造をしています。
 ビスフェノールAは、フェノールとアセトンから合成し、日本での生産量は、年間約25万トン(96年)です。主にポリカーボネート、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ポリアリレート、ポリスルホンなどの樹脂の原料モノマーとして使用されるほか、酸化防止剤、塩ビ安定剤などの樹脂添加剤の原料にもなっています。
 この物質が、内分泌系撹乱物質であることは、酵母中のエストロジエン結合性タンパクを研究していたアメリカのスタンフォード大学の研究者により、偶然わかりました。ポリカーボネート製のフラスコを用いて培地をオートクレーブ滅菌中にモノマーであるこの化合物が溶出し、ホルモン様物質として、酵母の受容体と結合することが明かになったのです。その後、ビスフェノールAは、ヒト乳ガン細胞MCF−7を用いた実験でも、2〜5ppbの濃度で、細胞増殖作用を示す内分泌系撹乱物質であることが、確認されました。
 ラットやマウスをを用いた慢性毒性・発ガン性試験では、白血病の増加がみられ、発ガン性が示唆されていますが、IARCの評価では、ヒトに対する発ガン性の証拠が未だ明かでないとする3グループに分類されています。
 交配期間中のマウスにビスフェノールAを0.25〜1%混ぜた餌を投与した実験では、分娩回数、出生仔数、出生仔体重の減少が−特に出生仔数の減少は、雄のみ、又は雌のみの投与でも−みられました。また、雄では、精嚢腺重量の増加、精子の運動性の低下が認められました。
 連載第三回にでてきたミズーリ大学のフォン・ザールらは、妊娠マウスに7日間ビスフェノールAを2〜20μg/kg投与した結果、生まれた雄のマウスが成長した時に、前立腺の重さが30ー35%増加し、前立線肥大となりやすいことを明かにしました。
 これら動物実験により内分泌系への毒性が明かになったことから、人に対する影響が懸念されます。欧米では、ビスフェノールAの許容量を0.05mg/kg体重・日としていますが、内分泌系毒性が評価された結果ではありませんから、この物質が、どの程度の量で、ヒトの内分泌系に影響を及ぼすかを、早急に調ベる必要があります。
 一方、ビスフェノールAの一般環境汚染調査については、環境庁が1976年に実施しただけで、それ以後は、ほとんどなされていません。この時は、水質・底質・魚類で、すべて検出限界以下となっています。ビスフェノールAの環境汚染は、魚の雌化など生態系に影響を与える恐れがあり、この物質の生産が20年前の約5倍に増えた現時点での環境調査の実施が望まれます。
 環境への影響とともに、ビスフェノールAが、プラスチック原料として多用されているため、以下のように、食品包装容器などを通じて、人体に取り込まれることが懸念されます。
<ポリカーボネート樹脂製品から溶出するビスフェノールA>
 ポリカーボネート樹脂は、(b)のような構造をもつ樹脂で、ビスフェノールAとホスゲン又はジフェニルカーボネートを原料として製造され、その生産量は約25万トン(96年)となっています。重合用の溶媒として有機塩素化合物の塩化メチレンを使用するため、ダイオキシンの発生とも無関係ではありません。その上、この樹脂が熱分解する際に、ポリマー鎖中に、ジベンゾフラン構造ができることもわかっていますので、焼却処理するのは、要注意です。
 用途別では、電気・電子・OA部品、自動車・機械部品が約60%を占めており、身近なところでは、CDの基盤や電子レンジ容器、哺乳ビンなどがあります。血液濾過器などの医療分野でも使用されおり、最近では、リターナブル容器として、ペット、ポリエチレンナフタレート製ボトルとともにその採用が検討されています。
