内分泌撹乱物質にもどる
t07703#内分泌撹乱物質が未来を奪う(最終回)まとめ#98-06
<行政の対策案は調査研究が主体>(省略)
<調査にあたっては、従来手法だけではだめ>
 環境庁を中心に内分泌撹乱物質の環境汚染調査が実施されようとしています。しかし、同庁が74年以来実施してきた化学物質環境安全総点検方式の調査では、汚染の真の姿がつかめません。なぜなら、従来法は、試料採取を原則として9月以降にしてきたからです。これでは、農薬やその関連物質が最も多く使われる春から夏の、恐らく環境汚染が最もひどい時が見逃されてしまいます。
 環境濃度に季節変動のある化学物質の調査は、その使用時期直後に環境試料を採取すべきです。また、内分泌撹乱物質を製造・使用している工場周辺の環境調査には、特に力をいれてほしいと思います。
 さらに、汚染物質の暴露経路については、食品・飲料水、一般環境だけでなく、室内汚染(空気、浮遊粒子、食品二次汚染)のことを忘れてもらっては困ります。内分泌撹乱物質と疑われている有機リン剤やカップ麺容器からの溶出が問題となっているスチレンは室内空気を汚染しており、人が摂取する量は、食品からよりも多いこともあります。化学物質の魚介類や人体への蓄積性・残留性に視点を置くことも大切ですが、たとえ分解性がよくとも、身の回りにいつも存在している物質に内分泌撹乱作用があれば、人体は常に影響を受けることになります。
 また、室内では、乳幼児の生活行動を想定して、畳や床、家具、玩具などの表面のふきとり調査も実施してほしいと思います。
 内分泌撹乱物質の毒性についていえば、東京都神経科学総合研究所の黒田が「環境化学物質と学習障害:環境ホルモン問題の解決のために」(「科学」98年6号)と題する論稿の中に図示しているごとく、生殖系への影響だけでなく、免疫系、脳・神経系への影響も視野にいれた調査研究がのぞまれます(図省略)。

<使用規制にもとりかかるべき>(省略)
<化学業界のやるべきこと>
 内分泌撹乱物質が人の健康や生態系に悪影響を及ぼしているとのコルボーンの説に最もはやく反応を示したのは、名指しされた多くの化学物質を製造・使用・販売している化学企業の集まりである日本化学工業協会でした。同協会は、通産省の委託により、97年3月に報告をまとめ(本連載中、通産省報告書として、随時とりあげてきた)、今年の4月には、一般向けに「環境ホルモン問題についてのQ&A」と題する文書を発表しています。
 その中で、今後やろうとしている対策を列挙していますが、人や環境に対する調査、化学物質のスクリーニング手法の評価と開発が主なものであり、Q&Aの内容についても、いいわけがましい主張が眼につきます。
 自らの作成した通産省報告書の、人の健康障害、疾病リスクに関する疫学的研究の項のまとめは、「医師、保健医療従事者の立場からは、動物実験で発ガン性が認められた外因性ホルモン様物質は、疫学で確認されていなくても使用して欲しくないというのが率直な気持ちである。」という文章で締めくくられていますが、私たち消費者からしても、疑わしい化学物質の製造販売の一時中止などの実施はのぞむべきところです。
 このような声に対する答えとして、Q&Aでは、「現在疑いをもたれている化学物質の有害性は、高濃度・高投与量の試験結果か、試験管試験からの類推で、通常使用方法ならば、直ちにに製造中止すべき問題があると考えにくい。」とか「現在市場に出回っている化学品は、社会生活の向上に多大の貢献を果たしてきており、又、少なくともこれまでのように取扱形態を良好に守っている限り問題は生じないと考えている。」とか「環境ホルモンの影響が科学的に解明されていない現段階では、製造を中止するのは、科学的な観点からも、又、社会的な観点からも時期尚早かと考えます。」としています。
(中略)
 化学業界が、レスポンシブル・ケアを標榜し、社会的責任を云々するならば、まず、自らの企業について、以下のことを実施して、消費者の信頼を勝ち得てください。
 @自分の工場で製造・使用する化学物質の名前と数量を公表する
