環境汚染にもどる
t09703#環境庁が内分泌系撹乱物質の環境調査結果を公表−(その2)依然としてつづく有機塩素系農薬による環境汚染
 前回水質汚染の項で取り上げたNAC(カルバリル)を用いたメダカの実験で、横浜国立大学の浦野さんたちは卵の孵化率が大幅に減少することを見つけ、その内分泌系撹乱作用の一端が明確になりました(新聞記事参照−略)。今回は、以前から発癌性が問題となっていた環境ホルモンの有機塩素系殺虫剤を取り上げます。環境分析の対象となった農薬は以下のものです。
 DDT(pp’−/op’−の異性体2種)とその代謝物4種DDD(pp’−/op’−)及び/DDE(pp’−/op’−)。HCH(=BHC=ベンゼンヘキサクロライド、α−/β−/γ−/δ−の異性体4種)。ドリン剤(アルドリン/エンドリン/ディルドリンの3種)。クロルデン(cis−/trans−の異性体2種)とその関連物質2種オキシクロルデン/trans−ノナクロル。ヘプタクロルとその代謝物ヘプタクロルエポキサイド。ケルセン(=ジコホール)。HCB(=ヘキサクロロベンゼン)。
 これらのうち現在、農薬として登録のあるのはケルセン(代謝物として、DDTと共通のDDEがある)だけです。それ以外の農薬は、登録失効して既に、四半世紀以上になりますし、シロアリ防除剤として転用されたディルドリンは81年、クロルデンは86年に、化審法で製造販売が禁止されています。
   なお、記事中の以下の図表はすべて省略してあります。
 表1 魚類中の有機塩素系殺虫剤濃度
 表2 魚の採取地別DDT検出値
 表3 魚の採取地別クロルデン検出値
 表4 土壌の有機塩素系殺虫剤汚染調査
 表5 土壌の採取地別農薬検出値
 図1 地域別母乳中BHC・DDT・ディルドリン濃度
 図2 地域別母乳中クロルデン・ヘプタクロルエポキシ
    ド濃度
 図3 大阪府における初産婦の母乳中全BHC・
    全DDT濃度の年平均値の推移
 図4 大阪府における初産婦の母乳中クロルデン・
    ヘプタクロルエポキシド・ディルドリン濃度
    の年平均値の推移
★水質・底質は、すべてに検出限界以下だが
 調査対象になった有機塩素系殺虫剤は全国各地で採取された249検体の水質試料及び94検体の底質試料のすべてで、検出限界以下でした。
 一般に、有機塩素系殺虫剤の水系汚染濃度は、夏に高く、冬に低いという季節変化がみられます。過去に使用された農薬が気温が高い程環境中にでやすいことや、BHC・DDTがいまだ使用されている熱帯地方の国々から大気経由で運ばれ、降雨によって、水系を汚染することも考えられます。今回の調査結果は、農薬として国内で使用されなくなった現在、特に汚染源がない限り、水系濃度は50ppt以下であり、底質濃度は5〜20ppb以下であろうということを示しているわけですが、このことだけで安心するわけにはいきません。仮に水中濃度が検出限界以下の30pptであっても、水生生物食物連鎖の上位にある魚類に1000倍以上濃縮されると30ppb=μg/kgの濃度で検出されることになるからです。

★生物濃縮されて、魚類に検出される有機塩素系殺虫剤
 魚類中の農薬濃度調査結果をを表1に示しました。調べられた検体数は48(各都道府県1)ということで少ないのですが、汚染の大雑把な傾向はつかめるでしょう。魚類について、DDTやクロルデンなどの汚染が、使用されなくなって長年月経っても、依然として続いているのは、自然界でなかなか分解されず、脂溶性が高い有機塩素系化合物の特質と考えられます。

【DDT】DDTそのものは検出限界以下でしたが、その代謝物pp'-DDDとpp'-DDEがそれぞれ22.9%と64.6%の検出率で見出されました。
 濃度の高かった試料は、表2に示す魚種で、北日本地域の淡水魚が上位を占めており、北海道石狩川のウグイが全DDT値95μg/kgで最高でした。

【クロルデン】農薬としての使用よりも、シロアリ防除剤として大量使用が環境汚染を拡大させました。その代謝物、関連物質の魚類中における検出率は高く、cis-及びtrans-クロルデンが各52.1%、trans-ノナクロルが89.6%で、今回の農薬調査で最高の数値でした。高濃度の試料は、表3のように南日本地域に多く見られ、全クロルデンの最高値は、沖縄県国場川のテラピアで194μg/kgでした(同時にケルセンも見出だされている)。この地域の汚染原因をきちんと調査する必要があるでしょう。

【ケルセン】沖縄県国場川のテラピアに43、高知県香宗川のフナに24(同時に代謝物のpp'-DDEも13検出)各μg/kg見出だされています。

【HCB】 検出率は12.5%で、福島県阿武隈川のニゴイに16、群馬県利根川のウグイに13、富山県犀川のフナに7各μg/kg見出だされました。HCBは、日本では農薬として登録されておらず、他の化学工業品や中間原料として使用された後、79年に化審法の規制を受けました。現在は、ダイオキシンと同様ゴミ焼却由来の環境汚染があると考えられます。

★土壌にも依然として残留している有機塩素系殺虫剤
 土壌94検体の調査結果を表4に示しました。DDTとその代謝物の検出率が高くなっています。ほかにも、β-HCH、trans-クロルデン、オキシクロルデン、HCBが1検体に見出だされました。