 前回取り上げた、厚生省が回収命令を出した子供用ポリカーボネート製食器については、メーカーのオーエスケーとバンダイが相次いでお詫びの新聞広告をだしました(記事−略−)。製品に含まれていたビスフェノールAは800ppmということですが、食品衛生法に基づくポリカーボネートの規格基準では、モノマーであるビスフェノールAだけでなく、重合時に添加されるp−ターシャリーブチルフェノール及びフェノールの三物質を含めてビスフェノールAとして、まとめて分析することになっています。問題の食器は材質としての基準500ppmを越えていたわけですが、モノマー類が高濃度で、検出された理由については、目下、原因調査が行なわれています。樹脂そのものにビスフェノールAが残留していたとするよりも、食器を溶融成形する工程で、配合された抗菌剤や顔料などの添加剤が、ポリマーの熱分解を促進していた可能性が高いと思われます。
 ポリカーボネート製品の溶出試験でのビスフェノールAの基準は2.5ppm以下となっていますが、これだけでは、容器に充填された食品内容物にどれだけ溶け出ているか絶対量がわかりません。食品容器や食器から溶出しているビスフェノールAによる食品の汚染度をきっちり定量して、規制につなげる必要があるでしょう。ちなみに、横浜国立大学の花井は、ポリカーボネート製哺乳ビンに95℃の熱湯を入れて溶出実験を行なったところビスフェノールAの濃度が3.1〜5.5ppbであったと報告しています(「食品と暮らしの安全」102号)。
<エポキシ樹脂を被覆した缶詰からビスフェノールAが溶出>
 エポキシ樹脂にはいろいろな種類がありますが、総生産量は、20万トン(96年)です。そのうちの70%近くが、ビスフェノールA型エポキシ樹脂です。
ビスフェノールAとエピクロヒドリンからなる(c)の構造をもち、硬化剤で熱硬化する樹脂で、塗料・接着剤・電気部品が3大用途です。特に問題となるのは、食用や飲料用缶詰の内張り塗料として食品に接する部分に塗布被覆されているため、塗膜に残留しているビスフェノールAが内容物中に溶出する恐れがあります。
 スペインのグラナダ大学の研究者は、同国内だけでなく、アメリカ、ブラジル、フランス、トルコ産の野菜缶詰(グリーンピース、アスパラガス、コーン、マッシュルームなど)の液部分中に1缶あたり4.2〜22.9μgのビスフェノールAを検出しました。また、その他の缶詰の缶のみに水を入れ、125℃でオートクレーブ処理した場合にも、ビスフェノールAの溶出を確認し、MCF−7を用いたE−スクリーニング試験でエストロジェン活性があることも明かになっています。
 日本の食品衛生法に基づく規制では、金属缶の場合、溶出試験でフェノールが5ppm以下、ホルムアルデヒドとエピクルヒドリンは検出されてはならない、塩化ビニルモノマーが0.05ppm以下となっているだけで、ビスフェノールAについては、何の基準もありません。今後、缶詰・缶入り飲料などの内容物に、どの程度のビスフェノールAが溶出しているかの調査と規制措置が、ぜひとも必要です。
 また、水道管の内壁コート剤や水漏れ防止剤として、エポキシ樹脂が使用されていることもあるようですから、飲料水のチェックも忘れてはなりません。
<その他のプラスチック>−略−
<食品衛生法による基準の見直しを>
−中略−  日本では、食品衛生法によるポリカーボネートに関する基準は、94年1月31日に設定されており、ビスフェノールAの内分泌系毒性を考慮した数値ではありませんし、エポキシ樹脂を被覆した金属缶についての基準では、ビスフェノールAの溶出は全く考慮されていません。厚生省は、早急に、ポリカーボネートやエポキシ樹脂等のビスフェノールA、さらには、次回で述べるプラスチックス添加剤についての、食品衛生法上の規制基準の見直しにとりかかるべきでしょう。この際、いわゆるADIやTDIにみられる健康な成人男子を対象とした許容量ではなく、内分泌系撹乱物質の影響を受けやす胎児・乳児の健康に配慮した基準が設定されねばなりません。
 また、アメリカでは、架橋型ビスフェノールA系ポリカーボネートを用いた歯科用シーラントからのモノマー溶出も問題となっています。ビスフェノールAを原料とする樹脂は、用途のところで触れたように医療分野の製品にも使われています。そのため、医療材料についてのモノマーの溶出量チェックも必要となるでしょう。

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作成:1998-04-01