農薬の毒性・健康被害<にもどる

n00403#エス・ディー・エス バイオテック横浜工場の農薬TPNプラント爆発火災、死亡事故#18-07

【関連記事】記事t08802(農薬中のダイオキシン)、記事t30206(TPNによる魚毒事件)
    電子版資料集第8号:ダイオキシン含有農薬とPOPs系農薬
【参考サイト】エス・ディー・エス バイオテック:ニュースリリースにある横浜工場火災事故について
             第一報(2/12)、第二報(2/13)、第三報(2/14)、調査委員会設置について(2/23)
             再稼動について(3/28)、事故報告開示について事故報告書(6/19)

 今年の2月12日午前、横浜市鶴見区にあるエス・ディー・エス バイオテック社(以下、SDS社という)横浜工場の農薬プラントで爆発炎上事故が発生し、作業者1名がなくなりました(事故発生時のYoutube動画)。同工場では、有機塩素系の殺菌剤TPN(クロロタロニル、商品名ダコニールなど)を製造しており、事故でダイオキシン類が発生し、工場内や近隣に影響がでていないかも、気にになったので、問合せました(SDS社への問合せと回答)。
 ここでは、同社からの回答及び会社が設置した事故調査委員会の報告書(6/19公表)から事故の概要などを紹介します。

★事故の概要
 TPNは、図1のように、原料のIPN(イソフタロニトリル:融点288℃で、常温では固体)を塩素化することにより製造されていました。工程は、IPNを貯蔵槽にいれ、予熱、溶融槽をへて、ガス化し、液体塩素タンクから供給された塩素を気化後、両者を混合して、反応器で、触媒存在下、高温条件で合成されます。

 SDSの説明では『発災時、農薬原体製造プラントはメンテナンス期間中で、塩素化反応は行われていなかった。そのため、機器類の稼動はなく、翌日からの稼動開始に合わせ、一部機器(溶融器から反応器まで)を 200 ℃の熱媒で予熱していた。また、原料及び農薬原体は全て抜き取られており、塩素ガスは遮断していた。』とのことです。 事故は、カラの原料貯蔵槽(ホッパー)にIPN 10 トンを充填する過程で発生しました。

★事故の発生と被害状況
 500kg入りのフレコンバッグにいれた原料IPN10袋が4階に揚げられ、8時58分に、1袋を貯蔵ホッパーに投入する作業が開始されましたが、9時1分頃、ホッパー内で爆発がおこり、衝撃でプラントの屋根等が破損、IPNが発火し、火災が発生しました。階下の溶融器−反応器間で使われていた予熱用の熱媒は、延焼を回避するため、地下タンクへの遮断バルブが開かれましたが(後刻、熱媒ポンプは火災のため停止していたことが判明)、着火溶融したIPNが階下に落ちて、1階通路にあったIPNフレコンをも含め火災が拡大するという経過をたどりました。熱媒は、可燃性でしたが、その成分や燃焼についての記載はありません。
 4階で作業していた協力会社作業者1名が、爆発で負傷し、病院へ搬送されました。爆発現場では、爆音と黒煙が発生、従業員や近隣住民からの消防への通報もありました。
 9時11分、公設消防による放水による消火活動が始まりましたが、火災はおさまらず、12時過ぎに鎮火しました。
 全身火傷の作業者の死亡以外に人的被害はなく、製造プラント内の装置・機器や建屋の破損・火災などの物損被害が殆どで、飛散した屋根などのスレートの周辺での二次被害は他の建屋の屋根の破損程度でした。火災で燃焼したのは、4階にあった原料のIPN5トンと1階通路にあった1トンのほか、プラント内の機器・配電盤や配管や建屋の可燃物とのことです。

