環境汚染にもどる

n01902#環境化学討論会での発表−ネオニコチノイドら農薬による水系汚染の実態#19-10
【関連記事】記事n00402記事n00502記事n00602記事n01103記事n01905
【参考サイト】日本環境化学会:Top Page
       第28回環境化学討論会口頭発表プログラム(2019.6、さいたま市開催)

 ネオニコチノイド系殺虫剤を含む農薬の一般水系における汚染状況については、いままで、環境省の調査や環境化学討論会の報告をとりあげてきました。昨年の環境化学討論会では、n04号から06号の一連の連載記事で紹介したように、埼玉県、東京都、神奈川県、大阪府などでの調査研究が発表されました。ここでは、本年6月、さいたま市で開催された第28回討論会での発表内容を概説します。水系汚染による危被害の事例は記事n01905をご覧ください

★ネオニコチノイド類の水系汚染
 ネオニコチノイド系農薬の地域での水系汚染状況を示す発表が、下記の2件ありました。
 表題@ 神奈川県内金目川におけるネオニコチノイド系農薬等の実態
   〇中山駿一、三島聡子(神奈川県環境科学センター)

 表題A 茨城県内河川のネオニコチノイド系農薬等の分布
   ○澤嘉一,小林美哉子,小森住美子,北ア千富美,柴田康行(国立環境研究所)
 
【神奈川県金目川(かなめがわ)水系】
 前年討論会の報告を紹介した記事n00502では、神奈川県西部を流れ相模湾に注ぐ金目川支流の鈴川での汚染状況をとりあげましたが、神奈川県環境科学センターの中山さんらは、図に示した本流などの水系全体の状況を調べ、生態系への影響が考察されました。

<調査内容> 図1にしめした7個所で、採水されました。 
  時期は4〜11月で、ネオニコチノイド系とフィプロニルの
  8農薬が分析された。

<調査結果>図2に示した検出状況の一部からわかるように
  水田の影響が小と考えられる上流の採水地点
  @Bでは、個々のネオニコ等の濃度は0.01ng/mLより低くく、
  水田の影響が大な中〜下流ACDEFでは、水田施用の
  ネオニコ等のうち、育苗箱施用剤として使われることの多い
  イミダクロプリドやフィプロニルの濃度が田植えから中干し
  までの5月〜7月に、0.1ng/mL程度まで高まった。
   一方、本田に施用されることの多い斑点米カメムシ用の
  ジノテフランの濃度は、8月に上昇することがわかった。

     濃度単位:ng/ml=μg/Lです


 河川水中で、一番高い濃度を示したのは、イミダクロプリド0.095ng/mLで、6月のC立堀橋で、同剤は、D色氏橋やE東雲橋でも0.06ng/mLを超えていました。
 クロチアニジンの最大値は0.0531ng/mLで6月のA矢茂井橋、ジノテフランは0.0432ng/mLで8月のD色氏橋、フィプロニル0.0372ng/mLで、6月のF花水橋でした。
 研究者は、観測された個々のネオニコ類の最大濃度(EC)とその水生生物での半数影響濃度(EC50)などをもとにした予測無影響濃度(PNEC:一番低いEC50の1/100と推定されている)を比較し、『EC/PNEC を求めたところ、0.1 未満であり、現時点では、水生生物への影響は低いと考えられる。』としていますが、これだけの調査からは、生態系全体へのどの程度影響を及ぼしているかはわかりません(参照)
 農業県でもない神奈川での総ネオニコチノイド出荷量は、都道府県別では、少ない方から5番目以内ですが(アクト・ビヨンド・トラスト都道府県別に見るネオニコチノイド系農薬参照)、ヒトの生活圏を流れる河川に、地域別・種類別・季節別で濃度の差こそあれ、ほぼ、常時検出されていることは、この農薬が環境中に残留しやすく、散布地域以外にも汚染が拡大していることを物語っています。さらに、いままでの調査研究では、神奈川県の河川には、他の農薬成分も検出されていることも忘れてはなりません(記事t27607記事t30103参照)。
 表1 環境生物への毒性値と予測無影響濃度、及び実測濃度の比較
             * ヒメダカのLD50    LD50:半数致死濃度又は量、 EC50:半数影響濃度。PNEC:予測無影響濃度

