農薬の毒性・健康被害にもどる
t03902#死ななければ問題ないのですか?−農薬健康被害で植村講演#95-07
 今日の題は「そこにある有機リン系農薬とサリンは根が同じ」となっています。サリン周辺で、有機リン系の農薬の中の先祖という意味のものとして、DFPとか、タブン、サリン、ソマン、VXなどがあります。
 サリンやVXは、1930年後半から40年頃、主にドイツを中心として、第二次大戦中、前後して研究、開発されたものです。
 これは非常に急性毒性が強いので、実際に化学兵器なんかに使われるわけなんですが、取り扱いや貯蔵が非常に困難です。ですから兵器として使う場合には、比較的急性毒性が低いふたつの成分を混ぜるとサリンになるようにしておいて、目的のところにいったときにサリンなり、VXのガスが広がるようなという方法がアメリカあたりでは開発されたようです。
<強急性毒性の農薬>−略−
<いわゆる低毒性農薬>−略−
大気中に漂っている
 こういうのはあちこちで使われているので、実際にいろいろなところで、汚染されているわけです。どんなものが大気中に漂っているかを調べたデータがあります。特に、よく調べたなと思ったのは、横浜市の衛生研究所の研究発表会の中のデータにあります。それは今日は出しておりませんが、大気中に漂っている有機リン剤の中では、スミチオン、マラソン、クロルピリホスが多いですね。中でも、クロルピリホスとスミチオンが多いんです。
 横浜衛生研究所の発表は、口を通したり、大気を通したり、水を通して取りこむ有機リンの量を調べています。食べ物の場合は、他の農薬もほぼ平均的に、どれも同じ程度にとるんですが、大気の場合だけがクロルピリホス、マラソン、スミチオンに偏っているんです。それだけたくさん使われて、たくさん蒸発してきているということです。
 今日は、水とか食べ物については時間がないので飛ばします。人がこういうものを摂取する時には、食べ物だけではなくて、大気も通して取りこむということを知ってもらいたいと思うし、街の農薬汚染というときには、大気の方が重要なファクターになると思います。
汚染の状況
 A)一般住宅(築後20年以上、隣家がシロアリ防除業者)
   ------------------------------------------------------
         年月日    場所   クロルピリホス濃度/ng/m3
      1995年6月18日   居間           8〜9
            20    台所の窓     44〜77
          21    子供部屋     33〜67
          22       台所       53〜130
          22        2階ベランダ    不検出

 B)新築住宅(調査期間1994年12月〜95年5月)
    ------------------------------------------------------
      場所   クロルピリホス濃度/ng/m3
      トイレ     77
      書斎     66〜110
      和室     16〜140
      戸外     不検出

 C)畳(東京都調査)
         ------------------------------------------------------
              MPP/ng/m3   スミチオン/ng/m3
   人工気候室内4.5畳  1800〜7100    400〜2300

  D)公園(高槻市)
   ------------------------------------------------------
             スミチオン濃度
      遊具周辺     2200  ng/m3
      周辺道路上   380〜1000

  E)公園(栗林公園:松枯れ「空散」)
   ------------------------------------------------------
    スミチオン          68〜680  ng/m3
      スミオキソン         9〜44

  F)環境庁調査(「化学物質と環境」より、検出例)
   ------------------------------------------------------
    DDVP(51例中4例10、11月検出)   10〜13 ng/m3
      MEP(45例中1例1月検出)      20〜45
 Aの一般住宅というのは、ごく最近のもので、今回初めて発表するものです。築後20年の家で、時々、なんか変な臭いがしてくるということで、それは農薬のせいじゃないだろうかということで僕に検査依頼があって調べたものです。隣の家がシロアリ防除業者だそうです。
 私の調べた限りでは、多分下水を通して入りこんできているだろうと思います。風呂場とかトイレがひどいんですね。風通しのいい二階では検出されませんでした。単位はナノグラム/立方メーターです。マイクログラムだとこれを1000で割った値になります。
 居間は、実はないだろうと思って対照としてやってもらったものです。そしたら出てきたんですね。この家はシロアリ駆除はしてないし、ずっと自分たちで住んでいるということです。ですから、多分周辺から流れこんできたんだろうと思います。自分が使わなくても、そういうところで使われれば思わぬところから汚染されるという例ですね。
 次は、Bです。これは新築の家で、私が測定したのは去年の12月から今年の5月にかけてです。この場合は、トイレとか書斎とかでシロアリ駆除剤のクロルピリホスが0.1から0.0いくつのマイクログラムオーダーででています。床から出てくる空気を図りますと、そこは特に高いという状況です。念のために外の空気を測りましてけれども、これは全然出てきておりませんので、隣から飛んできたというようなものではないわけですね。
 Cは、東京都が労働科学研究所に頼んで調査した結果です。この数字そのものを僕は信用してはいけないという立場を取っています。測定の仕方がまずくて、低くでる可能性のある測定の方法です。ですから、最低これだけは出ていたという具合に理解していただきたい。それにしてもその量が多いんです。人工気候の室内で温度を30度にして、1800から7800ナノグラム/立方メーターのフェンチオン(MPP)が出ていた。スミチオンは、400から2300だったということです。
 畳に使う防虫加工紙に農薬をしみ込ませてある量は、畑や田んぼで使う時の単位面積当たりの農薬の量の10倍から20倍くらいの量です。ものすごくたくさん使われているということです。畳の上で人が寝たりしますと40度近くまで温度があがります。ただ置いておくだけよりもずいぶん蒸発しやすくなりますね。その空気を吸うわけですから、特に小さい子供では体重当たり非常に多くの量を摂取しているという形になるんじゃないかと思います。
 そういうのを摂取したときに、どういうことになるのかということは何も伝えてないですね。ダニが死ぬ、ダニが繁殖しないといういいことだけじゃなくて、それ以外のことも起こるだろう、こういうことをきっちり伝えることが製造者の責任だと思うのですが、何にも伝えてないですね。
<公園でも>−略−
<冬場にも農薬検出>−略−
<健康被害状況>
 そういう具合に、実際にあちこちで有機リン剤によって汚染されているのでいろんなことが起こるわけです。以下はどういうことが起こっているかということをまとめた結果です。
A)松枯れ防除農薬空中散布後の健康異常
 広島('94):目がチカチカ、倦怠感、頭痛、のどの痛み、下痢、腹痛、吐き気、嘔吐、鼻血等
 島根('94):目がチカチカ、頭痛、吐き気、腹痛、下痢、倦怠感、のどの痛み、涙、鼻水、めまい、咳・痰がでる、食欲不振、発熱、鼻血、アレルギー症状の悪化、手指震え、唾液過多等

