空中散布・松枯れにもどる
t07202#航空防除農薬気中濃度評価値の問題点#98-01
「航空防除農薬気中濃度評価値」(環境庁水質保全局)の問題点
            大阪大学大学院理学研究科     植村振作
§ はじめに
 昨年12月22日、環境庁水質保全局は、同保全局長の私的諮問機関である「航空防除農薬環境影響評価検討会」が纏めた「航空防除農薬環境影響評価検討会報告書」(以下「報告書」と略)を公表し、空散での使用量の多い10農薬について「健康を保護する観点から気中濃度の評価を行うさいの目安となる『気中濃度評価値』を設定したことを明らかにした。
 松枯れ防除、水田病害虫防除何れにせよ航空防除が行なわれた地域の住民から既に健康被害の訴えがある。
 ところが、「報告書」によれば、これまでに得られた航空散布後の各農薬の平均気中濃度は「評価値」を下回っており、現時点では農薬の空中散布は特段問題となるような状況にはないという。
 なぜこのようなおかしな評価がされるのであろうか。
 同報告書を読み、呆れてしまった。「農林水産航空協会」が「生活環境における大気中の農薬の安全性の評価に関する指針」を定めたときと全く同じ過ちを犯しているのである。
 まだ十分整理できていないが、取り急ぎ「評価値」の問題点について述べる。
§ 誰のための「検討会」か
農薬の空中散布について、私たちはこれまで農水省、林野庁、厚生省、環境庁などを相手に話し合ってきた。今回の「報告書」にもあるように、「航空防除による健康影響について、散布地周辺の住民の関心が高まっている」ことを環境庁に認識させたのは、反農薬東京グループを中心とした空散反対運動だった。 本通信でも明らかにしているように、飛散と健康影響の実態を示して、空散と健康被害の調査をすることを行政に要求してきた。
 ところで、「検討会」議事録要旨によれば、空散推進側の「農林水産航空協会」から航空防除の実態についての説明を受けている。しかし、航空防除の健康影響について関心を有する側からの説明・聴聞は一切行われていない。もちろん、健康被害について具体的に調べた形跡もない。
 また、環境庁は「検討会」による「評価値」について「ニュートラルな立場で検討する」というが、そもそも、「検討会」自体が航空防除実施者側だけからの説明を受けるという偏った態度である。環境庁は、「検討会」を利用して航空防除にお墨付きを与えることをねらったのだ。
§ 健康影響評価方法論の誤り
 航空防除によるヒトへの健康影響を調べることが検討委員会の目的であるが、人体実験でそれを確かめることはできない。それ故、委員会は動物実験によって得られた亜急性毒性の「最大無作用量」を基本にして、農薬に対する感受性の個体差、種差、摂取経路差などを考慮して、健康を保護する観点から農薬の気中濃度の評価を行うさいの目安となる「気中濃度評価値」を定めた。
 航空防除が行われておらず、動物実験の毒性結果しか存在しないときに、航空防除のヒトへの影響を類推するには、動物実験から得られる毒性データを基準にして推し量るという検討委員会の手法をとらざるを得ない。
 しかし、ヒトでのデータが得られる事態が発生しているときには、ヒトでの調査を抜きにしてはならない。
 例えば、彦坂らの報告(「公衆衛生」,54巻353頁,1990年)によればフサライド1マイクログラム/立方メートル程度の汚染地域で健康被害が発生しているが、この文献は参考にされていない。また、石川県の「農薬の空中散布に伴う健康状況調査結果」(平成元年12月)も参照されていない。
 さらに、全国各地から航空防除による健康被害が訴えられている。生理活性を有する農薬を摂取すればヒトにおいても何らかの影響が発生する危険は十分に予測されるところである。いわばヒトでのデータが得られる状況が存在する。しかしながら「検討会」はそれに目を向けていない。
 放射線被曝許容限度の引き下げの動きが最近報道されているが、これは長崎・広島での原爆被爆者についての詳しい疫学的調査が基礎になっている。
このように、ヒトで実験することはできないが、集団的な健康異常発生のおそれがあるときは、いかなることが起こっているのか、疫学的な調査を実施し、その防止を図ることが常套である。そういう視点から見れば、「検討会」は方法論的に明らかに誤っている。 航空防除の健康への影響を疫学的に調査すべきである。
§ 判断の基準になる「最大無作用量」の出典は?
 先に述べたように、「評価値」は各農薬の「最大無作用量」を基準にして設定された。しかし、その根拠となっている「最大無作用量」の出典は具体的には明らかにされていない。それ故、いかなる実験で「最大無作用量」が得られたのか、言い換えると、最大無作用量と評価できるデータであるかどうか不明である。
 例えば、これまで有機リン系の毒性の指標として血漿コリンエステラーゼ阻害を指標にすることが適当であると考えられてきた。有機リン剤の動物実験でも血漿コリンエステラーゼ阻害が認められない最大投与量をもって最大無作用量と見なされることが多い。
 ところが、松本で発生したサリン事件についての「松本市有毒ガス中毒調査報告書」−松本市地域包括医療協議会−によれば、視野異常や視力低下、縮瞳等の症状が見られるにも拘わらず血漿コリンエステラーゼ活性値の低下はみとめられない多くの例があったという。このことは、血漿コリンエステラーゼ阻害の程度でもって有機リン剤の影響の指標とすることは必ずしも妥当でないことを示唆する。すなわち、コリンエステラーゼ活性値の測定から得られた「最大無作用量」をそのまま有機リン剤の毒性が現れない量と見なすことは危険であることを意味する。いかなる実験で得られた「最大無作用量」であるか明らかにする必要がある。にもかかわらず、「報告書」は「最大無作用量」の出典を明らかにしていない。
−以下の節は略−
§ リスク・アセスメントも行われていない
§ 切り捨てられた高感受性群
§ 拡大解釈の恐れ

§ 終わりに
 散布地域には「化学物質過敏症」を訴えるひともいれば、高齢者、乳幼少児、妊産婦等薬剤に対する感受性の高い人々もいる。それらの人々に対する農薬の影響を無視して航空防除を実施することは、広範な人体実験だ。人に危害の発生するおそれのあるところでの航空防除は直ちに中止すべきだ。さらに、航空防除によって高感受性群の人々も含めて散布地域周辺の人々にいかなる健康異常が発生しているのか実態調査を実施すべきだ。

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作成:1998-04-01