室内汚染・シロアリ駆除剤にもどる

t23003#熊本市現代美術館で絵金の屏風絵がくん蒸剤処理で変色〜薬剤被害は作品だけでなく、学芸員も#10-10
【参考サイト】熊本市現代美術館と指定管理者の熊本市美術文化振興財団からのお詫び
       高知県香南市絵金蔵
       高知新聞絵金屏風変色問題

 9月17日、熊本市現代美術館が展示用に、高知県香南市の絵金蔵から借りた屏風絵を殺虫くん蒸剤で処理したため、変色したとの報道がありました。この被害の経緯とともに、美術館や博物館での薬剤処理でどのような被害がでているかを調べましたので、報告します。

★何も知らない業者が検疫用薬剤で処理
 絵金は、高知県赤岡町(現香南市)にある、江戸末期の絵師金蔵の略称で、金蔵の描いた歌舞伎を題材とした屏風絵23作品を含む素描画などが残っており、毎年、夏に町内に展示されるだけでなく、各地に貸し出されています。
 熊本市現代美術館は、10年3月27日に屏風絵を保管する絵金蔵に出品を依頼し、翌月、同運営委員会から作品の貸出しが承認されました。出品依頼に「本画の燻蒸は当館(熊本市現代美術館)で行うものとする。」となっていました。くん蒸について、絵金蔵では、7月20日から27日までの間に、日本通運が処理をすることを知っていましたが、どのようなくん蒸剤を使えという指示はしなかったそうです。
 貸し出された屏風絵5点は、7月21日から5日間、日本通運熊本支店の倉庫内で、梱包したまま、リン化アルミニウムにより天幕くん蒸されました。この剤は特定毒物指定で、登録農薬としては葉タバコや穀類ほかのくん蒸に適用があり、水分と反応してリン化水素(ホスフィンガス)が発生して、くん蒸物を変質させたり、リン酸化合物として残留することが知られています。
 美術館側は、7月27日、展示のため、梱包を解いた際、はじめて、屏風絵すべてが、部分変色(特に緑の部分が黒ずむ)していることに気がつき、絵金蔵に連絡し、その後、原因調査を東京文化財研究所に依頼しました。
 美術館が処理を委託したのは日通でしたが、処理実施者は、北九州市に本社をおく池田防疫興業でした。この会社の業務内容をみると、『穀物青果物、木材、コンテナ、動物等の輸出入検疫燻蒸業務はもとより、環境衛生害虫駆除施工業等にも鋭意進出しています。』となっており、美術品等の処理については、記載がありません。
 同社は作品を梱包したまま、恐らく、検疫くん蒸用に持っていたリン化アルミニウム錠剤を使ったと思われます。高知新聞の調査記事(10月4日)は『くん蒸処理した業者は、文化財薫蒸の資格を持たず、熊本市現代美術館は2002年の開館以来、薫蒸の研修、経験が全くなく、今回も専門知識のない日通に任せ切りにし、下請けのくん蒸業者名や薬剤、作業状況を一切把握していなかった。』と問題点を指摘しています。

★リン化水素により銅系絵具が化学変化
 東京文化財研究所は9月7、8日に当該美術館で屏風絵の変色原因を調査し、結果を報告しました。その所見の要点は以下のようです。(この件を踏まえ同研究所は、文化財燻蒸を計画する際の注意事項(8月30日)を公表しています。)
・緑は銅化合物であり、選択的に、細かな顔料(泥絵の具)が大きく影響を受けており、含水率の高い状況で薬剤と接触したこと、梱包装のまま高濃度薬剤に触れていたことで、変色が起きたことが示唆される。
・ホスフィン+空気 → 酸化リン、これに水分が加わり 強酸性のリン酸に変化、リン酸が顔料の塩基性炭酸銅、塩基性酢酸銅と反応し、酸化銅に変化させた。酸化銅/条痕色は黒色、結晶化後は赤銅色。

 今回の事例は、絵や文化財に対する知識のない業者に薬剤処理を委託したことが根本原因ですが、美術館や博物館では、収蔵品の保存のため、日常的に薬剤処理がされています。
 たとえば、絵金蔵では、収蔵庫・前室ででエコミュアーFTプレート(成分プロフルトリン)をセットしたファン式送風器を使用しており、害虫やカビ調査で、確認された場合は、ブンガノン(成分d・d-T-シフェノトリンと液化炭酸ガス)やライセント(成分IPBCと液化炭酸ガス、アセトン)で薬剤処理をするそうですが、いままでに、作品の変質被害は、なかったとのことです。