    (PRTR=環境汚染物質排出移動登録制度よりもっとまえびろに)
 A製造・使用している化学物質の毒性データは、すべて公開する
    (企業の財産だから、公開しないなんといわないで)
 B製品に含まれる化学物質の成分について、商品に表示する
    (企業秘密は特許法で保護すれば充分)
 C製品に毒性についての表示を行なう
    (たとえば、塩ビ製品に、燃やすと有害なダイオキシンが生成する恐れが
     あると記載する。なければ、PL訴訟の対象になるかも)
 D化学物質の研究開発過程で、毒性が問題となり、お蔵入りした企業がもっているネ
  ガティブデータを公表する(内分泌撹乱物質をスクリーニングにする際に役立つ)
 E化学物質を製造・使用するメーカーの従業員の健康調査(生殖毒性をも対象とし、
  職歴と病歴や死因の関連を調べる。退職後の追跡調査、家族についての調査も含め
  る)をまとめて公表する(内分泌撹乱物質の人に対する疫学調査に役立つ)
<内分泌撹乱農薬は使用中止を>
 日本化学工業協会のQ&Aには、現在日本で、登録され使用されている内分泌撹乱農薬のことはふれられていません。農薬のことは、農薬工業会にまかせたというわけでしょうか。マスコミもダイオキシンとプラスチック類(ポリ塩化ビニル、ポリカーボネート、エポキシ樹脂、ポリスチレン)−前者ではゴミ焼却施設からの排出物であり、後者では、食品容器や包装、食器−を取り上げ、私たちの注意を惹起するものの、農薬についての記事は、ほとんど眼につきません。
 しかし、連載第8回の一覧表にあげたように、通産省報告にある内分泌撹乱農薬は、結構多いのです。さらに、環境庁のSPEEDには、前記報告にないマラチオンとシペルメトリン、フェンバレレート、エスフェンバレレートが挙がっています。もうひとつ気づいたことですが、SPEEDには、殺菌剤ビンクロゾリンの登録が今年になって、失効した旨の記載があります。またしても、毒性の疑われる農薬がこっそり姿を消したのです(要注意:回収されたり使用禁止となったわけではない)。
 ここでは、ほかにあぶない農薬はないかと考えて、胎仔毒性や生殖毒性が報告されているものを「農薬毒性の事典」(三省堂、88年刊行)から拾いだしてみました。同書にある244種の農薬及びその関連物質中、表(省略)に示す63種が該当しました。表には、左欄に通産省及び環境庁の報告書に内分泌撹乱物質としてリストアップされた農薬を、右欄にそうでない農薬を示しました。
 右欄に挙げた疑わしい農薬等の生殖毒性や胎仔毒性がすべて、内分泌撹乱作用の結果とは、いえないかもしれませんが、注意を要する物質であることは間違いありません。
 身近に使用されるDDVPやDEP、MEPのような有機リン剤、食品添加物のTBZ、防虫剤・トイレタリーのパラジクロロベンゼンなど、特にに気にかかる物質です。
これらを見て、以下の対応策をとることが求められます。
 @国内で登録失効したり、化審法で製造禁止となっているPOPs(残留性有機汚染物質
     )系農薬が、まだ、生産・使用されている国にすぐに禁止するよう働きかける
 A内分泌撹乱作用の判明している農薬はただちに、製造・販売・使用・輸出入を一時中止
    する
 B表に疑わしい物質として挙げた農薬等については、内分泌撹乱物質であるかどうかの試
    験を早急に行なう。また、表にはないが、動物実験で、発癌性、神経毒性、免疫毒性が
    あるとされているものも同様である。そのためには、農薬毒性試験データ全面公開し、
    再評価することが不可欠である。
 C農薬活性成分中の不純物、同成分の分解代謝物はもちろん、農薬製剤に添加される不活
    性成分(乳化剤、溶剤、警戒剤、展着剤など)についても、活性成分並の毒性試験と内
    分泌系撹乱作用の有無のチェックをする。
<消費者は製品の成分・毒性情報の公開を求め、有害化学物質を追放しよう>
(中略)
