内分泌撹乱物質にもどる
t07204#連載7 内分泌系撹乱物質が未来を奪う#98-01
5、内分泌撹乱物質各論−プラスチック関連物質(その3)
 連載第5回で、内分泌系撹乱物質であるビスフェノールAの環境汚染調査が必要であることを指摘しましたが、1月7日に環境庁が公表した96年度化学物質調査結果によると、案じられたようにビスフェノールAの一般環境汚染が明確になりました。ほかにも、今回触れるフタレート系可塑剤が検出されています。まずは、表−略−をごらんください。
<広がる内分泌系撹乱物質の環境汚染>
 1976年調査で、すべて検出限界以下だったビスフェノールAは、96年の調査では、水質で最高0.268ppb、底質で最高0.60ppm、魚類で最高0.287ppm検出されています。環境庁は、これは、検出限界が下がったためとしていますが、必ずしも分析精度だけの問題ではなく、汚染が進行したことのあらわれと見た方がいいでしょう。
 フタル酸エステルについて、検出率が高いのは、ジブチル化合物(DBP)とジ(2−エチルヘキシル)化合物(DEHP)です。96年度は70年代に比べると検出率は減少傾向にありますが、それでも、DEHPでは、水質で最高6.8ppb、大気で最高323ng/・検出されています。
 環境庁はDEHPについて「水質、底質及び魚類のいずれからも検出され、検出頻度はやや高く検出濃度レベルも必ずしも低い状況とは言えないと考えられる。内分泌撹乱物質の疑いがあることなどから関連情報の収集が必要である。また、水質、底質及び魚類のいずれからも検出されることから、今後も環境調査を行ないその推移を監視することが必要と考えられる。」としています。
また、DBPについて「水質、底質及び魚類のいずれからも検出され、検出頻度及び検出濃度レベルは低いと考えられる。」としながらも、DEHPと同様に、継続監視の必要性を述べています。
 今後は、代謝物であるモノエステル化合物をも含めて、魚類の雌化現象との関連を調べてほしいものです。
表 ビスフェノールAとフタル酸エステル系可塑剤の環境汚染−略−
<フタル酸系可塑剤>−略−
<DEHPの発ガン性と生殖毒性>
 炭素数が8個の2−エチルヘキシルアルコールのエステル化物DEHPがPVC製品の可塑剤として多用されています。この化合物のことをジオクチルフタレート(DOP)と呼称することがしばしばあります。どちらも炭素数が8個あるためですが、DOPは、厳密には、同じ炭素数8のノルマルオクチルアルコールのエステル化物をさします。前述の表では、DOPとDEHPを別個の化合物として分析しています。
 DEHPは、ラットやマウスを用いた慢性毒性・発ガン性試験で、肝細胞腫瘍が認められ、IARCはヒトに対して発ガン性の可能性がある2Bクラスに分類しています。
 DEHPの動物実験では、雄ラットの精細管萎縮、貯精嚢・前立腺の重量減少、雌ラットでは性周期の延長や排卵阻害などが、また雌雄マウスで、妊娠率の低下、精巣重量の低下が報告されています。ラットやマウスの妊娠期間中の暴露実験では、生存胎仔数の減少や奇形の発生率の増加があり、エストロジェン作用などを示す内分泌系撹乱物質と考えられています。
 一方、日本の可塑剤工業会は、齧歯類を用いた高投与量の動物実験結果は、霊長類にはあてはまらないとし、マーモセットという小型霊長類を用いた13週の実験報告などを示し、肝細胞の肥大や精巣の萎縮性変化は認められず、人体や環境に安全な物質であると主張していますが、この考えは毒物学者の間でオーソライズされた見解ではありません。
 DEHPは、生産量が多く、身の回りで多用されており、一般環境汚染だけでなく、直接触れることによる人体汚染が懸念されます。また、表に挙げたように大気や魚類も汚染されています。肉類・卵、チーズ・玄米らから検出されたとの報告もみられますから、食品や室内空気汚染調査が必要です。この際、やはり生殖毒性のある分解生成物モノ(2−エチルヘキシル)フタレートも分析対象にしてもらわねばなりません。
