男性の料理教室


某料理教室で男性クラスを担当していたことがあります。

50〜70代のおじさまがたに、月に1回、豚汁肉じゃがポトフマリネ・・・・・・といったお総菜を、一回に3品ぐらいずつ教えていました。

今まで包丁を持ったことがない男性が相手なので、どんなことをしでかしてくれるかと、毎回ハラハラドキドキで、常に気が抜けませんでしたが、今となっては楽しい思い出です。

いろんな生徒さんがいて、面白かったですよ〜。

「先生、次はなにをしましょうか? 次は? その次は?」と、常に頭が先走っていて、私が何か失敗しそうになると(^_^;)、嬉しそうに喜ぶおじいちゃま(元小学校の校長先生)。

「じゃあ、次は○○さんが切ってみたら」と周りの人に常に気を配りながら作業をすすめるおじさま。

実習中は私や他の生徒さんがするのをじ〜っと観察していてほとんど手を出さずに、家に帰ってからすぐにやってみる方。
この方は現役ビジネスマンで、何事も頭で納得されてからするタイプ。
プライドも高そうにお見受けしたので、実習中の調理は無理強いせずに、翌月に家で作った感想をなにげな〜く聞き出して、アドバイスするようにしていました。

そんな中で、「先生、料理って本当に大変だよね〜。やってみて初めて分かったよ。俺なんてここで教えてもらった料理1品だったらなんとか出来るけど、3品作るなんてことになったら、朝から晩までかかっちゃうよ」と言ってくる生徒さん(60代)がいました。

「あら〜、そんなの当たり前よ。○○さんが、ささっと3品作れちゃったら、私の仕事あがったりじゃない?」と軽口をたたくと、
「でもさぁ、女房はほんとうにすごいと思うよ。俺なんてスーパーに行って材料を揃えて、このレシピを首っぴきでやるでしょ。女房なんて、仕事で疲れて帰ってきて、冷蔵庫にあるものでささっと作るでしょ。それを何十年もやってきているんだから、本当にすごいよね」と言います。

「あとさぁ、料理を作ったときになんにも言ってもらえないのって、あれって淋しいよねぇ。
うまいならうまい、まずいならまずいでいいんだ。
何か感想を言って欲しいんだよね。
やる気が失せちゃうよ・・・・・・。
でもさぁ、俺もそうやって何十年も黙って女房の料理を食べ続けてきたかと思うと、本当に申し訳なく思うよ。
あれほど張り合いのないことはないよね。
それが分かっただけでも、この料理教室に来てよかったなぁと思うよ。
俺なんか飯は黙って食っていろ! 男が食べ物のことを旨いとか、まずいとかいうのは恥ずかしいことだっていう教育で育った世代だから・・・・・・・」と続きました。

この方は、夜間高校に通いながら、裸一貫で小さな印刷会社を起こし、奥様と二人三脚で従業員数十人を抱える会社に発展させた社長さん。
そのころは会社は息子さんにバトンタッチして、ホノルルマラソンに何度も出場なさってらっしゃいました。
「趣味は?って聞かれると、このごろは”料理とマラソン”って答えているんだ」とも。

我が家は、実家の父も夫の父も、そして夫も、おいしいものを口にすると素直に「うまいなぁ!」と言いながら食べる人なので、”男が食べ物のことを云々とするのは恥ずかしいという教育”にはちょっと驚きだったのですが、女房の料理を黙って食べ続けたことを申し訳なく思う。それが分かっただけでも料理教室に来てよかった!と感じる心と、それを照れることなく言葉に出来る純粋さはすばらしいなぁ〜と感心致しました。

生徒さんから学ぶことが多いとはまさにこのことです。

そういえば、この方は「先生、俺もそうだったんだけれど、一人でここに来るでしょ。そうすると、最初はみんなの中にすっと入って行きにくいんだよね。だから、新しい人が来たらお互いに自己紹介することにしたらどうだろう? 名札もつくってさ」と提案してくださり、次の週には「ウチの若いのにチャッチャッと作らせたから」と、コックさんのイラスト入りの可愛い名札を、全員分作ってきてくださいました。

お一人、お一人のお顔とお名前、今でもちゃんと覚えていますよ。
みなさん、お元気かしら?


当時のレシピとコックさんの名札

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