農薬名	      コイLD50 ミジンコ類EC50 藻類EC50 ミツバチLD50   PNEC  EC=実測最高    EC/PNEC
 	       96hr,mg/L 48hr,mg/L    72h,mg/L  48hr,μg/頭  mg/L	濃度 ng/mL               
アセタミプリド	>100	   50	          >100	  8.09(72hr)   0.5     0.00548        0.000011
イミダクロプリド 170	     85	          >99	       0.045        0.85    0.095	       0.000112
クロチアニジン	>100	   40	          >270	  0.044        0.4     0.0531         0.000133
ジノテフラン	>97	  >970      >97	          0.023       >0.97    0.0432         >0.0000445
チアクロプリド	>97	  >97	          >97           >100	      >0.97    0.000249       >0.000000256
チアメトキサム	>120	  >100      >91	          0.024	      >0.91    0.011	       >0.0000121
ニテンピラム	>100*  	  >100       41           0.071        0.41    0.0208         0.0000507
フィプロニル	0.43        0.19            >0.14         0.006        0.0019  0.0372         0.0196
【茨城県内の河川水など】
 国立環境研究所の高澤さんらは、茨城県内の10 河川ならびに下水処理場放流水等のネオニコチノイドの汚染状況を調べました。すでに、同県での河川水の調査では、4河川で、67種の農薬が分析され(ネオニコチノイド系の分析はなされていない)、27種が検出されています(記事t30204)。

 <調査内容>県内河川10、池2、下水処理場3で、18個所から7月下旬に採水し、分解物を含めネオニコチノイド系とフィプロニル系の14成分を分析した。

 <調査結果>検出濃度の比較ではジノテフランが最も高い濃度で存在しており、チアメトキサム、クロチアニジン、イミダクロプリドもネオニコチノイド系農薬の間では優勢な傾向を示した。
 ニテンピラム、スルホキサフロル、6-クロロニコチン酸はいずれも検出されなかった。
 ジノテフランの最高値は約3 μg/L であり、これは水産動植物の被害防止に係る農薬登録基準値12μg/L (ユスリカを用いた試験で、それまでの基準24,000μg/Lが大幅に強化された)に比較的近い値であった。
 フィプロニルは代謝物(スルフィド、スルホン、デスルフィニル)も含めて濃度は低かったが、河川水と下水処理場放流水では検出濃度に違いが確認され、河川水では、フィプロニルより、その分解物が多く、下水処理場放流水では逆であった。

 上記の違いの原因は不明なままで、研究者は『河川水については測定対象物質の範囲を拡げるとともに、定点を設けた上で高頻度且つ継続的なモニタリングを実施する予定である。』としています。
 なお、記事n00402に示した埼玉県環境科学国際センターの大塚さんらは続報として、今年の討論会では、下記の表題の発表を行っています。
 ネオニコチノイドの下水処理場放出と農薬散布使用による水系汚染への寄与率を検討した結果、『下水処理放流水に由来するものは、比較的少なく(平均約10%),農業等で使用し河川に移行したものの割合が高い。』と考察されています。
  表題  埼玉県の河川水中ネオニコチノイド系殺虫剤の排出源解析
      ○大塚宜寿,蓑毛康太郎(埼玉県環境科学国際センター)

★水道水の農薬汚染
 水道水における農薬含有規制は、水質基準にはなく、水質管理目標設定項目として、総農薬方式(個々の農薬の検出値と目標値の比率の総和が1を超えないとされる)で管理されていることは、記事n01103でも述べましたが、肝心の実測値のデータは不明で、目標値の何%を超えたかを示すことしかできませんでした。
 本年の環境化学討論会では、国立医薬品食品研究所の小林さんや大阪健康安全基盤研究所の高木さんほかが、下記の二つの報告を発表しました。その中から、実測関連のデータを紹介します。
 表題@ GC/MS ターゲットスクリーニング分析法を用いた水道水・水道原水中農薬の実態調査と
    その定量精度の検証
   ○小林憲弘1、土屋裕子1、高木総吉2、宮脇崇3、門上希和夫4、五十嵐良明1 
    (1 国立医薬品食品衛生研究所、2(地独)大阪健康安全基盤研究所、3 福岡県保健環境研究所、4 北九州市立大学)