  ★美術館・博物館の学芸員らの薬剤被害40事例〜文化財研のアンケート調査
 博物館、美術館や図書館での薬剤処理が問題となるのは、作品被害だけではありません。入館者の薬剤による健康被害や職員や処理作業者の事故等については本誌でも何度か取り上げました(記事t13607c記事t15608a記事t16209記事t18003など参照)。

 私たちが以前に問合せたことのある東京文化財研究所は文化財の保存・防虫処理について、認定薬剤(リン化アルミニウムは含まれていない)を公表しているだけでなく、発行する「保存科学」48号(2009年)では、薬剤処理による学芸員等の健康被害や文化財・施設被害を調査した結果が、報告されています(以下アンケ報告という)。

【アンケート調査実施要領】
 アンケート調査は、2008年7月から10月にかけて、全国各地の博物館,美術館,文書館などの学芸員341名を対象に実施されました。設問は以下に示す3項目で、回答数は185(回収率55.4%)でした。

【殺虫などの効力について】殺虫・殺菌処理をしたにも拘わらす、効果がなかった事例はあるか。(回答数185、はい:17、いいえ:167、無回答:1)
「はい」の中には、防黴剤を使用して、殺虫効果がなかったとしたり、殺虫剤処理でカビが生えたとした事例もあり、館員の薬剤についての知識の低さがうかがわれます。

【文化財や施設への影響について】薬剤処理により、施設や作品に変化があったか。(回答数185、はい:24、いいえ:159、無回答:2)
 パネルや棚などの金属部分にさびがでたり、ケースにしみ等がついたほか、作品に異臭が残ったり、銀や銅製品に変色や腐食がみられたとの報告がありました。

【人体影響について】薬剤使用した際、施設の中で気分が悪くなる、頭痛、目やのどの痛み、アレルギーが出たといような事例を経験したことがあるか。(回答数185、はい:40、いいえ:143、無回答:2。) 「はい」と答えた事例の使用薬剤や詳しい症状等を表に挙げました。事例は、調査対象となった学芸員個人だけでなく、当該館での情報も加味されており、発生年月も1990年代から2008年にいたる長い期間のものです。

 臭化メチル、酸化エチレン、酸化プロピレン、ヨウ化メチルなど揮発性ガス剤によると思われる学芸員や作業者の被害事例が24件と目立ちました。
 7件の事例があったDDVP(うち蒸散剤6、粉剤1) について,アンケ報告には『人体への影響が懸念された結果,平成16年に厚生労働省から「用法及び用量」「使用上の注意」などについて従来の方法を変更し,人の出入りがある場所については基本的に使用しないよう,通達が出た。』と記されていますが、通達以後も被害がみられます。
 ピレスロイド系薬剤の事例も7件あり、アンケ報告には、アレルギー性の疑いとの記載 もみられました。
また,2件の事例のあるホルマリンについては、『平成20年に「特定化学物質第2類」に 指定され,発ガン性を含め,人体への影響がかなり強いものとして認定されたので,今 後の使用は慎重に考える必要がある。』と述べられています。

アンケ報告には『それぞれの薬剤についての感受性は個人差も大きいと考えられるが, アレルギー体質の人や薬剤感受性の高い人ではかなり重い症状も出る可能性があること に十分留意する必要があろう。』とあります。
事例のなかには、スミチオン乳剤が1F飲食店床面に散布されたため,7Fの事務室他 で喉の痛み,吐き気が出たケースや脱酸処理後の図書で、湿疹が出たケースもあります。

前述の熊本市現代美術館も絵金蔵も、いままで、職員や入館者から、薬剤処理による健康被害の訴えはないとしていますが、博物館や美術館、図書館では、化学物質過敏症の方が利用することもあり、入館者や利用者の被害につながらないよう、薬剤使用は出来るだけやめるべきです。

 表 博物館等における薬剤処理に伴う人体被害について(−省略−)
  (出典:木川りか、佐野千絵、石崎武志「保存科学」48号233頁、2009年)

作成:2011-01-25