食品汚染・残留農薬にもどる
t08901#東京高裁が農薬スミチオンの毒性試験データの提出命令を下だす#99-05
 前号で、農水省が企業秘密を楯に農薬中のダイオキシン含有量に関する情報を公開しないことの不当性について述べましたが、東京高等裁判所は、4月15日、農薬スミチオンの毒性試験データについての「文書提出命令」を下だし、メーカーの住友化学に関係資料の提出を求める決定をしました。これは、消費者グループが控訴人となり、国(厚生省)を相手に提訴している「新残留農薬基準の取消し訴訟」の控訴審の過程で下だされた判断です。
 残留基準設定に必要なADI(一日摂取許容量)算出の根拠になる毒性試験データの提出を求めた消費者グループの主張に対して、国及びメーカーはこれらのデータは企業秘密であるとして、関係資料の提出を拒否しました。これに対して、裁判所は、控訴人の主張を認め、住友化学に文書提出を命ずる判断を下だしたわけです。
 その判断理由は下記に示したように明快で、スミチオンの毒性データは、既に閲覧されているので、「秘密」ではないとした上、国や住友化学の主張は完全に退けられました。 今回の決定は、民事訴訟の証拠書類としての毒性試験データの開示に関するもので、農薬登録に際して提出されることが義務付けられている毒性データが企業秘密で公開できないというのは、法的に根拠がないことが裁判所によって認知されといえます。もし、公開によって、企業がほんとうに経済的な損害を被る恐れがあるならば、それを防ぐ手段は別途配慮すればいいのです。また、ダイオキシンのような農薬中に含まれる不純物を明かにすることが、農薬の製造工程に関する企業秘密を侵害するというならば、それは、特許法などで企業が自らの権利を守る手段を講ずればいいことです。
 また、「トリップス」協定を毒性データ提出拒否の根拠にすることについても、裁判所は、現に閲覧されているような文書は「秘密」とはいえないと、住友化学の主張を一刀のもとに切り捨てた上、「秘密」に対して、公衆の保護が優先している点も指摘しています。
 毒性データは数年の年月と10億円程度の費用がかかり、作成するのに「相当の努力を要する」データといえるかも知れませんが、ダイオキシンのような不純物の分析には、せいぜい数日間と20万円程度しか要しませんから、とても「相当の努力を要する」といえず、農水省が先に、農薬中のダイオキシン含有量を公表できない理由に、「トリップス」協定を挙げたことは全くナンセンスです。農水省はどうして、これまでして、企業を守ろうとするの不思議でなりません。
 ところで、今回の決定を喜んでばかりもいられません。閲覧された資料は「秘密」ではないとの高裁の判断に対して、厚生省は、従来、閲覧を許していた資料を非公開にしてしまう恐れもあるからです。すでに、1967年に定めた「医薬品の臨床試験データの公表制度」を、知的所有権を保護するためとして、4月8日付けで廃止してしまいました。
 また、5月7日には、情報公開法が成立し、2年以内の施行が定められましたが、市民サイドは、国民の健康・環境保護が企業秘密の保護に優先されることのないよう、まだまだ監視の努力が強いられそうです。

<国の主張>
(a-1)毒性データは、民事訴訟法でいう「技術又は職業の秘密に関する事項」にあてはまり、その秘密が知られることにより、企業が受ける打撃は深刻重大で、裁判の公正を犠牲にしてもその結果を回避する必要がある。厚生省において閲覧に供されているとしても、謄写(=コピー)を許さない文書は、「秘密」を保持した文章に該当する。
(a-2)既に閲覧可能であるから、文書提出命令申立ては結局写しを入手したいという目的からされたにすぎない。
(a-3)文書提出命令が発せられると、住友化学を含む企業が多大な不利益を被る等の結果が生じ、今後企業に対し毒性資料の任意の提出を求めることが困難となり、ひいては被控訴人らにおいて責任ある行政の遂行に著しい支障が生じるおそれがある。