 表題A 水道水質における農薬類検査法としてのGC-MS ターゲットスクリーニング分析法の有用性評価
   ○高木 総吉1,小池 真生子1,長谷川 有紀1,安達 史恵1,吉田 仁1,小林 憲弘2,山口 進康1
   (1(地独)大阪健康安全基盤研究所,2国立医薬品食品衛生研究所)
【@の小林さんらの実態調査より】
 <調査内容>採水時期は2018年5〜9月ですが、採取場所の記載はありません。分析対象は、異性体やオキソン体を含め、172の農薬成分でした。厚労省の区分では、水道法にもとづく分析対象農薬は120、要調査農薬が16、その他が84成分あり、全国の河川水等に検出されているネオニコチノイドは対象農薬にはなっていません。

 <調査結果>水道原水の河川水/湖水等から52 農薬成分が検出されましたが、地下水からは農薬は検出されませんでした。原水などに検出された農薬とその最大検出値を目標値とともに表2に、検出値の大きい順に示しました。この中には通常は検査対象としていない対象農薬以外の農薬17種が含まれています。
 一番検出値が高かったのは。除草剤ベンダゾンの1.542μg/L、ついで、殺菌剤トリシクラゾール、除草剤モリネート、同シメコナゾール、同ブロマシルらが1μg/Lを超えました。
 表中、赤字で示したキノクラミン(ACN、除草剤)、シメトリン、トリシクラゾール,モリネート,ブロマシル,シメコナゾールでは、いずれも最大検出値が目標値の1%を超えました(表には、対目標値の%数を示す)。モリネートとブロマシルは2017年の調査でも 目標値の1%を超えて検出されており、研究者は,継続して監視していく必要があるとしています。
   表2  水道原水の農薬最高検出値と目標値(単位:μg/L)
             赤字:最高値/目標値が1%以上
  農薬名          目標値  最高値     農薬名            目標値    最高値 
  ベンダゾン         200    1.542     アメトリン          200      0.108
  トリシクラゾール    80    1.498(1.94%)   チフルザミト         40      0.108
  モリネート           5    1.404         E-ピリミノバックメチル 50     0.105
  シメコナゾール      20    1.168(5.8%)   メトリブジン         30      0.1
  ブロマシル          50    1.165(2.3%)   ボスカリド          100      0.083
  シメトリン          30    0.718(2.4%)    ペントキサゾン      600      0.08
  プロポキスル(PHC)  200    0.626         プロメトリン         60      0.074
  テブコナソール      70    0.586         タロメプロップ       20      0.073
  ブロモブチド       100    0.552         マラチオン           50      0.072
  イソプロチオラン   300    0.402         Z-ピリミノバックメチル 50     0.072
  アゾキシストロビン 500    0.389         イプロベンホス(IBP)  90      0.071
  ピロキロン          50    0.368         ジメタメトリン       20      0.07
  カルバリル(NAC)     50    0.328         エスプロカルプ       30      0.068
  キノクラミン(ACN)    5    0.314(6.3%)    メトラクロール      200      0.06
  メタアルデヒド      60    0.309         プレチラクロール     50      0.057
  メトミノストロビン  40    0.282         フエノキサニル       20      0.056
  5Z-オリサストロビン 100    0.222         トルクロルホス-メチル 200     0.047
  メフェナセット      20    0.182         シプロジニル         50       0.044
  メタラキシル        60    0.181         アラクロール         30       0.042
  ベンフレセート      70    0.164         クロロタロニル(TPN)  50       0.039
  オリサストロビン   100    0.162         カフェンストロ−ル    8       0.032
  フラメトピル        20    0.153         ブタクロール         30       0.028
  フェノブカルブ      30    0.142         ジクロベニル(DBN)   10       0.02
  フルトラニル       200    0.125         ピリブチカルブ       20      0.019
  メプロニル         100    0.111         ジチオピル            9        0.01
  チオペンカルブ      20    0.109         テルブカルブ         20       0.009
 
