農薬の毒性・健康被害にもどる
t13207#マレイン酸ヒドラジドの販売中止・自主回収の背景#03-09
 129号で、東京都がマレイン酸ヒドラジド(以下MHと略す)水溶液を用いる杉花粉発生抑制のパイロット事業計画を延期することになった旨報告をしました(記事t12802)。予告より大分遅れましたが、今号では、その契機となった日本ヒドラジン社がMH系農薬を製造中止・回収に至った背景をさぐってみました。

★マレイン酸ヒドラジド系農薬とは
 この薬剤は、農薬取締法が公布された1948年以前から使われていた農薬で、製剤としての安定性を保つため、いろいろな塩のかたちで、登録されてきました。タマネギ・ニンニク・ジャガイモの発芽防止用やタバコのわき芽抑制に適用される植物成長調整剤として、エタノールアミン塩が63年に登録、73年失効、ナトリウム塩も64年登録、70年失効となっており、現在、カリウム塩とコリン塩が登録されています。非農耕地に適用される除草剤としてはコリン塩が、81年に登録されています。2001年版農薬要覧には、登録農薬として、植調剤10種、除草剤4種がありますが、その後、植調剤2種( C−MH49液剤/三共C−MH49液剤)が2001年10月14日に、除草剤3種(ヒロバトール液剤/ホドガヤヒロバトール液剤/石原ヒロバトール液剤)が2002年6月29日に登録失効しています。
 生産メーカーは、日本ヒドラジン、大塚化学、北海三共、石原産業、保土谷アグロスなど9社で、2000年の生産量は植調剤で244kl(金額2億5800万円)、除草剤で13.9kl(金額2155万円)となっています。
 県別出荷量の多いところは、ジャガイモ、タマネギ、ニンニク、タバコの産地である下記のような地域です。
     製剤名        出荷量(単位:kl)−上位県と合計
     C-MH(コリン塩)   宮崎:16.49、熊本:7.95、茨城:7.23、
                   鹿児島:5.87、青森:5.37  合計:71.08
     エルノー(コリン塩)   北海道:85.05、青森:15.56  合計:109.33
     OMH-K(カリウム塩) 鹿児島:10.25、茨城:6.76、福島:5.90  合計:53.33
 MHの残留基準は109作物で25〜50ppmとなっており、ジャガイモとニンニクが最も高く50ppmです。厚生労働省の最近の調査では、農産物の検出例は報告されていませんが、奈良県衛生研究所の調査では、ポテトチップスに0.3ppm、札幌市衛生研究所の調査では、輸入冷凍フライドポテトに1.8ー4.2ppmのMHが検出されています。

★日本ヒドラジンのMH剤保存試験で発がん性不純物ヒドラジンが増大
 MHはマレイン酸とヒドラジンを原料として製造する化合物で、ヒドラジンを不純物として含む上、保存中に分解してヒドラジンが生成します。
 ヒドラジンは、ロケット推進剤として年間数トン、プラスチックス発泡剤や自動車エアーバッグなどのガス発生剤の原料のほか、農薬をはじめとする化学品中間体としての用途が年間15000トンあります。日本ヒドラジンはこのヒドラジンの大手メーカーであり、農薬MH剤でも、2種のコリン塩で167kl(2000年)を生産しており、他社に原体も供給しています。
 同社が、MH剤の生産中止と回収を発表した経緯は次のようです。
   ・2001年4月、FAO(国連農業機関)が農薬輸出事前通知制度の対象と
    してMH剤をリストアップ。
   ・ヨーロッパにおけるEU規格(製剤中の遊離ヒドラジンの上限1ppm)に
    製品が合致するかの検討開始したが、一部製品で基準を上回ることが判明。
   ・12月末、日本でも、EU規格の導入が検討されていることを聞く。
   ・2002年1月、EU規格をクリアする新処方及びC−MH剤の保存安定性
    試験の検討開始。
   ・3月中旬、新処方による改良品は、新剤扱いになり農薬登録を取り直す必要
    があることが、農水省から示唆された。
   ・4月22日、現行製品では保存期間中の遊離ヒドラジンの増大が明かで、新
    基準が導入された場合、収穫された作物の安全性が問われる事態もあると判
    断し製造販売中止し、回収に踏み切る。
 具体的には、日本ヒドラジン社の社内規格で、エルノーについてヒドラジン含有レベルを1ppm以下、C−MH剤では規格なしとなっていたそうですが、農薬製剤の3年間という保証期間を想定した40℃−90日間の苛酷試験で、開始時に0.1ppmであったヒドラジンが、2ppmに増加することが判明しました。

