農薬の毒性・健康被害にもどる
t11807#いっこうに減らない農薬中毒死者−農薬取締法や毒劇法で取り締れない身の回りの毒
 農薬中毒者数については、てんとう虫情報107号で、農業現場での実態を農水省の統計で示しましたが、今回は、厚生労働省と警察関係の統計をまとめて、問題点をさぐってみました。
 紹介する二つの統計は、いずれも、96年から99年の4年間のもので、そのほとんどが、自殺による中毒死であることを念頭において、記事をお読みください。

★厚生労働省の人口動態統計では、年間約1000人の中毒死
 厚生労働省が毎年発表する人口動態統計から、農薬による死者数を表1に示しました。この4年間毎年1000人を越える人、合計で4260人が農薬で死亡していることがわかります。人口動態統計では、国際的な死因分類コードで統計が示されており、T60は農薬の毒作用ということになっています。個々の農薬名の記載はなく農薬の種類別コード毎に性別と年齢幅別死者数が挙がっています。
 農薬種類別で最も多いのは、除草剤・防黴剤(たぶん殺菌剤の誤訳であろう)によるもので48.0%を占めています。ついで、有機リン・カーバメート系殺虫剤が32.7%となっており、中毒総数も種類別比率もこのところあまり変化がありません。この統計では、中毒状況はわかりませんが、ほとんどは次の科学警察研究所の資料からみて自殺によると思われます。
表1  厚生省人口動態統計による農薬による死者数

     農薬の種類              1996   1997   1998   1999   96-99計(%)
 T60.0:有機リン・カーバメート殺虫剤   379    340    329    344  1392(32.7)
 T60.1:ハロゲン系殺虫剤         8     21      8      6    43( 1.0)
 T60.2:他の殺虫剤              17     32     36     19   104( 2.4)
 T60.3:除草剤・防黴剤          480    526    524    513  2043(48.0)
 T60.4:殺鼠剤                   3      5      3      4    15( 0.4)
 T60.8:その他の農薬             6      8     11     15    40( 0.9)
 T60.9:詳細不明薬剤           156    159    139    169   623(14.6)
 T60      合計               1049    1091  1050   1070  4260(100.0)
★科学警察研究所資料では、年間約700人の中毒者
 警察庁の管轄下にある科学警察研究所の資料には、個々の事例が一覧表となって掲載されています。県別、自他殺等の区別、発生年月、年齢、性別、鑑定資料(薬剤名、摂取方法、量)、中毒症状(いわゆる死に様)などが記載されています。ただし、警察組織のなわばりの関係でしょうか、東京都(各地の県警にあたる警視庁が管轄する)の数値だけは空欄になっています。年間の中毒者数は632〜748人で、4年間の合計で2778人となっており、1%弱の自殺未遂や誤用をのぞいて、そのほとんどは、自殺−液剤や乳剤の使用が多い−による死者です。厚生労働省の統計よりも年間平均370人ほど少ないのは、その分東京都の統計資料が抜けているせいかも知れません。
 薬剤別の中毒者数をまとめたのが表2です。表には、1996〜99年のいづれかの年で、年間同一農薬で6件以上の事故・事件があった薬剤を選んで、種類別で総数の多い順に載せてあります。毒物及び劇物取締法(以下毒劇法という)での毒劇区分と主な商品名も示しておきました。
 5種類の除草剤による中毒者は4年間で1344人、全体の48%を超えています。15種の殺虫剤による中毒者は、1006人(36.2%)です。殺菌剤では石灰硫黄合剤によるものが33人ありました。その他の395人(14.2%)の中には、殺虫剤・殺菌剤・除草剤などの単製剤、さまざまな複合製剤や複数の農薬カクテルを飲んだ例のほか、薬剤名不明のものも含まれています。
 毒劇法による区分については、表に挙げたものの多くは、毒又は劇物指定ですが、指定なしの農薬もけっこう見受けられます。行政や業界はこれらを「普通物」といっていますが、決して、安全だという意味ではないことが、はっきりわかります。

表2 科学警察研究所資料による農薬別中毒者数−省略

★中毒者の40%を占めるパラコート剤は特定毒物に
 表2の除草剤5種はいずれも、農業用だけでなく、非農耕地での雑草対策に使用される薬剤です。なかでも2種のパラコート系薬剤だけで、中毒者数は年平均282人、総数の40%を占めます。パラコートはヒトに対する致死性が高く、これといった解毒剤が無いため、いままでも多くの中毒死者をだしてきたいわくつきの薬剤で、年間死者数のピークは85年の1021人でした。経口摂取だけでなく、散布中の経気・経皮中毒による死亡例が報告されており、薬剤調合用のバケツの中に尻もちをついただけで、経皮中毒で死亡したケースもありました。
     −中略−

★メソミル、DDVP、DEP、DMTPら劇物農薬の販売・使用規制強化を
 パラコート系に次いで、中毒者が多いのは、カーバメート系殺虫剤メソミルで、年平均72人の死者がでています。この薬剤はランネート45水和剤(メソミル45%含有)という商品名でよく知られている粉状物で、劇物指定されています。
 本誌でも何度かとりあげましたが、犬やハトなど鳥獣駆除に毒餌として違法使用されてきました。ランネート水和剤は99年592トン生産されています。
 DDVPでは乳剤(DDVP50%と75%剤、99年の生産量638トン)、DEPでは乳剤(DEP50%、99年の生産量406トン)、DMTPでは乳剤(DMTP40%剤と30%剤、99年生産量524トン)と水和剤(36%、99年生産量240トン)が注意を要します。劇物指定がされているものの、中毒者が各農薬でそれぞれ年平均10〜35人あり、これら農薬の販売・使用に問題のあることがうかがわれます。
 劇物農薬については、管理面を含め、取り扱い規制を強化する必要があるでしょう。