また、環境庁はDEHPを水質要監視項目に入れ、指針値を60ppb以下としていますが、環境基準への格上げと数値の見直し、更に、水道水水質基準の設定を検討する必要があります。
<他のフタレート系可塑剤にも内分泌系撹乱作用が>
 n−ブチルアルコールのエステル化物であるDBPは、ラッカー・接着剤・印刷インキ・繊物用潤滑剤ほかに使用されます。また、ブチルアルコールとベンジルアルコールのエステル化物であるブチルベンジルフタレート(BBP)は、床壁タイル・塗料ほかに使用されます。いずれも、ヒト乳癌細胞MCF−7を用いた実験で、エストロジェン作用を示すことがわかっています。
 アメリカの国家毒性計画に基づいて行なわれたDBPのラットに対する生殖毒性試験では、第一世代においては、仔の生存数の減少や体重減少が、第二世代においては、精子数の減少などのため妊娠や生殖能力の低下が認められました。
 BBPでもラットに対する実験で、精子数の減少などの生殖系への毒性が報告されています。また、n−ブチル、 n−ペンチル、n−ヘキシル、n−オクチルのモノエステルフタレートもラットで睾丸毒性を示すとの報告があることも懸念材料です。
<ヨーロッパでのPVC製品規制の動き>
 フタル酸エステルの用途の大部分はPVC製品の可塑剤向けです。PVCが、そのモノマー製造から製品の廃棄・焼却過程にいたる各段階で、ダイオキシンの発生源となることは、よく知られた事実ですが、これに加え、フタル酸系可塑剤が、内分泌系撹乱物質として、生態系や人体に害をなすとの警告が発っせられたため、PVC製品、特に、可塑剤の含有量の多い軟質製品について、その使用を規制していこうという動きが、ヨーロッパ諸国で活発化しています。
 スエ−デン:PVC製玩具の市場からの一時撤収、デンマーク:PVC製玩具の禁止の動き、チェコ:PVC包装を2001年以降止める、イギリス:小売業者がPVC製品禁止の動き、オランダ:鉛安定剤とフタレート系可塑剤禁止の動き等が見受けられます。また、環境保護団体グリーンピースはPVC製玩具禁止の運動を展開しています。これに対してPVC業界は、世界的な安全宣伝に乗り出し、イタリアのように、反対キャンペーンを行なっているグリーンピースに対し損害賠償訴訟を起こしたところもあります。
 日本では、PVC製品についてのこれといった規制はなく、食品衛生法のPVC容器の材質試験では、塩化ビニルモノマー:1ppm以下、クレゾールリン酸エステル:1000ppm以下、溶出試験では単に蒸発残留物30ppm以下の規制があるだけです。フタル酸系可塑剤については、身近なPVC製品、特に子供たちが接触する機会の多い玩具、消しゴムやブックカバーなどの文房具類、包装材から除いていく必要があるでしょう。
<PETは大丈夫か>
 ポリエチレンテレフタレート(PET)はフタル酸と異性体の関係にあるテレフタル酸やイソフタル酸又はそのジメチルエステルを原料とし、エチレングリコールと重縮合することにより製造します。反応式(2)−略−からみれば、高分子量のPETは問題ないように思えますが、重合体の中には、オリゴマーや不純物のフタル酸エステル類が混入している恐れがあります。また、ボトルなどの溶融成形工程では、フェノール系酸化防止剤を添加しますし、加工の際に、熱分解して、オリゴマーやアルデヒド類などが生成します。従って、PET製品中には、いままで挙げた内分泌系撹乱物質が不純物として入っている可能性を否定できません。食品衛生法によるプラスチック容器の溶出試験では、蒸留残留物が30ppm以下とあるにすぎず、個々の物質の溶出量の規制はありませんから、PET製品中にどのような化学物質が含まれるかをチェックし、問題があれば、含有規制をしていく必要があります。

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作成:1998-04-01