内分泌撹乱物質にもどる
t07103#連載6 内分泌系撹乱物質が未来を奪う#97-12
5、内分泌系撹乱物質各論−プラスチック関連物質(その2)
<アルキルフェノール系化合物>
 ベンゼン核と一個の水酸基からなるのがフェノールですが、その炭素にCnH2n+1なるアルキル基(略号Rで示す、nは整数)が結合したのが、アルキルフェノール系化合物で、R−[Ph]−OH で表わします(Phはベンゼン核)。界面活性剤、プラスチック添加剤などの原料として使われており、製品からの分解物として溶出したアルキルフェノールが食品や環境を汚染することになります。それらのうちのいくつかが、内分泌系撹乱物質であることが判明してきました。
<ノニルフェノールがポリスチレン試験管から溶出>
 アメリカのタフツ大学のソトーらは、ヒトの乳癌細胞を用いた実験をしていましたが、ある日突然、乳癌細胞の異常増殖に出くわしました。エストロジェン作用を示す物質が、どこからか紛れ込んでいたのです。数週間の調査の結果、実験に用いていたポリスチレン製の遠心分離用試験管が怪しいということになりました。まさか、プラスチック製品にホルモン様物質が含まれているなんということは、想像もできなっかったソトーらは、メーカーに、製品に添加されている物質が何かを教えてもらおうとしましたが、企業秘密を盾に、試験管に添加されている物質の情報は明かにされませんでした。彼女らは、さらに数ヵ月をかけた調査の結果、試験管から溶出していたノニルフェノールという物質がエストロジェン効果を有する化合物であることをつきとめ、1991年にこのことを論文にまとめました。−中略−
 この物質の用途として、もっとも多いのは、後述する非イオン系界面活性剤ですが、油溶性フェノール樹脂、プラスチックやゴム用の添加剤、可塑剤などの原料にも使われます。先のポリスチレンにはリン系酸化防止剤としては、トリス(ノニルフェニル)ホスファイトが添加されており、これが分解してノニルフェノールができたのではないでしょうか。そのほか、ノニルフェノール系誘導体は、石油類の防蝕剤、エチルセルロースの安定剤として、また オクチルフェノール系ニッケル塩は、プラスチックに添加する紫外線安定剤としも使用されています。
 また、殺菌剤として農薬登録されたものに、ノニルフェノールスルホン酸銅(商品 名ヨネポン)があり、野菜や果実に適用されてもいます。
<ノニルフェノールが魚を雌化する>
 ノニルフェノールのエストロジェン様作用として、ヒト乳癌細胞MCF−7で転写活性ありとされたほか、ニジマスを用いた実験では、オスの雌化につながる卵黄蛋白ビテロゲニン誘導活性が、致死濃度の193ppbよりも低い10ppbで、みられました。
 哺乳類を用いた実験では、ラットへの0.01mg/日への暴露で乳腺における細胞増殖を誘発、細胞周期の変化がみられ、発ガン性リスクも疑われています。また、4−オクチルフェノールを、妊娠中から生後22日まで、1mg/Lの濃度で添加した飲み水を与えられたラットで、精巣の重量減少と精子産生の減少がみられました。
 イギリスの川では、下水処理工場の廃水中に最高330ppb、また、河川水では、180ppbの高濃度のノニルフェノールが検出された所があり、魚の雌化との因果関係が問題となっています。
 日本での環境汚染調査は、環境庁が1977年に実施しただけで、底質3検体すべてにノニルフェノールが50〜70ppb、オクチルフェノールが 底質6検体中2に4ppb検出されたとの報告があるだけです。農薬でいえば、水質汚濁性の指定を受けてもおかしくない魚毒性とムラサキイガイにみられるように3400倍という高い生物濃縮係数を示すだけに、一般環境だけでなく、下水処理施設、それにアルキルフェノールとその誘導体を製造・使用する工場周辺での水質調査を実施し、魚の雌化などの生物調査もすべきでしょう。11月21日に放映されたNHKテレビの環境ホルモンに関する番組では、すでに、東京の多摩川のコイに雌化の傾向がみられるとの報告がありましたね。
<フェノール系酸化防止剤など>
 ソトーらは、その後、E−スクリーニング試験により、プラスチック類に添加されるフェノール系酸化防止剤関連物質のエストロジェン活性を調べ、4−エチルフェノール、4−プロピルフェノール、4−t−ブチルフェノール、4−イソペンチルフェノール、4−t−ペンチルフェノール、5−オクチルフェノール、4−t−ブチルヒドロキシアニソール(BHA)などのアルキルフェノール類が、内分泌系撹乱物質であることを明かにしました。−中略−
 プラスチック類には、加熱溶融時や使用時におけるポリマーの酸化分解を防ぐため、多かれ少なかれ酸化防止剤が添加されています。もっとも、安全そうなポリオレフィンでも、酸化防止剤2,6−t−ブチル−4−メチルフェノール(BHT)が多い場合はポリエチレンで0.1%、ポリプロピレンで1%近く添加されています。このBHTが内分泌系撹乱物質であるかどうかはわかりませんが、その分解物や不純物として灰色のアルキルフェノール類が混入しているおそれがあります。
 より問題なのは、BHAとBHTがプラスチックに添加されるだけでなく、食品添加物として認可されている点でしょう。前者はパーム原料油に、後者は油脂・バター、魚類乾燥加工品・冷凍品、チューインガムに使用されているわけですから、内分泌系撹乱物質であったら大変です。
<ポリスチレン、スチレンダイマー、トリマー>
 ソトーが最初に内分泌系撹乱物質であることを明かにしたのはポリスチレン製品の添加物でしたが、この樹脂そのものもあやしいことがわかってきました ベンゼン核とビニル基を有するスチレンは、光や熱によって、簡単に重合します。重合度の高いポリスチレンをつくるには、過酸化物等を触媒としますが、この際、重合度の低いオリゴマーが生成します。その中には、(b)のようにスチレン二分子が重合したスチレンダイマーや三分子が重合したスチレントリマーがあり、いずれも、内分泌系撹乱物質として名指しされています。
