環境汚染にもどる

t21502#農水省の有機リン系農薬の大気中挙動調査〜農林水産航空協会が取り仕切る実験でなにがわかったか#09-07
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   【参考サイト】農水省:有機リン系農薬の評価及び試験方法の開発調査事業・事業推進検討委員会

 06年、群馬県が有機リン剤の無人ヘリコプターによる散布自粛を農業団体に要請したことを契機に(記事t17803参照)、農水省は「有機リン系農薬の評価及び試験方法の開発調査事業推進検討委員会」(以下「検討会」)を設置し、有機リン系農薬の大気中における挙動の検討を始めました。この検討会の事務局は、空中散布を推進してきた(社)農林水産航空協会に置かれた上、環境省の「農薬飛散リスク評価手法等確立調査検討会」のモニタリング調査(記事t21301参照)と同じく、07年から行われた調査事業は同協会が請け負っています。ここでは、07年度事業につづき(記事t19901参照)、08年度に実施された調査結果を紹介します。

★落下量が十分に捕捉できない大規模試験
 大豆畑での、スミチオン乳剤(MEP50%)の散布試験が、地上散布と無人ヘリコプター空中散布について、前年度につづき、08年度も実施されました。両年とも、散布濃度と散布液量は、地散1000倍希釈で1000L/ha、空散8倍希釈で8L/haで、単位面積あたりのMEP量は両者同じの50mg/uと設定されました。前年の散布面積が地散0.5haと空散4.5haで、農薬の総散布量が異なることが問題視されたため、08年度は、散布面積はいずれも3.0haで行われました。ただし、散布時間は、地上散布2.5時間、無人ヘリ空散30分でした。
その結果は以下のようです。

【落下量】ろ紙を置き、30分間隔で採取、飛散した農薬量を分析して、単位面積あたりのMEP量が測定されます。
 地上散布:散布区域内の散布中の落下量は、高さ0.2mで2.19mg/m2及び高さ1.5mで0.47 mg/m2、散布投下量(50mg/m2)の4.38%及び0.94%でした。調査時の高さ0.2mは、散布対象作物の大豆の草丈より低い高さであり、高さ1.5mは大豆の草丈よりは高い高さでした。  報告には『散布液は昨年度より十分に噴霧されているようには思えたが、調査地点の測定機材へ直接かかること避け、散布が行われていたのではないかと思われる。』とあります。また、区域外では、50mの距離0.2mと7mの高さで、150分後にも、散布区域よりの高い0.02mg/m2飛散していた例がありました(このときの風速は0.5〜2.3m/秒)。

 無人ヘリ空散:散布区域内の散布中の落下量は、最高値が、高さ0.2mで1.05 mg/m2で、散布投下量の2.1%でした。前年の試験では、『高さ0.2mで31.5mg/mで散布投下量の63%の落下量であった。散布中の落下量が全体量の98%以上を占めており、散布後散布ミストのほとんどが速やかに落下すると思われる。』とされていましたが、08年度の試験では、落下量が少ないことについて、『測定機材を設置した畦畔と接する圃場の散布が畦畔と平行に、やや測定機材を避けるよう行われたことによると思われる。その後、落下量は散布90分〜120分後までわずかであるが検出された。』となっています。こんなずさんな実験で何が分かるのでしょう。
 また、区域外では、5m地点0.2m高さで、散布中に1.87mg/m2と散布域より高い飛散が認められたほか、50m地点0.2mと1.5m高さで、散布中0.13mg/m2の飛散がありました。

【気中濃度】散布中から、散布14日後まで、MEPの気中濃度が測定されました。
 地上散布:散布区域内で散布中(0.05〜14.5μg/m3)、散布直後(0.38〜5.26μg/m3)で、その後、減少しましたが、14日後でも、0.02μg/m3検出されました。
 区域外では、50m地点で散布中に0.2、7日後に0.05μg/m3見出されたケースがありました。
 無人ヘリ空散:散布区域内で、散布中(0.37〜5.08μg/m3)、散布直後(0.74〜5.27μg/m3)で、散布7日後に一旦検出限界値未満となりましたが、散布14日後に0.03μg/m3検出されました。
 区域外では、20m地点0.2m高で散布直後1.57、50m地点7m高で散布直後1.56、20m地点1.5m高で14日後に0.14、50m地点7高で7日後0.03μg/m3検出された場所がありました。

【まとめ】08年度のまとめの要旨は以下のようになっています。
 ・地上防除区、無人ヘリ防除区とも、散布区域内の落下量は、今回設定した調査地点
  では落下量が十分に捕捉できず、検出することができなかった。散布区域外では、
  風下側にあたる調査ラインで検出された。
 ・地上防除区、無人ヘリ防除区とも、散布区域内の気中濃度は、散布中が最も高く、
  その後減少するという傾向を示した。散布区域外では、風下側にあたる調査ライン
  の調査地点で検出された。また、両地区とも、散布区域内の濃度は、高さ0.2 m及
  び高さ1.5 mでは同程度であったが、明らかに高さ7 mの濃度はこれらより低かった。