B)一般住宅(築後20年以上、隣家がシロアリ防除業者)
 時々異常な臭いと症状:めまい、のどの痛み、口の奥の方の苦み、舌がピリピリ、目が痛い、目がチカチカ等

C)一般住宅(防除業者によるダニ駆除)
 吐き気、のどの渇き、のどの痛み、コリンエステラーゼ値正常

D)新築住宅
  下痢、腹痛、倦怠感、脱力感、視野狭窄、目が見にくい、じんましん、顔・指の腫れ、筋肉痛、口内炎、冷え、鼻血、手の知覚低下、動悸、頭痛、排尿異常、肩こり、眠気、関節痛等
 いろんなことが起こるわけです。特にこういうのを訴える方は女性の方が多いですね。それはひとつはそこに滞在している時間が多いということもあるだろうし、それから男性と女性の感受性の差があるのかもしれません。
 Bは、築後20年の家で、先程のデータで言うとAに相当するところの症状なんですが、時々変な臭いがしてきて、目まいとか喉の痛みとか、口の奥の方が苦味がするとか、舌がぴりぴりする。これ、結構共通な症状みたいです。
 Cは、一般住宅の方で、九州の方ですが、吐き気とか喉の痛みとかがあった。その時は私がすぐ病院へ行きなさいと言ったので、行かれてコリンエステラーゼの活性値などを図られたようですけど、それは正常の範囲内だったということなんです。  それから、新しい住宅で、下痢とか、倦怠感とか、ジンマシンとか、そういうようなことが起こってきた。頭痛とか、動悸とかいろいろあるんですが、こういうのが出てきているわけです。
 これは皆さんがそれぞれ経験しておられるんですが、こういう形で出てくるだけで死なないんですね。僕は死ぬことを期待しているわけじゃないですけれども、亡くなるというケースは今のところありません。しかも、いくつか例をあげましたけれども、いずれも風邪をひいたときの症状なんかに似ているわけです。そういうことから医者も診断できないんですね。ところが診断する医者もたまにはいるんですよ。その医者がどういう基準で診断しているかということを今から話します。
医者の診断基準
 医師向けの教科書がいくつか我が家にはあるんですが、その中の「法医学」(若杉長英著:金芳堂刊)からそのまま写してきました。有機リン系薬剤による中毒症状として、以下のような症状が出るとなっています。
○軽症(血清コリンエステラーゼ活性が平均の50〜20%)
 倦怠感、違和感、頭痛、めまい、胸部圧迫感、不安感、軽度の運動失調(自分で歩ける)、食欲不振、嘔気、嘔吐、唾液分泌過多、発汗、下痢、腹痛、軽度の縮瞳中等症(血清○コリンエステラーゼ活性が平均の20〜10%)
 軽症の諸症状、縮瞳、筋線維性攣縮、歩行困難、言語障害、強制排尿便、視力減退、興奮
○重症(血清コリンエステラーゼ活性が平均の10%以下)
 縮瞳、意識混濁、対光反射消失、全身痙攣、体温上昇、肺水腫、血圧上昇、失禁
 こういうのを勘案して有機リン中毒かどうかを判断することになっています。だから診断基準といってよろしいんだろうと思います。多くの医師がこういうのに従って診断をしているわけです。
 ところが、この診断基準でいいのかどうかというのは、今回、松本とか地下鉄で起こったことから、どうもこのままではいけないんじゃないかとなってきました。私たちはこのままじゃないけなとくり返し言ってたんですよ。それがようやく表向きになってきたなというのが、松本サリン事件の場合と書いておきました。これはもう文書で、「松本市有毒ガス中毒調査報告書」という形で貴重な報告されていますので、われわれも大いに利用すべきだと思いまして、引用させていただきました。
松本サリン事件の場合
(『「松本市有毒ガス中毒調査報告書」松本地域包括医療協議会)』より)
○有害ガスによる自覚症状(外来受診者についての分):多い順
 鼻水、目の前が暗い、息苦しさ、頭痛、のど痛み、咳、眼痛、目がチカチカ、物がぼんやり、視野狭窄、くしゃみ、吐き気、鼻声、脱力感、涙、四肢のしびれ、物が二重に見える、嘔吐、口が思うように動かない、歩行困難、他