(b)スチレン関連物質の化学構造−略−
 スチレンモノマーの年産は309万トン(96年)で、そのうち約半分の147万トンがポリスチレン向けに使われます。ブタジエンとアクリロニトリルとの共重合体であるABS樹脂、アクリロニトリルとの共重合体AS樹脂、スチレン系合成ゴムや不飽和ポリエステル樹脂にも使用されています。  ポリスチレンは、発泡体製品として食品トレイやラーメン類の丼や弁当箱、納豆容器などでなじみのものです。これら食品容器としてのポリスチレンは食品衛生法の材質試験では、揮発性物質(スチレン、トルエン、エチルベンゼン、イソプロピルベンゼン、n−プロピルベンゼン)が5000ppm以下、発泡品の場合は、2000ppm以下、また、溶出試験では、蒸発残留物が30ppm以下に規制されているだけで、ダイマーやトリマーについての個別の含有基準はありません。
 原料モノマーであるスチレンはIARCの発ガン性ランクで2Bに分類されており、発泡ポリスチレンからの抽出物を与えたラットで、胎仔毒性を示すこともわかっています。スチレン重合工場の労働者を対象に、毒性が調べられていますが、女性労働者の月経異常などが報告がされています。これらの毒性は、スチレンそのものか、そのダイマーやトリマーが原因となっているかについては、今後の研究に待たれるでしょうが、とりあえずの自衛策としては、ポリスチレン容器に入れた食品は食べないということでしょう。
<ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル>
 アルキルフェノールに酸化エチレンを付加重合したものがポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテルで、アルキルフェノールエトキシレート(略称:APE)ともいい、(c)のような構造をもつ、非イオン系界面活性剤です。ポリという名称が頭につきますが、プラスチックではなく、nの数が2以上であるとう意味でしかありません。ただ、自然界や廃水処理過程で生分解をうけることによりノニルやオクチルフェノールが生成して、内分泌系撹乱物質として、主に水環境を汚染することになるので、本節で取り上げることにします。
 (c) R−[Ph]−O−(CH2CH2O)n−H
 この界面活性剤は、工業用の洗浄剤や分散剤として、繊維工業、金属工業で使用さているほか、コンクリートや紙パルプ、メッキ浴への添加剤としての用途もあり、プラスチック・紙・繊維などの帯電防止剤にもなります。
 今年の7月末、環境庁は、和歌山県・御坊市で建設が計画されている火力発電所の燃料であるオリマルジョン(ブラジルのオリノコ川流域で産出される石炭タールをベースにした燃料で、粘度を下げるため、界面活性剤を添加したもの)にノニルフェノール系のこの界面活性剤が使用されているため、代替品を使用するよう通産省に申し入れたそうです。
 しかし、農薬には、APE系界面活性剤が、展着剤として登録されており、広く使用されています。補助成分であるため、活性成分に課せられるような毒性試験データの提出が義務づけられないまま、環境中にばらまかれていることに対して、環境庁は農水省に対してクレームをつけてもらいたいものです。
 また、ポリオキシエチレンノニルフェニルエーテルが、 精子を殺す役目をする避妊薬「マイルーラ」に使われていることも忘れてならない問題です。
 環境庁が実施した78年の調査では、水質105検体中25に130〜930ppbの、底質88検体中69に2.1〜50ppmの濃度でAPE検出されていましたが、82年の調査では、水質30検体中1に90ppb、底質30検体中8に2.6〜4.9ppmと減少傾向にあります。最近の汚染状況を再調査する必要があるでしょう。なお、イギリスでの河川水の調査では、アルキル基がノニルのものが80%、オクチル(炭素数8)のものが20%を占めていたということです。
追記:前々回に『Our stolen future』の翻訳書『奪われし未来』の誤訳問題をとりあげ、訳文のチェックを呼びかけたところ、早速、富山のIさんから、この書に寄せられたゴア副大統領の序文の翻訳をいただきました。何と冒頭にある「last year」という語句の訳が「昨年」ではなく「一昨年」と誤訳されているのです。出版社にこの点を指摘したところ、許容範囲ですって。
 11月下旬の3刷本では、当グループが指摘した誤訳個所の一部の訂正はあったものの、用語その他の大部分の点は、もとのままでした。それどころか、あらたな誤訳・迷訳の指摘をせねばなりません。たとえば、S君から、翻訳書の随所にでてくる「殺虫剤」という語句がおかしいのではないかとの指摘を受けましたが、「pesticides」という語を「農薬」と訳すべきところが、「殺虫剤」とされていました。また、えん罪問題に一家言をなす、同君が 化学物質の毒性評価法について批判している個所で、「評決が下だるまで、「被告」とされる化学物質の市場管理にあたること。これが、いわば、現行のリスク評価法が果たしている役割だろう」という訳文が納得できないというので、チェックすると「現行のリスク評価法は、その有罪即ち有害性が証明されるまで、疑わしい物質を市場においておくのに、使われている」とすんなり訳せばいいもので、「被告」などという原文にない語句を使い意訳ならぬ異訳のために、原文の内容がかえってわかりにくくなっていました。
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作成:1998-04-01