農薬の毒性・健康被害にもどる
t17201#化学物質過敏症を認定し、加害農家に賠償命令−千葉地裁、クロルピクリン被害で#05-12
記事t16501と記事t16602で、農薬危害防止運動を取り上げた際、土壌処理剤クロルピクリン(揮発性で刺激性のある劇物指定の農薬)の受動被曝による健康被害等が絶えないことにふれましたが、2003年3月、千葉市で発生したクロルピクリン健康被害の損害賠償請求訴訟で被害を与えた農家に千葉地裁が、2005年11月21日に、529万円の支払い命令判決を出しました。
★一家6人がクロルピクリン中毒に
改定農薬取締法が施行されて間もない、2003年3月22日、千葉市緑区の農家(JA千葉みらいの組合員)が畑(4300u)に、クロルピクリン・D−Dくん蒸剤(日本化薬製登録農薬カヤクダブルストッパー:クロピク35%、D-D60%含有)を土壌処理しました。ところが、くん蒸剤の注入後の土壌被覆が十分でなく、揮発したクロルピクリンが、空気より重いガスであるため、隣接した住宅に流れ込みました。
被害者宅が、畑から一段低い土地に建てられ、西側と北東側が林に囲まれ、風が吹きぬけにくいくぼ地のような地形に位置していたこと、また、当夜、換気のため、浴室の窓を開けたまま就寝していたことが災いし、一家全員が、23日から、クロルピクリンによる中毒症状に襲われました。咳、鼻水、喉や目の痛み、声がれ、涙、胸の圧迫痛、息苦しさ等の症状がでたため、とりあえず、自宅を出て、親類等の家に避難。症状が続くため、24日からは、耳鼻科や眼科などの医院や病院で受診することになりました。4月10日には、千葉市内にアパート借りて、仮住まいをはじめました。症状は、なかなか治まらず、車の排ガスや強い香りに反応し、咳 声がれ、鼻水がでるようにもなりました。
最終的には、一家6人のうち小児をのぞく4人は、2003年10〜12月に北里研究所病院・臨床環境医学センターで、中枢性眼球運動障害、中枢神経機能障害、自律神経機能障害、いわゆる化学物質過敏症と診断されました。
★千葉簡裁では、調停不成立
−前略−
2004年9月に、被害者一家は、千葉地裁に、損害賠償(治療費、慰謝料、転地療法相当額、焼却・廃棄した物品の価額ほか合計約1800万円)を求めて、加害農家と当該農薬を販売したJA千葉みらいを提訴することになりました。この裁判で争点となったのは、次ぎの3点です。
@被告JA千葉みらいの当該農薬販売の際、安全な使用方法を購入農家に指導すべき義務があるのに、これを怠ったか。A農薬使用と原告家族の健康被害症状との因果関係の有無。B損害賠償金額
★販売した農協には、指導義務懈怠はない
@の農協の責任について、裁判所は、『使用農家の過失は、被覆懈怠という単純な使用方法違反であり、本件農薬のラベルに記載されている使用方法さえ遵守していれば回避できたことからすれば、販売者が購入者に対して行うべき説明義務の程度も高度かつ複雑なものにはならないというべきである。』とし、農協が、改定農薬取締法の施行に先立ち、研修会を開催し(被告農家も参加)、被覆等の必要性や、ラベルに表示の使用方法の遵守を説明していたこと、また、傘下の組合員に、農薬の安全使用等を呼びかけるパンフレットを配布していたこと、さらに、被告農家に、本件農薬を引き渡した際に、使用方法の記載のあるパンフレットを配布したことから、『本件農薬の販売方法に不当な点はなく、指導を怠った過失はない。』と判断しました。
★化学物質過敏症との因果関係を認める
Aの因果関係について、原告は『揮散したクロルピクリンガスに接触又はこれを吸入した結果、目・喉の痛み、咳、痰、頭痛、悪心、複視、意識障害、手のけいれん、鼻出血、鼻炎等の症状を生じたが、これは、クロルピクリンの人体中毒症状と符号する。』さらに『 その後、整髪料、洗剤、マニキュア、マジック、ペンキ、ボンド、芳香剤等に反応し、喉の痛み、咳、痰、発熱等の症状が生じ、これらの症状は、クロルピクリン中毒の後遺症として、物質不耐に基づく中枢神経機能障害、自律神経機能障害の症状(いわゆる化学物質過敏症)と符号する。』としました。
一方、被告は、クロルピクリンは大気中に拡散されやすく、3か月以上経過した時点では、既に戸外へ拡散していると考えられる。また、仮に、クロルピクリン含有ガスによって化学物質過敏症が発症したとしても、個体要因による特別事情によるものであるといえると、化学物質過敏症との因果関係を否定しました。
判決では、『本件農薬は劇物に該当し、人体に対する中毒症状を有するものであること、本件農薬が揮発した場合、窒息性の有毒ガスが発生することなどの本件農薬の危険性からすれば、本件農薬を不適切に使用することにより、近隣の住民に対して治療に長期間を要する重大な神経症状を残存させることないし化学物質過敏症に罹患させることも十分あり得るというべきであって、−中略− 本件農薬の使用がなければ原告らの症状が発症しなかった高度の蓋然性が認められるというべきであるから、被告らの主張は採用することができない。』と、クロルピクリンと健康被害の因果関係を認めました。
★体質も要因だからと賠償額3割減
Bの損害賠償金額について、判決では、被告の『最長でも事故発生日から約3か月間を被害発生期間と捉え、その間に発生した因果関係のある損害のみを認定すべきである。』との主張は退けられ、治療費(含交通費)と慰謝料(各人100万円)は原告の主張を受け入れられましたが、焼却・廃棄した物品の価額と転地療養相当費(2年6ヶ月分)と転地費用は認められず、かわりに転居アパートの家賃1年分が賠償額として認定されました。
さらに、『化学物質過敏症は、患者の生まれつきの遺伝的素因、不良な外的環境などの悪化要因の総量が、個体ごとの抵抗力を超えた場合に発症するものとされており、同じ状況であっても、人によって発症する場合と発症しない場合があることが認められる。そうすると、原告らが本件農薬によって化学物質過敏症を発症するに至ったのは、原告らの有していた素因もその原因の一つであり、損害の拡大に寄与したことは否定し難いことなどからすれば、損害のすべてを被告に負担させることは、公平ではなく、過失相殺の規程を類推適用して損害額の3割を減額するのが相当である。』とされ、損害額は約529万円に減額され、被告の加害農家に支払いが命ぜられました。
化学物質過敏症を発症した原告に、何の落ち度がないにも拘らず、過失相殺を類推適用して、3割減額するという判断は、納得できるものではありません。そのため、原告は、東京高裁に控訴しています。本例のような農薬と化学物質過敏症との因果関係は、いままで、なかなか認められなかったので、今後、判例として、定着していくことが望まれます。
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作成:2005-12-24