農薬の毒性・健康被害にもどる
t08706#地下鉄サリン事件の被害者の症状と有機リン中毒#99-03
 1995年3月20日、東京で、地下鉄サリン事件が発生して、丸4年がたちましたが、警察庁が、今年のはじめに公表した事件の被害者の被害実態に関する報告書を入手しました。サリンは有機リン系の毒物であり、私たちが常日頃から問題としている有機リン系農薬とそのルーツが同じあるとともに、被害を受けた人たちの訴える症状も類似したものがあるため、いままでも注目してきました(たとえば、資料集2「毒ガス『サリン』と農薬の根は同じ:95年5月発刊参照)。

 警察庁の報告書は、被害届けのあった5311名を対象に実施したアンケート調査で、調査票が回収された1268人ついて、回答結果をまとめたものです。
 ここでは、被害者の事件直後の身体症状とそれから、3年強をへた98年の時点での、身体不調についての回答の部分を示し、有機リン中毒の症例としての視点からみてみたいと思います(なお、精神面への影響についての調査もあるが、紙面の都合上除いた)。
 次頁の図−略−には、急性毒性の非常に強い毒物であるサリンを被曝した事件直後の被害者の訴える症状と約3年後の時点で、みられる症状とを並べて示してあります。
 事件直後で、もっとも多かったのは、目の症状で、中でも視野が狭くなるが77.6%におよんでいます。また、目の疲れや痛みを感じた人が半数近くみられました。そのほか、30%・400人以上の被害者が訴えたのは、目の充血、まぶしさ、視力低下、目のチカチカ、涙がでるなどで、目以外の症状では、息苦しい、頭痛などがありました。
 事件被害者の訴える身体異常は、サリンより毒性が弱く、私たちの周辺で使われる有機リン剤(農薬、シロアリ防除剤、家庭用殺虫剤、防疫用殺虫剤など)の被害者が訴える症状と酷似しており、日常生活で、図に示されたような症状が複合して現われたら、身のまわりに農薬関連物質がないかを疑ってみる必要があるでしょう。農薬を散布する農民や空中散布地域の住民にも、体の異常を訴える人が多くいますが、サリンのような犯罪と違い、農薬メーカーも監督責任のある行政も、このような症状を一過性のものとみなし、有機リン中毒と認めようとしません(ひどい場合は、空中散布後の水田に入って農民が死亡したり、ヘリコプターから農薬を浴びて通行人が倒れても、散布責任者は何の刑事責任も問われない)。
 死んだり入院するほどではないにしろ、有機リン剤の被曝により、眼の異常や頭痛などを繰り返しおこしているうちに、体内の生理機能が正常に働かなくなり、アレルギーや化学物質過敏症などに移行する恐れがあることも否定できません。

 サリン事件の場合、大部分の症状について3年後の有訴率は、直後に比べて、減少していますが、依然として、何らかの身体異常を感じている人がいることは、注目されます。当初の被曝の程度や直後の症状の重さとの関連が不明である上、比較すべき対照群がないので、3年後の異常が、有機リン剤の後遺症によるものか、その人の加齢や生活状況によるものかは、この調査だけでは、明確でありません。しかし、国への要望として、回答のあった被害者の65%がサリンの影響を長期的に調べてほしい、45.1%がサリンの後遺症の治療を確立してほしいと望んでいることをみると、サリンの影響は一過性のものではないことを窺わせます。今後は、有機リン中毒という視点から、被害者を十分フォローした医学的調査がなされることを望みます。

 なお、94年6月の起こった松本サリン事件については、被害者について医学的な調査が実施され、従来、有機リン中毒の診断を下だす根拠になっているコリンエステラーゼ活性低下が、身体症状の有無と必ずしも一致しないことが、明らかになっています。今月末発行される「床下の毒物シロアリ防除剤」(三省堂)には、このことについて書かれていますので、ぜひ、ご一読ください。

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作成:1999-03-28