「服装の乱れは心の乱れ」 この言葉を聞いたのは高校生のころだったろうか。
当時の高校生は学生服に学生帽、運動靴、学生服の下に白いYシャツで、頭髪は丸刈りであった。
ズボンはきちんと折り目のついたものが正しく、寝押しをしたことを覚えている。
敷き布団の下にズボンやスカートをきちんと敷いて寝て、ズボンやスカートのしわをのばし、折り目をきちんとつける方法が「寝押し」で、今ではもう死語かもしれない。
当時はまだ学ランとかだぶだぶのズボンなどなかったし、今の高校生のように裕福でもなかったので、服装の乱れといっても、ボタンをきちんとはめないとか、シャツのすそをズボンに入れない程度ではなかったかと思う。
厳しく服装について先生から注意されることもなく、私が覚えているのは、げたを履いて通学し、げたを取り上げられたぐらいである。
テレビを見ていると、バラエティー番組の司会者などの服装が気になって仕方がない。
Tシャツの上に半そでの柄物シャツのボタンをかけないで羽織り、すそをズボンに入れないで、折り目のない綿パンツにスニーカーといったスタイルである。
我々の時代なら、シャツのすそをズボンの外にたらして着るのは服装の乱れの始まりで、シャツのすそをズボンの中に入れ、きちんとベルトを占めるのが正しい服装であった。
シャツのボタンを外し、すそをズボンから出したテレビ出演者の服装は人前に出る服装ではなく、若者のよたった服装であった。
折り目のついたウールのズボンを履く人も少なくなり、最近は背広を着たサラリーマンぐらいである。
若者から年寄りまで、折り目のない綿パンツが大勢を占めるようになった。
私も綿ズボンを愛用し、どこにゆくにもこれである。
汚れても簡単に洗濯できるし、何よりも履きやすい。
私も外出のとき、綿ズボンをはき、Tシャツの上に半そでシャツを羽織り、ボタンを外し、シャツのすそを出して、テレビの司会者スタイルで歩いてみた。
「シャツが歩いているみたいで、みっともないのでやめなさい」 と妻が言った。