農薬空中散布・松枯れにもどる

t23903#この期におよんでまだ空散とは〜長野県の空散のあり方検討会の中間報告批判(その4) 18年後にまとまるエコチル調査結果を参考にすると#11-07
【関連記事】その1その2その3その5その6その7最終回記事t23901記事t239042011年の農薬空中散布情報
【参考サイト】長野県:農薬の空中散布検討連絡会議の頁
           今後の農薬の空中散布のあり方についてのパブリックコメントの実施について
           農作物に対する無人ヘリコプターを利用した農薬空中散布の今後のあり方(案)と
           当グループ意見パブコメ結果と長野県の見解
           当グループの要望と長野県の回答
           今後のあり方(2011年5月公表)
 今回は、長野県が無人ヘリコプター散布による危被害防止対策に挙げている、散布方法の改善と散布実施主体と地域住民との関係性について、問題点を挙げます。

★散布方法の改善〜具体的条件は示されない
 県の主張の眼目のひとつは、飛散防止対策(ドリフト対策)の強化です。
『「無人ヘリ利用技術指針」等を基に、散布時刻、住宅等からの距離、散布時の気象条件等を自主的に定めた「散布基準」について、子供や化学物質に反応しやすい体質をもった人の健康に配慮した内容に見直すとともに、より厳格に運用するよう、指導する。  また、防除対象の農地等以外への農薬の飛散の防止措置を強化するため、実施主体に対して、飛散しにくい改良型ノズルを装着するよう指導する。』の2点が挙げられています。
 しかし、具体的な数値は明確でありません。私たちは、個々の実施団体が決めている散布基準について以下の質問をしました。
『散布基準のうち、住宅地からの緩衝地帯幅がどのようになっているか教えてください。
 (a)緩衝幅を設定していない実施団体の数
 (b)緩衝幅が20m以下の実施団体の数
 (c)同20-30m幅の実施団体の数
 (d)30m超える幅に設定している実施団体の数』
その答えは 『実施主体ごとに分類した結果をお答えすることはできません。なお、当課で把握している範囲では、一部30mで設定している実施主体もございます。』でした。

 飛散に影響を与える要因として忘れてならないのは、風速、横風、無人ヘリの高度と速度、方向転換・立ち上げ散布といった気象条件と無人ヘリ操作です。また、散布地域での使用農薬総量も地域汚染に関連します。

★50m以上飛散する農薬
【参考サイト】環境省:農薬残留対策総合調査(H15-H22年度)
       ・H20年度;6/6
        ・H21年度;5/5
        ・H22年度:3/4
       本山直樹さんらの論文:日本農薬学会誌34巻45頁、2009年
 環境省の農薬残留対策総合調査では、北海道千歳市の水田や群馬県の大豆畑で、無人ヘリコプター空中散布による、気中濃度や飛散=ドリフト調査が実施されています。その結果の一部を次頁の表に記します。
農薬は散布地域外50m地点でも200m地点でも大気中に検出されています。ドリフト率(単位面積当りの理論投下量をベースにした比率)は50m地点でも2%以下認められています。

 また、松枯れ対策の場合では、秋田でのスミパインMC 剤の無人ヘリコプター空中散布で、地域外400mの地点で、大気中にMEPが検出されています。(本山ら。日本農薬学会誌34 巻45頁、2008年)。
 表 無人ヘリコプター散布による散布地域外への気中濃度とドリフト率
                    (環境省総合調査結果より作成)

 場所        年月日  散布農薬         分析農薬        気中濃度   ドリフト率
                                                                    ng/m3          %
 北海道水田  07年7月 カスラブトレボンゾル  フサライド        50m:99    50m:0.5
  群馬県大豆畑 07年8月  トレボンエア     エトフェンプロックス  200m:23
 北海道水田  08年8月 カスラブサイドゾルと
               スタークル混用液   フサライド         50m:110    50m:1.5
  群馬県大豆畑 08年8月  アミスタートレボンSE  
                                              アゾキシストロビン    100m:212
                           エトフェンプロックス  100m:249
 北海道水田  09年7月 カスラブトレボンゾル   フサライド        50m:170     50m:1.8
 北海道水田  10年7月 カスラブトレボンゾル   フサライド        20m:120     50m:0.47
                                             エトフェンプロックス   77m: 20      50m:0.51
 農薬の飛散=ドリフト防止についていえば、農薬使用者の関心は、ヒトの健康よりも、非対象作物への影響の方が大きいようです。残留農薬ポジティブリスト制度の導入で、原則国内で適用のない農作物には一律基準0.01ppmが課せられ、水田空中散布地域に隣接した野菜畑などがドリフト汚染されると、食品衛生法違反になる恐れがあるからです。
 たとえば、山口県農林総合技術センターの研究では、水田でのブラシンゾルの無人ヘリ空散で、隣接圃場にホウレンソウがあれば、農薬成分フェリムゾンの予測落下量から、風速3m/秒の場合、安全距離(ドリフト汚染によりホウレンソウの残留値が一律基準を超えない距離)を100m以上、風速1m/秒の場合75m以上としています。

