第34回「浜風にのって」(2002年3月9日)

ジンチョウゲ

 外回りにジンチョウゲを植えている家があって、側を通ると芳香が漂ってくる。

 ジンチョウゲは沈丁花と書いて、沈香(ジンコウ)と丁字(チョウジ)の香りを併せ持つことからこの様に名付けられたというが、私は沈香も丁字もその香りを嗅いだことはない。
 沈香や丁字の香りを知らなくても、ジンチョウゲは香りによって春の訪れを告げる代表的な花である。
 ジンチョウゲは常緑の樹高一bぐらいの低木で、シロバナジンチョウゲもあるが、おおかたは紫色の花をつける。
 花は濃緑の地に数センチの水玉を散らしたように見え、この水玉は小鳥の口先のような小さな花が二〇前後集まったものである。
 花弁と見えるのはガクで、外側が紫、内側は白、花が開くとほとんど白に見える。

   しかしながら、ジンチョウゲは花を愛でるのではなく、やはりその香りに存在価値がある。
 「沈丁花は枯れても芳しい」という言葉があって、「気高さは一生ついてまわる」「沈丁花は盛りを過ぎても香りが残っている」という意味である。
 もし「ジンチョウゲのようだ」と言われれば、それは誉め言葉であろう。

 中国名は「瑞香(ズイコウ)」。寝室の女性客の香りだそうで、悩ましい。

 春の香りの代表がジンチョウゲであるなら、秋の香りの代表はキンモクセイである。キンモクセイは庭や垣根に広く植えられていて、一〇月になると糸くずか毛玉のような橙色の小さな花を葉の脇にたくさんつける。
 この花がジンチョウゲに勝るとも劣らない芳香を放って、キンモクセイは秋の香りであった。と過去形で書いたのは、一時期、キンモクセイの香りがトイレの芳香剤に使われるようになり、この香りに年中馴染むことになったからである。
 キンモクセイが咲いたとき、つい「トイレの匂い」と言われるようになった。
 ジンチョウゲはキンモクセイより地味だったためか、トイレの香りにされなくて幸いであった。

 わが家のせまい庭にもジンチョウゲが一株あって、小さいながら精一杯の花を咲かせた。
 庭のすみっこから、良い香り漂わせる。

    はるかぜや ほのかな香り 宵の月

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