★グリホサート、MEPなどに毒劇法の適用を
 表2には、毒劇法での指定のない農薬による中毒者が多くみられます。
 MEP、マラチオン、マラチオン−MEP、グリホサート、グルホシネート、DCPA−NAC、石灰硫黄の7種の毒劇指定なしの農薬で年平均150人が中毒になっています。
 有機リン系殺虫剤の中で、合計中毒数164でワースト1位にあるのはMEP(住友化学の開発した薬剤でスミチオンという商品名で知られている)で、自殺以外に、散布中の吸入による死亡事故が98年6月岩手県で報告されています。次いで、マラチオンの中毒数が150となっています。両者は、農業・園芸用以外にも、家庭用殺虫剤として販売されている製品もあり、身近で手に入る薬剤の代表です。
 除草剤グリホサート(ラウンドアップ)、グルホシネート(バスタ)、DCPA−NAC(クサノン)は、それぞれ、4年間合計で116、62、37人の中毒者がでています。これらの中には、非農耕地用として、聞き慣れない商品名で無登録販売されているものありますから注意を要します。ラウンドアップの場合、活性成分のグリホサートそのものだけでなく、製剤に15%添加されている非イオン系界面活性剤ポリオキシエチレンアミン(POEA)の急性毒性が強いため、致死性が高いと考えられています。
 殺菌剤の石灰硫黄合剤は液剤で、33人の中毒者がでています。
 こうした中毒を減らすには、これら毒劇法の網にかからない農薬を毒劇物指定し、販売規制することも必要だと思います。

★失効・期限切れ不用農薬の回収が中毒防止につながる
 クロルピクリン事故については、最近のてんとう虫情報でも問題視してきましたが、統計では、4年間に16人の中毒がありました。そのうちの一件は、99年10月、鳥取県で起こったもので、学校周辺を清掃中に、農薬容器を発見、誤ってそれを破損したため、吐き気・眼の痛みなどの症状がでたというものでした。この薬剤は農耕地での使用共々、容器の回収処理をきちんとするよう義務づける必要があります。  表2でわかるように、特定毒物パラチオン使用による中毒が、いまだに毎年みられ、97年には8人を数えました。パラチオンはホリドールの名で知られ、1952年の登録当初から、農民の散布事故が多発し、54年には70人の死者と1887人の中毒者をだしました。自他殺数も237から900人の年が1966年まで13年間続きました。71年に農薬登録は失効したのですが、30年近くたったいまも、この農薬が残っていて、自殺をはかる人がいるとは驚きです。  農家の中には、失効・期限切れした農薬を、かならずしも「残・廃不用農薬」と考えていない人もいます。たとえば、水田除草剤CNPが販売自粛される直前、製剤を買いだめた農民がいましたが、理由は「同じ効果のある除草剤のなかでもっとも安かった」からです。ほかにも害鳥・害獣駆除に流用できるようとっておくケースも考えられることから、流用、悪用、盗難・事故防止の観点から失効・期限切れ品は「即回収」が必要です。
★容易に手に入る農薬−販売店の取締り強化を
 自殺を志願する人は、身近に、飲みやすい薬物があると、死の誘惑にかられやすいものです。統計にみられるよう毒・劇指定を受けている農薬でも容易に入手できるという実態があります。まして、指定のない農薬は、それこそ、町のスーパーや園芸品コーナー、量販店、昨今では、インターネットのホームページからでもで簡単に購入できてしまいます。
 農薬を販売するには、農薬取締法で、営業所ごとに都道府県知事に届け出る必要があります(でも、事後報告でよく、違反しても罰則はありません)。また、販売業者は、『帳簿を備えつけ、農薬の種類別に、譲受数量、譲渡数量(作物残留性農薬、土壌残留性農薬、水質汚濁性農薬については、譲渡先別譲渡数量)を真実、かつ完全に記載し、少なくとも3年間その帳簿を保存せねばならない』ということになっています(これに違反すると罰則あり)。
 さらに、毒劇指定のある農薬の販売については、毒劇法による規制を受け、店舗毎に都道府県知事に申請書を出して、登録を受けねばなりません。登録は6年ごとに更新する/設備が厚生省令の基準に適合しなけれならない/店舗毎に毒物劇物取扱責任者(薬剤師、高校以上で応用化学学科終了、毒物劇物取扱試験合格)をおかねばならないともあります。
 また、譲渡手続きでは、名称/数量/販売年月日/譲受人の氏名・職業・住所を記載し、印を押した書面の提出を受けなければ販売してはならない/書面は5年保存する必要があることなどが明記され、違反に対する罰則も農薬取締法より厳しくなっています。
 でも、これらは建て前であり、農薬取締法第13条に基づく検査職員や保健所の毒物劇物監視員による販売店への立入検査はめったに行なわれません。農薬中毒者を減らすには、このような販売店の監視を法律の趣旨に沿うよう強化していく必要があります。
 昨今のITブームにおいて、インターネットのホームページから、農薬を注文できるところもあります−まさか、購入に印鑑が必要な毒劇物は売られていないと思いますが。その上、注文した品は、宅配便で配達されるようですから、なにをかいわんやです。そういえば、てんとう虫情報83号で、宅配の運転手の方から、農薬を他の荷物と混載して運んでいるのは危険じゃないかとの訴えがありました。
 現実に、中毒者の多いグリホサートやグルホシネートの無登録除草剤をネット販売している店もあり、身の回りで容易に手に入る有毒農薬がいかに多く存在しているかの証しになると思います。このような販売方法はただちにやめさせるべきです。ネットで得た農薬が犯罪や自殺に使われてから、規制を考えるというのでは、遅すぎます。
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作成:2001-09-27