【Aの高木さんらの分析方法の評価報告より】
 この研究は分析方法に関するものですが、報告の冒頭には『人口減による水需要の減少と,老朽化した水道管の更新費用の増加により,水質管理の人員・予算が削減されている問題に対応するため,より迅速・簡便な検査法を開発するとともに,スクリーニング分析によって水質リスクを早期に検出する体制の構築が必要である。』とあり、現行の水道水の農薬分析がお寒い状況にあることがわかります。

 <調査内容>採水時期は5,6および9月。水道原水(河川水,伏流水,地下水および湖沼水)19検体,浄水23検体,水源へ流入するゴルフ場排水2検体が試料とされ、浄水処理方法は急速砂ろ過処理,緩速砂ろ過処理,オゾン活性炭処理,膜処理および活性炭処理などであったとされています。分析対象農薬は169成分でした。

 <調査結果>検出された農薬は35種で、検出率の高かった農薬の上位3 位の種類と検出率を表3に示しました。
 原水では、いづれも除草剤のブロモブチドとシメトリンの検出率が47%と高く、浄水では、前者が35%でした。検出濃度については、すべて、目標値の1%未満だったそうです。
 ゴルフ場排水の調査では、9種類の農薬が検出率100%でみいだされたほか、通常の検査対象でない農薬11種がみいだされてもいます。

 報告では、検討されたGC-MS ターゲットスクリーニング分析法は、水道法の通知分析法にくらべ、,農薬の定量値は0.11〜17 倍であったが、通知法と同等数の農薬を検出することができ、実測にも適用が可能と結論されています。
 表3 水道原水及び浄水中に検出された農薬の検出率 
          原水         浄水
農薬名     検出検体数 検出率   検出検体数 検出率

ブロモブチド    9         47%           8        35%
シメトリン      9         47
ブロマシル      8         42
チフルザミド    8     42           4         17
ブタクロール    6         32            3         13
イソプロチオラン  6         32
プレチラクロール  6         32            3         13



*** 山室真澄さんほかのSciece誌の論文<Science Vol.366, pp620-623)、2019.11.01> ***
 関連記事:Olaf P.JensenほかのPesticide impacts through aquatic food webs(Sci.Vol.366,pp566-567)
表題Neonicotinoids disrupt aquatic food webs and decrease fishery yields
著者Masumi Yamamuro (山室真澄), Takashi Komuro(小室隆), Hiroshi Kamiya(神谷宏), Toshikuni Kato(加藤季晋),
Hitomi Hasegawa(長谷川瞳), Yutaka Kameda(亀田豊)
概要
 ネオニコチノイドをはじめとするいくつかの農薬の水産生物への影響が強いことは、いままでも述べてきましたし、
水産登録基準の強化もなされてきました(記事t25204記事t30805記事t31202)。

 産業技術総合研究所の11月1日のニュースリリースでは、
 『島根県の宍道湖を対象とした調査により、水田などで利用されるネオニコチノイド系殺虫剤が、
  ウナギやワカサギの餌となる生物を殺傷することで、間接的にウナギやワカサギを激減させていた
  可能性を指摘した。』とし
 宍道湖の年間漁獲量の推移、魚が餌とする湖底に生息する底生動物の推移らの図表がしめされました。
 効果の持続性が長く、環境に流出してから分解・消滅するまでに時間がかかるネオニコチノイド系農薬が
 使用されはじめてから、宍道湖で顕著に見られたのは、魚類の餌となるオオユスリカ幼虫や動物プランクトンの
 キスイヒゲナガミジンコの激減で、ウナギやワカサギの漁獲量の激減を間接的にもたらしたものと推察される、
 と結論されています。

作成:2019-10-30、更新;2019-11-01