 ・落下量調査及び気中濃度調査では、地上防除区及び無人ヘリ防除区とも風下側にあ
  たる調査ラインにおいて検出される傾向が見られた。このことは、散布区域内から
  の散布ミスト及び作物体から揮散等したフェニトロチオン(MEP)が風下側へ浮遊・
  拡散したことによるものと考えられる。
 ・地上防除区及び無人ヘリ防除区の散布区域外でフェニトロチオンが検出されたが、
  瞬間値でも、環境省が定めた気中濃度評価値10μg/m3 よりすべて低かった。
★張り芝を使用しての中規模試験
 大規模試験では、飛散した農薬の噴霧粒子と散布後に揮発した農薬が気中濃度の測定にかかりますが、散布後に揮発した農薬の大気中への流出率だけを推定するため、閉鎖場所での試験が実施されました。
 使用した農薬はMEPとダイアジノンの2成分でそれぞれ乳剤とマイクロカプセル剤(MC剤)の合計4種ですが、散布条件は、下表のようで、地上散布を想定した低濃度多量散布を小型散布器で、無人ヘリ空散を想定した高濃度少量散布を、走行式散布装置で行われました。
 散布対象を張り芝とし、実験件数を減らすために、あらかじめ、別々にMEPとダイアジノンを散布した張り芝を、ハウス内の5m×5mのスペースに交互に筋状にならべて、散布2日後までの気中濃度が測定されました。これは、乳剤低濃度、MC剤低濃度、乳剤高濃度、MC剤高濃度各散布実験をMEPとダイアジノン同時に行って実験件数を半分の4件に減らそうとする工夫です。

 表 中規模試験の散布条件  −省略−

 07年度は、1月22日から、ヘリの格納庫内にハウスを組んで、各製剤の気中濃度測定試験が散布後2日間まで行われました。全期間の気温は9.1-28.5℃、湿度6-41%、風速0.03-1.00m/秒でした。08年度は、MEPとダイアジノン乳剤の2製剤についてのみで、こんどは、右図のような二重ハウス内で、同様の実験が9月29日から、気温8.0-31.4℃、湿度29-99%、風速0.00-1.6m/秒で実施されました。
 一連の実験では、張り芝に散布後残存している農薬実測量も不明で、上表のように、散布濃度からの推定値しかありません。また、気中に蒸発した農薬の総流出量の計算方法も報告書には記されないまま、総合的評価として
『07年度及び08年度の流出率(全流出量を全投下量で除した比率)は、低濃度多量散布ではフェニトロチオン乳剤で0.14%及び0.26%、ダイアジノン乳剤で0.35%及び0.67%であり、高濃度少量散布ではフェニトロチオン乳剤で0.13%及び0.30%、ダイアジノン乳剤で0.44%及び0.71%であった。
 このことから、フェニトロチオン乳剤及びダイアジノン乳剤の流出率は、低濃度多量散布及び高濃度少量散布による違いは認められず、ダイアジノン乳剤の流出率がフェニトロチオン乳剤よりも大きい。』
 マイクロカプセル剤については、07年度報告に『乳剤に比べて全般に気中濃度が低いが、日中の時間帯、散布2日後に濃度が上昇する傾向にあった。』とあるだけでした。
 また、揮発性に関連するMEPとダイアジノンの蒸気圧が、07年度の報告の引用値と、08年度の報告で異なっていることも理解できません。
 このような特殊な閉鎖条件での実験から、低濃度多量散布と高濃度少量散布の気中濃度の違いが認められないからといって、どちらの散布も健康への影響は同じとはいえません。なぜなら、実際の露地圃場での散布は、農薬の揮発だけでなく、噴霧された微粒子を被曝吸入することになるからです。空中散布では、気流によって、局所的な高濃度汚染もあることを忘れてはなりません。

★もっと科学的で意味のある試験をすべきだ
 活性成分の揮発速度や気象条件などをパラメーターとして、露地圃場やその周辺での農薬気中濃度を予測するための、基礎データを得るのが、この調査の目的ですが、大気の動きは複雑で、必ずしも、理論どおりの濃度にならなことは、散布区域内の濃度よりも、区域外の濃度の方が高いケースがあることからもわかります。
 1000倍希釈の地上散布と8倍希釈の空中散布による違いはないのか。気象条件、気流、地形、総散布量と関連する総散布面積が、散布区域周辺の農薬の飛散や気中濃度にどのような影響を与えるか、もっと、科学的に意味のある試験をしてもらいたいものです。
 報告書では、有機リンの飛散調査事業の今後の課題として、『大規模調査に当たっては、農薬散布中は噴霧粒子による大気中への流出、散布後は揮発による流出が主要因であるので、散布直後から散布数時間にかけての大気中濃度を調査し、噴霧粒子と揮発による流出を詳細に把握する必要があると考えられる。』となっています。
 本年度も、「有機リン系農薬の散布による周辺環境影響調査事業」(補助金3353万円)の公募が実施されました。農林水産航空協会が実施することになれば、同協会が、分析業務をさらに外部へ再委託することは必定です。なぜなら、07年度は委託費4914万円の52.5%を分析会社に丸投げしているからです。ずさんな試験計画をたて、測定機器が大事なのか、検体採集器具に農薬をかけないように散布した上、分析は別会社にとは、税金の無駄遣いとしかいいようがありません。
 ヨーロッパでは、EUが農薬の使用規制を強化しつつあります。
EUデータベースを調べると、日本でおなじみのアセフェート、アニロホス、ダイアジノン、チオメトン、イソキサチオン、エチオン、プロチオホス、ホサロン、マラチオン、メチダイオン、DDVP,DEP、EPN、MEP、MPP,PAPなどは、認可リストには含まれていません。
 日本では、記事t18407で、91年以後、登録失効した有機リン系農薬をあげましたが、まだまだ、有機リン剤は使用されています。農薬だけでなく、衛生害虫や不快害虫対策にも使われる上、有機リン系の難燃剤も家電製品やパソコンなどに使用されていることを考えれば、今後、一層、身の回りでの有機リン剤の使用中止を求めていく必要があります。

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作成:2009-07-27