<住友化学の主張>
(b-1)毒性データは民事訴訟法でいう「技術又は職業の秘密に関する事項」である。 (b-2)巨額の費用をかけて取得した情報であり、これが競争業者に取得されると、類似の農薬の開発を容易にならしめる等、甚大な経済的損失を生ぜしめる可能性がある。
(b-3)厚生省において閲覧に供せられているが、コピーは許されていない。その趣旨は、コピーが許されれば、内容が一般に流布する可能性があり、その利用のされ方次第では、損害を被る可能性があるからである。
(b-4)開示されていない情報として、知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(トリップス協定)に基づく保護を受けられる。
(b-5)アメリカ環境保護庁に提出し、同国では、開示可能な文書となっているが、制度的に、提出された情報が競争業者に自由に到達しないような措置が執られている。

<東京高裁の判断>
@(a-1)と(b-1)、(b-2)、(b-3)に対する判断
 民事訴訟法に規定される「秘密」の要件の一つとして、公然と知られていないことが必要であるところ、本件文書は一般の閲覧に供されているのであるから、記載内容自体が「秘密」であるといえないことは明らかである。
 本件文書は、要するに動物実験の結果を記載したものであり、これを利用して類似の農薬を開発することは考え難い。また、仮に、住友化学において本件文書の謄写を許さないことによって守られる経済的利益が存在し、その意味て「秘密性」があるとしても、その経済的利益の程度や本件訴訟において本件文書を使用する必要性等を比較衡量すると、この「秘密性」は、前記法条にいう「職業の秘密」に該当するということはできない。
 すなわち、職業の秘密とは、これが公開されると、その職業に経済上重大な打撃を与え、社会的に正当な職業維持遂行が不可能又は著しく困難になるようなものをいうが、住友化学は、既に多くの国でスミチオンの登録をし、永年輸出してきたのであって、仮に競争業者が本件文書を利用して、新たに、未登録国にスミチオンを登録して、輸出をするようになったとしても、住友化学の受ける経済的不利益は、右の程度に至らないものと推測される。−中略−
 不法行為に基づく損害賠償を求める部分に関しては、本件文書を証拠として取り調べる必要性は高いと言わざるを得ない。
 このような諸点を、勘案すると、住友化学において謄写を許さないことによって守られる秘密性が存するとしても、本報における適正な裁判を犠牲にしてまでも保護すべき重大な秘密ということはできない。
A(b-4)についての判断
 「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定」(いわゆるトリップス協定)39条は、加盟国が「農業用の化学品の販売の承認の条件として、作成のために相当の努力を必要とする開示されてない試験デ−タ等の提出を要求する場合」の規定であること、同条自体、公衆の保護に必要な場合は開示されることを認めていること、本件文書は現に閲覧されていることからみて、その主張は採用できない。
B(a-2)についての判断
 本件文書は、閲覧すること自体は可能であるが、本件文書には、スミチオンを、種々の動物に、種々の方法で、長短さまざまな期間摂取させて得た毒性実験における数値等が極めて多数にわたり記載されており、これらの多数の数値を単に閲覧し、その記憶だけで、その内容を把握し、これを証拠として提出することは不可能に近いと認められるのみならず、これらについては関係分野の専門家による精密な分析を経た証拠説明をも要すると考えられるから、本件文書の申出を文書提出命令の申立てにより行う必要性があるというべぎである。
C(a-3)についての判断
 本件文書が職業の秘密に該当しないことは前記のとおりであり、本件文書の提出を命じたからといって、今後農薬の登録や指定を受けようとする企業が、所轄の大臣に対し、そのための資料を提出しなくなることは考えられないから、この主張も失当である。

<参考:「トリップス」協定>
世界貿易機関を設立するマラケシュ協定(平成6年12月28日条第15号)の附属書1C「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定」第7節(開示されていない情報の保護)より、第39条の3『加盟国は、新規性のある化学物質を利用する医薬品又は農業用の化学品の販売の承認の条件として、作成のために相当の努力を必要とする開示されていない試験データその他のデータの提出を要求する場合には、不公正な商業的使用から当該データを保護する。更に、加盟国は、公衆の保護に必要な場合又は不公正な商業的使用から当該データが保護されることを確保するための措置がとられる場合を除くほか、開示されることから当該データを保護する。』

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作成:1999-05-27