 有害ガスを吸ったことによって、どういう症状が起こったかということですが、入院患者と外来患者とちゃんとわけていろいろなケースについて書いてありますが、入院患者の場合は重篤な場合が多いので、それは省いて、外来受診者の場合を書いておきました。この場合は鼻水が圧倒的に多かったのですが、目の回りが暗くなったというのはテレビで報道されましたね。息苦しさ、頭痛、喉の痛み、咳、目がチカチカする、これはどこでも出てきますね。鼻とか目に影響がでてきているようですね。
 縮瞳という言葉は、皆さんご存じだと思うのですが、地下鉄サリン事件があった後、瞳が縮まっているということは新聞でくり返し報道されたと思うのですが、こういうのも診断基準の一つになるんですね。
コリンエステラーゼだけで診断できない
 では、次の箇所を読んでいただきたいのですが、
<視野異常について:視野異常について記載のあった症例83例中血漿コリンエステラーゼ値が検査してあった76症例について統計的検討をした結果、視野異常「あり群」で有意に血漿コリンエステラーゼ値が低下していたが、「あり群」18症例では血漿コリンエステラーゼ値の低下は認められず、5名の患者では血漿コリンエステラーゼ値が正常の50%であったにもかかわらず症状の訴えはなかった。>
 そういう異常が出てきているけれども、コリンエステラーゼの低下は認められなかったと。だからコリンエステラーゼだけで中毒にあっているかいないかということを、そう簡単に言ってはいけないということがわかると思います。「視力低下」感についても、
 <視力低下について記載のあった症例247例中血漿コリンエステラーゼ値が検査してあった209症例について統計的検討を加えたした結果、視野異常「あり群」で有意に血漿コリンエステラーゼ値が低下していたが、「あり群」のうち82症例では血漿コリンエステラーゼ値の低下は認められなかった。>
 今日きていらっしゃる島根県の渡部さんも何度も言われたと思うのですが、血漿コリンエステラーゼがそんなに低下してないので、中毒だと診断できないとお医者さんたちは言うんですね。そういう影響があると言っているにもかかわらずです。
 それから、縮瞳の場合もそうです。
 <瞳孔径について:縮瞳顕著群」の血漿コリンエステラーゼ値の正常下限値に対する値(%)の平均値は84.3% であったが、「縮瞳中程度群」「縮瞳軽度群」「正常域群」では100%を越えていた。「縮瞳軽度群」と「正常域群」では血漿コリンエステラーゼ値に有意の差は認められなかったが、瞳孔径が4mm未満の症例では、血漿コリンエステラーゼ値の低下の程度と瞳孔径の間に相関があった。>
 要するに、簡単に言えば、有機リンによって縮瞳が起こっているんだけど、コリンエステラーゼ活性値は低下していなかった、あるいは差がなかったと。だから、さっきの医師向けの教科書に書いてあるように、血清コリンエステラーゼ活性値が50から20%くらいにならないと軽症の症状が起こらないみたいな診断の仕方はもうあかんのじゃないかと思うのです。
 われわれの身の回りでは、サリン事件などを通して起こった軽症に相当するようなことも起こっている、起こっているんだけれども、農薬散布に伴う場合はそれは農薬のせいだという認定はされてない。
<ただいま人体実験中?>−略−
<治れば被害ではないと>−略−
<死ななければ問題ないのか>
 要するに、死ぬか、回復不能な健康被害が出ない限り、問題にしないという発想なんですよ。それでみんなが切り捨てられてきている。
 この部屋の壁に蚕の写真がありますが、あれは滋賀県の山崎さんという方がとられたものです。たまたま人間は死なずに蚕が死んでくれて、いろんなことを物語ってくれているんです。
 蚕の農薬の空中散布による影響をみていると、蚕が農薬によってすぐ死ぬという現象と、死なないけども、次に生まれてくる子供の数が少ないとか、生まれてきた蛾の羽が伸びていないとか、交尾できないとか、そういうのが多いんです。そういう形で影響が出てくることがあるんです。私は蚕の死を通してそういうことを学んでいます。今、私たちはいろんな薬剤を使っていますけれども、そういう薬剤によって蚕と同じ様なことが起こらないようにしたいというのが私の希望です。

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作成:1998-04-01