 長野県は、改良型ノズルの装着を対策のひとつに挙げていますが、これは、散布される農薬の液滴が小さすぎて、飛散が大きくならないよう、ノズルの形状や噴出圧力で粒径を調整するもので、噴出量、噴出角度のほか、農薬成分、補助成分も農薬散布濃度等も関連します。
 いずれにせよ、一部の実施団体が目処にしている緩衝帯幅30mでは十分でないことは、明らかです。作物保護にとっては100m以上が必要であるが、人の場合は30mでいいということでは、納得はできません。

★実施主体と地域住民との関係性
 長野県の考えは以下のようです。
  実施主体が、農薬空中散布を行う地域の住民等と双方向性の高い情報交換を行い、
  防除の必要性について理解を深めてもらうとともに、散布ほ場を記した図面の掲示に
  よる周知や相談窓口の設置による情報収集をするなど、病害虫防除効果と危被害防止
  効果が十分に得られる「空中散布等実施計画」を策定し、地域内の実施体制を構築す
  るよう、指導する。
  また、「長野県無人ヘリ利用空中散布等作業指導要領」を一部改正し、実施主体が策
  定する「空中散布等実施計画」が、健康への影響を心配される方々への対応など、地
  域住民に対する危被害防止対策を適切に実施できる内容となっているか、事前に確認
  し、指導を行う。
 双方向性というのは、農薬使用者は、空中散布の実施時期や散布農薬の情報を地域住民に周知する、住民は農薬に影響を受けやすい乳幼児、妊婦、老齢者、化学物質過敏症の患者がどこどこにいるという情報を農薬散布者に周知するということでしょうか。
 有機農作物に農薬が飛散しないようにするのは、散布者の努めとなっています。しかし、窓を閉めたり、洗濯物や自動車にかからない対策をとるのは、被害を受ける住民たちですし、化学物質過敏症の人は、自分で避難地を探さねばなりません。
 通勤・通学時間には散布しないとしても、散布後、何時間たてば、安全だといえるかもわかりません。

★散布計画公開と地区別協議会に住民を
 長野県は、県の指導要領で、無人ヘリコプターの散布計画や散布実績の届出を求めていますが、島根県のように、地図入りの届出様式を示したり、計画をHPで公開してはいません。
『無人ヘリコプターの散布計画についても、届出のあったものを随時、HPで公表してください。』という私たちの要望に対し、『 散布計画については、計画を策定した実施主体が市町村の広報など様々な方法で住民に周知するもので、ホームページによる公表もその一つと考えられますが、地域内で必要性を検討し、判断されるべきものと考えております。』と答えるだけです。
また、私たちは、都道府県レベルの無人ヘリコプター協議会とは別に地区別協議会の設置を求めましたが、長野県のいう地域別協議会の構成は、実施主体であるJA、行政、農業改良普及センター、NOSAIとなっているだけで、散布地域に居住する人やそこで活動する人や公共施設等の関係者、医療関係者などが入っていません。
 今後の指導要領の改訂には、住民の意見を組み入れることが不可欠です。

★環境省のエコチル調査を参考にすると
【参考サイト】環境省:エコチルのページ

 さらに、県が今後の対応として、環境省が実施している「子どもの健康と環境に関する全国調査」(略称エコチル、平成22年度〜)や「農薬の大気経由による影響評価事業(平成22〜24年度)」等の調査結果を踏まえて、検討していくとしているのは、驚きです。
 エコチル調査は、環境物質や生活習慣等の子どもへの影響を調査するため、国立環境研究所、国立成育医療研究センターと約300の協力医療機関により実施される国家的プロジェクトです。2011年から3年間に10万組の参加者を募り、胎児期から小児期にいたる13年間の追跡調査をするという長期にわたるものです。
まさか、今後、13年間は化学物質過敏症など農薬弱者の苦しみを放置して、調査結果がでるまでは、いままで通りの空中散布を続けるというわけではないでしょうが、エコチル調査を踏まえるという発想自体、県に、農薬散布を減らし、地域住民や生態系を守る意向が十分でないことの証左です。
 また、環境省の無人ヘリ空中散布の影響評価事業のひとつ「農薬飛散モニタリング調査」は、すでに25製剤の粒径分布の測定が行われており、今年度の対象農薬はフサライドで、水田散布時の農薬落下調査(50m以内)と気中濃度調査(散布後4週間まで)の実施が決まっています。

 信濃の俳人・小林一茶 <すずめの子 そこのけそこのけ お馬が通る>のような牧歌的風景のかわりに、 枯林空三 <通学っ子 そこのけそこのけ 無人ヘリが通る>(字あまり)というのが、夏の風物詩にならないよう願いたいものです。


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作成:2011-11-25