 従来からの行政による化学物質規制の経過をみると、@動物実験で有害性が確認され、A環境汚染が進み生態系に被害がでている、B人が摂取して健康への影響が予測される時に、ようやく規制の動きがでてきますが、先の日本化学工業協会の主張にみられる論理がまかり通り、だらだらと製造が続いた上、許容基準による線引きでお茶を濁す場合がほとんどで、法的に全面禁止になることは、きわめてまれです。
 ダイオキシンや内分泌撹乱物質の場合、そんな悠長なことをしていては、遅きに失っすることになります。いいふるされたことですが、人の被害を防止するには、予防的立場にたった使用規制が一番なのはいうまでもありません。
 有害化学物質については、すくなくとも、生態系に被害がでる前に規制の網をかける必要があるのです。消費者は、行政や企業にたいして、毒性がないことが科学的に証明できるまで、その製品のモラトリアムを常に求めていく必要があります。
 また、次善の策として、行政が規制しないならば、消費者が選択できるよう製品に成分・毒性情報の表示をしろということも主張すべきでしょう。
 すでに、ビスフェノールAを含むポリカーボネート製食器をやめたり、哺乳瓶をガラス製に換える動きもでてきました。ポリスチレン容器入りのカップ麺の売上がおちるという現象も起こっているそうです。マスコミ報道の結果、消費者が自分の身を守るため、表示をみて、疑わしきものを使わなくなったことのあらわれといえます。
 しかし、スチレン類を例に挙げれば、ポリスチレン容器に入ったカップ麺を食べなければことは済むという問題ではありません。いみじくも、日本即席食品工業会がそのことを「カップめんの容器は、環境ホルモン(スチレンダイマー・スチレントリマー)など出しません」という全紙大の新聞広告で示してくれました。
 宣伝文中に「これは、もともと自然界にも存在する物質で、大気中にも存在しています。人が呼吸によって一日に摂取する「スチレンモノマー」の量は15μg以上。カップめん一杯に含まれるそれは5μgであり、人体には全く影響を及ぼさない量です。」との文言があります。
 実は、スチレンの室内大気汚染を調べると1μg/m3などは、少ない方で、新築の家で、閉めきった場合では、40μg/m3というケースもありました(花井:横浜国立大学環境研紀要22巻1頁)。これは、スチレンを原料とするプラスチック類が、包装・容器や玩具、家電製品ハウジングとしてだけでなく、化学畳を手はじめに、断熱材、床、壁、浴槽・洗面台、塗料など、室内のいたるところで使われており、スチレン系樹脂や不飽和ポリエステル系樹脂に取り囲まれた生活をしているからです。スチレン汚染は一般環境よりも、室内の方がひどいといえるでしょう。
(中略)
 このことからいえるのは、消費者にとって、大切なのは、化学物質の危険性を知った上、その化学物質がどのようなところで使われているかを知ることです。そして、その製品を着実に生活の場からとり除いていくことが必要だということです。まず、企業や行政に対して、製品の成分・毒性情報の開示を求めることから、行動をおこすべきでしょう。
 コルボーンらの内分泌撹乱物質説は、野生生物に起こった異変の観察なしには、うちたてられなかったことを思えば、化学物質が環境を汚染することによる、生態系への影響を見逃すわけにはいけません。蛍やトンボがへったことが、魚がメス化することが、巻き貝がオス化することが、そして、鳥が繁殖しなくなり、海洋哺乳類が奇妙な死に方をすることが、明日の人の運命を予言する出来事であるという認識にたてば、人が、単に便利さのみを追求し、化学物質をむやみに使用することの危険性がわかろうというものです。
 毒性試験で有害性が確認され、生態系に悪影響を及ぼす恐れのある化学物質の使用をできる限り止めていけば、間違いなくあの非意図的生成物ダイオキシンの減少にもつながり、安心して母乳を与えることのできる、いわば、生き物にとってあたりまえの地球に戻るのではないでしょうか。

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作成:1998-07-27