 同社が86年から88年にかけて、三菱化成安全科学研究所に委託して実施したMHコリン塩のマウスによる発がん性試験では、25200ppmの高投与群で体重の増加抑制が認められただけで、発がん性はないと判断されています。にも拘わらず、販売を中止したのは、不純物ヒドラジン(ラットを用いた慢性毒性試験で鼻腔上皮細胞の腫瘍性病変や肝腫瘍の有意な増加が報告され、また、変異原性もある)のEU規制値が重くのしかかったと思われます。

★販売中止は農水省も寝耳に水?
 では、この件に関して、農水省は何をしたのでしょう。
まず、2002年1月10日付け13生産第3988号 『「農薬の登録申請に添付する資料等について」の運用について』の通知で、農薬中に含有されるヒドラジンについて、含有量を調べるように農薬業界に通知をだしています。では、登録のある農薬についてヒドラジン含有量はどれほどかと問うと、例によって、企業秘密なので、混在物の数字は出せないという答えしか返ってきません。
 農水省は、MH剤について、日本ヒドラジン社が話を聞きに来たことはあったが、省として行政指導で、生産をやめろといったことはないとのことでした。
 かって、発がん性のくん蒸剤EDBによる環境汚染が問題になった時、農水省は、農薬メーカーにEDB剤を確保するよう頼んでいたことを思いだします。今度のケースでは、農水省は、アメリカでの原体MHのヒドラジン含有基準が15ppmとヨーロッパより高いということで、日本では問題にならないと高をくくっており、日本ヒドラジンのMH剤の突然の販売中止・自主回収は寝耳に水だったというわけでしょうか。

★ADIを20分の1にしていた厚生労働省は資料を明かさず
 MH剤の不純物ヒドラジンと関連するのでしょうか、2001年12月の厚生労働省の薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会残留農薬部会残留農薬調査会がマレイン酸ヒドラジドのADI(一日摂取許容量)をこれまでの5mg/kg体重/日から0.25mg/kg体重/日に下げる決定をしました。このADIをもとに残留基準が決められますから、数値の評価換えは重要です。いままでに、ADIが、20分の1も下げられた農薬の例がありません。
 早速、厚生労働省にその根拠となる理由を問いましたが、JMPRの評価結果からADIが下げられたが、残留農薬部会で審議されるまでは、資料はオープンにできないとの返事です。7月現在まだ、同部会で検討されていません。
 残留基準も、ADIは5mg/kg体重/日として50ppmだったら、20分の1の2.5ppmとするのでしょうか。さらに、農水省が設定する安全使用基準の改訂は、もっと遅れることになるのでしょうか。マレイン酸ヒドラジドの問題は、ニンニクなどの発芽防止の代替法が普及していないこともあって、無登録農薬として農家はいりこむ余地があると思いますので、今後も眼をはなせません。

★その後の情報
@記事t14103:残留農薬ポジティブリスト制度3年以内に実施決定〜「食の安全」につながらない国際基準に合わせた緩い基準

A厚生労働省
 2003/05/07 厚生労働省マレイン酸ヒドラジドの残留農薬基準改定提案
  毒性試験概要つづきと基準案
  2003/07/08 残留基準案についてのパブコメ募集
B農水省
 2003/06/25 第7回農業資材審議会農薬分科会の資料
  マレイン酸ヒドラジドの検査方法について
 2003/07/23 ヒドラジン含有量の検査方法についてのパブコメ募集
購読希望の方は、〒番号/住所/氏名/電話番号/○月発行○号からと購読希望とかいて、 注文メールをください。
年間購読会費3000円は、最初のてんとう虫情報に同封された振替用紙でお支払いください。

作成:2003-03-22