★事故原因は静電気着火による粉じん爆発
 火災の切っ掛けとなった爆発は、検証結果から、1袋目の原料の投入中のホッパー内で発生したとされ、その原因について、調査委員会での検討がなされました。
 報告書では、今回と同様のメンテナンス後の再稼動は、作業はいままでも行われており、事故例はなかったこと、2007 年から 2018 年までの作業の時期、気象条件及びホッパー内部の状況を比較しても、全ての条件が今回と近い年はなかったことを確認し、いくつかの仮定をおいた試験を踏まえ、原因の考察がなされました。その概要をまとめると以下のようです。
 ・IPNの投入は、空気雰囲気の作業であり、支燃性物質として酸素が存在した。
 ・可燃性物質はIPNであり、空のホッパー内は投入したIPNの粉じんが舞いやすい状態であった。
  シミュレーション結果より、ホッパー内部で広範囲にわたり、着火しやすい 75μm 以下の
  粒子径のIPNが爆発濃度範囲の粉じん雲を形成したと推定される。
   ⇒爆発時の投入推定量は 100〜300 kg である。当日ロットの粒度分布より、74μm 以下の
    粒子径割合は 0.34重量%。粉じん濃度16.2〜48.6 mg/Lであり、ホッパー内部で部分的には
    爆発下限界濃度爆発下限界濃度  30 mg/Lを上回る粉じん濃度となる可能性が高い。
 ■着火源については、
 ・作業者の帯電、機器の帯電は、周辺に、粉じんがないため、着火源とならない。
 ・機器の漏電 配線にショート跡なし。スイッチ類は不明。
 ・フレコンは静電気対策がなく、ポリエチレン製内袋は非導電性で、静電気帯電で、放電着火する可能性あり。
 ・IPN粒子は摩擦により帯電し、一度帯電すると電荷が逃げにくいことで、放電着火する可能性あり。。
 ・空気雰囲気下、低湿度の条件下で、フレコン及び非導電性の内袋を使用したことで帯電したIPN粒子から
  放電が発生し、粉じん雲に着火した。あるいは、内袋で放電が発生し、投入中に発生したIPN の粉じん雲に
  着火し、それがホッパー内部全体に広がった。

★環境分析データもダイオキシン類の分析もなし
 調査委員会は、ホッパー内部での爆発を契機に、フレコン入りIPNに順次着火し、その燃焼飛沫や溶融により3階から1階へ延焼拡大したとの図式を描いています。
 爆発と着火原因調査のための実験と考察が全53ページの大半を占める報告書の結論は、『農薬原体製造プラント内の原料ホッパーに原料であるイソフタロニトリル(IPN)を投入する際に発生したIPNの粉じんが静電気放電により着火し、粉じん爆発を起こしたことに起因するものと推定された。』であり、反省点として、IPNが粉粒状で粉じん爆発や裸火による着火、ホッパー投入口にあるバイブレーターやその電源の危険性についての認識が甘かった。横浜工場は 1969 年以来長年同じ作業を行ってきて事故が起こらなかったという成功体験から、IPN 投入作業は安全であるという“安全神話”が形成されていた、などの記載がみられます。
 しかし、わたしたちが懸念したダイオキシンという語句はどこにもでてきません。調査委員会の目的が、事故原因を探り、再発防止に役立てることにあったためでしょうが、有機塩素化合物を扱う以上、製品だけでなく、製造工程の廃棄物中のダイオキシン類の発生については、工場内外の環境汚染につながらないよう、会社が最大の注意を払うべきことは、いうまでもありません。
 報告書では、環境への影響について、下記のようなわずかな記載があるだけで、調査データはなにも示されていません。そもそも、塩素化ベンゼン系の不純物が含まれる可能性のある原料IPNの純度もわかりません。
 ・火災により IPN が燃焼し黒煙が発生した。燃焼ガスに含まれる成分について、
  IPN 燃焼実験を行い分析した結果、大部分は二酸化炭素と熱により蒸発又は昇華して
  気体となったIPNであった。発生率は低いが有害なシアン化水素の発生が認められた。
 ・燃焼中に黒煙(煤)の発生も認められた。そのほかに有機性燃焼ガスとしては、IPN のほかに
  少量のベンゾニトリル等が認められた。シアン化水素については、水溶性が高いにもかかわらず
  消火放水を回収した排水中には検出されなかったことから、実際の火災時には生成したとしても
  直ちに燃焼により酸化分解したものと考えられる。
 ・空気より軽いため速やかに上空に拡散したと考えられ、周辺環境への影響はなかった。
 ・火災の消火に使用した消火放水は全て回収しており、消火活動による有害物質の漏洩はなかった。
 ・発災時、農薬原体製造プラントはメンテナンス期間中であり、農薬原体である TPNは
  プラントから抜き取られており、本火災による環境への漏洩はなかった。
 爆発・火災により、大気中に拡散したという黒煙に含まれる煤のたぐいには、どんな化学物質が含まれていたかもわかりません。いままでに工場敷地内に蓄積されている有害物質が事故で環境中に流出しなかったか、火災により、新たなダイオキシン類が発生して、工場従業員や消防関係者、周辺住民へ影響を及ぼすことはないかも含めて、十分な環境調査が望まれます。