【DDT】代謝物pp'-DDEの検出率は10.6%でした。その中で、北海道の土壌汚染が一番ひどく全DDTの数値は869μg/kg、その上β-HCHやtrans-クロルデン、HCBも同時に検出されました。試料採取場所が不明のため、過去の使用量が多かったせいか、低温で残留物の分解が遅いためか、あるいは他国からの農薬が飛来するためかはっきりしません。早急に汚染原因をつきとめるべきでしょう。次に高いのは、長野県と鹿児島県の土壌は、それぞれ76、68μg/kgでした。

 DDTその他の有機塩素系殺虫剤の環境汚染を減らすために、POPsすなはち、チョー!残留性有機汚染物質として、国際的にも使用を規制していく動きが、UNEP(国連環境計画)を中心に進んでいますが、日本独特の問題として、次節のような埋設農薬という時限爆弾を抱えていることも忘れてはなりません。

★DDT・BHCの埋設個所を明かにすべきだ
 少し古くなりますが、10月3日TBSテレビが放映した「噂の東京マガジン」で1971年販売禁止となったDDT等の埋設問題がとりあげられました。同番組は94年にもこの問題を報道しましたが(「てんとう虫情報」でも20〜22号に鳥取県での住民運動などを紹介しましので参考に)、新たな取材で、その後の行政の対応の一端があきらかになりました。
 TBS番組スタッフの調査によると、使用禁止後に埋設処理されたDDT・BHC等の数量は、農水省調査では6100トンであるのに対して、その約2倍の12000トンだということです。その差異は、300kg以下の小規模埋設の数量にあり、農水省300トンに対して、TBS調査では5300トンになっています。これは、単純計算すれば、約18000個所の小規模埋設地があることになります。
 番組では、埋設後長年月経っているため、場所が特定できない例や、秋田県のように埋設個所の情報公開を拒んでいるところも紹介されました。
 農水省は、3トン以上の大規模埋設地(埋設総量:3000トン)については、把握しているものの、小規模埋設地については、県や市町村レベルで実態を把握しているはずだという無責任な態度でした。当時の埋設方法として、ビニル袋にいれたまま、土中に放り込んだだけのところもあり、時の経過とともに環境中にでてくる危険もあります。農水省は、埋設個所を調査特定した上、きちんと公表して、環境汚染が広がらないよう対策を構ずるべきです。

★初産婦母乳の有機塩素系農薬汚染の実態
 ところで、有機塩素系殺虫剤の環境汚染は、人体にどのような影響を与えているのでしょうか。
 厚生省が99年8月の公表した「母乳中のダイオキシン類に関する調査」では、ダイオキシンやPCBとともに有機塩素系殺虫剤(DDT、BHC、ディルドリン、クロルデン、ヘプタクロルエポキシド)の母乳中濃度が、全国21地域で調べられました。
 母乳試料は1998年度に採取され(出産30日目)、原則として25〜29歳と30〜34歳の各10名の初産婦で、調査対象地域に10年以上居住していた人が対象となりました。
 合計415検体の個々の検体の数値は明かになっておらず、地域別平均濃度のデータのみが報告されました。ここでは、図1と図2にその結果をあげておきます(数値はすべて、母乳脂肪当り)。
 ディルドリンの濃度範囲は3.08(福岡県)〜8.39(新潟県)ng/g、BHCの濃度範囲は57.25(山梨県)〜243.60(熊本県)ng/g、DDTの濃度範囲は135.00(山梨県)〜282.25(山口県)ng/gでした。
 土壌汚染の高かった北海道のデータがないのは、残念ですが、地域別の三者の合計値にはどちらかというと西高東低の傾向がみられました。
 また、ヘプタクロルエポキシドの濃度範囲は4.18(石川県・福岡県)〜9.67(沖縄県)ng/g、クロルデンの濃度範囲は31.55(岩手県)〜219.90(沖縄県)ng/gでした。地域別で、沖縄県の母乳のクロルデン汚染が群を抜いているのが気懸かりです。その原因をつきとめ、前述のようなクロルデン濃度の高い魚類を摂取していることが問題ならば、魚に対する残留基準を設定し、漁獲制限をする必要があるかもしれません。
 図3、4には、大阪府が実施した初産婦母乳中の有機塩素系殺虫剤濃度の経年変化を示しました。
 BHC及びDDTは1970年代前半をピークに漸減傾向にあり、国内での使用禁止がある程度効を奏していることを窺わしめます。しかし、最近では減少の度合は頭うちになっており、前述のように高い場合は200ng/g程度の汚染が認められます。
 ディルドリンは、途中が途切れていますが、大阪府の98年の数値が4.87ng/gですから、減少傾向にあるといえます。  クロルデンは、シロアリ防除剤としての大量使用の影響が、恐らく食品や大気汚染を通して現われており、86年に使用規制された後もまだ、65〜96ng/gの母乳汚染が続いています。
 総じて、現在の有機塩素系殺虫剤による母乳汚染は、70年代前半の10分の1程度になっています。当時、このような母乳を摂取した(もちろん胎児期にも影響を受けた)第二世代の赤ちゃんは、現在20代後半になっており、第三世代が出産されつつあります。いわば、人類は有機塩素系殺虫剤の人体実験の途上にあるというわけで、その結果が吉と出るか凶とでるかは、三世代、四世代後に明確になるということです。もし、精子の減少傾向が、これらの環境ホルモン農薬の作用によるとすれば、もうすでに、実験結果はでつつあるということですが、いずれにせよ、厚生省の研究班は、今後、母乳保育と人工乳保育の相違を含め、ダイオキシン類や有機塩素系殺虫剤の赤ちゃんの健康に及ぼす影響を詳細に調査するということです。

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作成:2000-01-30