  ***  囲み記事;TPN(クロロタロニル又はテトラクロロイソフタロニトリル) *** 
【参考サイト】環境省:化学物質の環境リスク評価の第2巻にあるクロロタロニル
                    同じく 第4巻にあるテトラクロロイソフタロニトリル
       厚労省:職場の安全サイトにあるテトラクロロイソフタロニトリルの安全データシート

 TPNは、1965/06/23に農薬登録された塩素系殺菌剤で、水稲、野菜、果樹、芝、花卉園芸など、広く適用されており、ダコニールという商品名で良く知られています。
 いままでに、単剤と複合剤を含め100製剤が登録され、現在、52剤の登録が有効です。
 SDS社は昭和電工の流れをひく農薬専業メーカーで、現在、出光興産の連結会社となっており、TPNのトップメーカーです。原体の国内出荷量は、1981年1794.496トンをピークに、750トン以上の出荷が1976-1989までつづきましたが、その後、減少し、2016年は、371トンです。輸出はさらに多く、2016年には、原体2896.6トン、製剤3792.6トンとなっています。
農薬以外にも、工業用殺菌剤として、使われており、化管法の指定物質でもあります。

【毒性など】食品安全委員会の農薬評価書によれば、ラット及びマウスにおいて前胃乳頭腫及び扁平上皮癌並びに腎尿細管腺腫及び腺癌の発生頻度の増加が認められたが、非遺伝伝毒性メカニズムとされた。
 代謝物2,5,6-トリクロロ-4-ヒドロキシイソフタロニトリルでは、血液(貧血)、肝臓(肝細胞壊死:イヌ)及び腎臓(尿細管変性:イヌ、重量増加)に認められた。

 ・TPNはダイオキシンやヘキサクロロベンゼン(HCB)を不純物として含んでいる。横浜国立大学の益永茂樹・中西準子さんの報告では、1973と93年に製造されたTPN中にダイオキシン類が検出されている。農水省の報告では、TPN原体にHCBが21-26ppm含くまれていた。

 ・皮膚感作性があり、木製家具職人、塗装工、農業者らにアレルギー様症状がみられる。
 ・人体中毒症状は、皮膚のかぶれ(かゆみ、紅斑、発疹)、気管支ぜんそく様発作、眼の結膜炎等がある。
 ・TPNのADIは0.018mg/kg体重/日。ARfDは0.6mg/kg体重。代謝物のひとつである   2,5,6-トリクロロ-4-ヒドロキシイソフタロニトリルのADIは0.0083mg/kg体重/日、ARfDは0.025mg/kg体重。
 ・日本食品化学研究振興財団HPにあるポジティブリスト制度でのクロロタロニルの残留基準

作成:2018-07-28