農薬の毒性・健康被害にもどる

t21906#食品安全委員会が毒性データの開示もなく、フェンチオン=MPPのADI緩和提案#09-11
【参考サイト】食品安全委員会:フェンチオンに係る食品健康影響評価に関する審議結果(案)に
               ついての御意見・情報の募集について農薬評価書案
              当グループの意見渡部和男さんの意見 食品安全委員会の見解

 食品安全委員会は、有機リン系殺虫剤であるフェンチオン(劇物指定、PRTR法第一種指定化学物質。主な商品名バイジット)のADI(一日摂取許容量)を0.0023mg/kg体重/日と算定し、10月29日から11月27日にかけて、パブリックコメントの募集を行っています。
 フェンチオンはMPPともいい、ドイツのバイエル社が開発した有機リン系殺虫剤で、農薬のほか、防疫用殺虫剤(パイロンなど)や動物用医薬品(犬猫用ノミ駆除剤チグボン)などとして薬事法で承認されています。また、畳の防虫紙に0.7〜1.0g/平方メートル使用されている場合もあり、比較的身近にある薬剤といえます。

★ADIを決めた根拠となる2つの毒性試験
 食品安全委員会の農薬評価書案では、ADIの根拠は以下のようになっています。
『試験結果から、フェンチオン投与による影響は、主にコリンエステラーゼ*(以下、ChEという)活性阻害であった。発がん性、催奇形性及び生体において問題となる遺伝毒性は認められなかった。繁殖試験において、高用量群で受胎率の低下が認められたが、母動物に毒性が発現しない用量では繁殖能に対する影響はみられなかった。
 各試験で得られた無毒性量の最小値は、ヒトの4 週間反復投与試験及びサルの2 年間慢性毒性試験における0.07mg/kg 体重/日であったので、これを根拠として、安全係数30 で除した0.0023 mg/kg 体重/日を一日摂取許容量(ADI)と設定した。』
 それまでのADI値は、FAO(国連食糧農業機関)の1978年の毒性評価を採用し、0.0005mg/kg体重/日となっていました。それが、約4.6倍緩められたのは、以下の毒性試験結果によります。

【4週間反復経口投与の人体実験】
 ヒト(ボランティア、一群男性4名)へのカプセル経口(原体:0、0.02及び0.07 mg/kg 体重/日)投与による4週間反復投与試験が実施された。0.07 mg/kg 体重/日投与群で有意な血漿ChE 活性阻害が認められたが、赤血球ChE への影響はみられず、臨床症状も認められなかった。
 本試験において、いずれの投与群においても毒性所見は認められなかったので、無毒性量は本試験の最高用量0.07 mg/kg 体重/日であると考えられた。(参照8、9)

【サル2年間慢性毒性試験】
 アカゲザル(一群雌雄各5 匹)を用いた強制経口(原体:0、0.02、0.07及び0.2 mg/kg 体重/日)投与による2 年間慢性毒性試験が実施された。
 本試験において、0.2 mg/kg 体重/日投与群の雌雄で赤血球ChE 活性阻害(20%以上)が認められたので、無毒性量は雌雄で0.07 mg/kg 体重/日であると考えられた。(参照8、9)
*注:神経伝達物質アセチルコリンを分解する酵素で、昆虫や動物の神経系が刺激されるとアセチルコリンが生成し、刺激が解除されるとこの酵素の働きでアセチルコリンが消滅する。有機リン剤が存在すると酵素の働きが阻害され、神経の興奮状態が継続するため、さまざまな中毒症状が発現する。

★実験データの開示も、安全係数の説明もない
 上に引用した記述が、無毒性量を決めた農薬評価書の文面のすべてです。参照資料として『(8) 農薬抄録 MPP(殺虫剤)(平成21 年8 月3 日改訂):バイエルクロップサイエンス株式会社、一部公表予定』と『(9)JMPR:895_Fenthion』が挙げられていますが、農薬抄録はいまだ公表されていません。JMPR(Joint FAO/WHO Meeting on Pesticide Residues=FAO/WHOによる残留農薬合同専門家会議)の報告(895. Fenthion (Pesticide residues in food: 1995 evaluations )をみると、ヒトとサルの試験は、それぞれ1979年と1980年にメーカーのモーベイ社の未公表の報告で、親会社のバイエル社がWHOに提出したものとなっています。これでは、無毒性量0.07mg/kg体重が妥当かどうかの評価のしようがありません。
 また、ADIの算出に必要な安全係数**を見ると、アメリカは無毒性量0.02mg/kg体重で300、オーストラリアは無毒性量0.02mg/kg体重で10、JMPRは無毒性量0.07mg/kg体重で10、食品安全委員会は同じ値で30となっています。無毒性量を安全係数で除した数値、すなはちADIは、0.00007〜0.0023mg/kg体重/日と大きなバラツキがみられますし、食品安全委員会の評価では、例数が少なく、女性データがないとして安全係数が30とされただけです。
 そもそも、有機リン剤の毒性として子どもの発達神経毒性や脳神経系へ影響が問題となっている現在、フェンチオンについて、40年近く前に実施された男性4名づつの3群による4週間の反復投与試験でChE活性の低下が見られなかったとして、無毒性量を決めることには疑問があります。
**注:安全係数は、通常、実験動物とヒトとの種差について10、ヒトの個人差について10、両者で100とされる。

★鳥類には毒物相当のフェンチオンは年間100トンを超える出荷
 フェンチオンは、有機リン剤の中でも、鳥類への急性毒性が強いことで知られています。その経口半数致死量LD50は、哺乳類のラットでは215mg/kg体重で、毒劇法では含有率2%を超える農薬は「劇物」指定されていますが(薬事法承認の殺虫剤では5%を超えなければ「劇薬」指定されない)、鳥類のLD50は10mg/kg以下の値もみられ、「毒物」相当に作用します。
 1988年には石川県で空中散布されたフェンチオンによってツバメが大量死しています。03年には、北海道でタンチョウ死亡の原因となりました。04年3月に山形県白鷹町でカラス74羽が死んだのは、野鼠駆除にフェンチオン入り毒餌をばら撒いたのが原因でした。
 農薬フェンチオンの出荷量は、図3に示したように、最近5年間で半減し、07年度は約101トン。ほかに、家庭用や防疫用殺虫剤として、年間約14トン(07年度PRTR法届出外排出量)使われています。
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  ★有機リン剤の出荷量減少傾向はつづくが
 かりに、食品安全委員会のいうように、フェンチオンの毒性評価をChE活性で行うならば、同様の作用機構を有する有機リン剤総体としての摂取許容量の設定が必要になるわけですが、相変わらず、個別農薬の基準による対応しかとられていません。
本誌184号で、有機リン系農薬が03年までの10年間に半減したことを報告しましたが、その後、03年から07年の5年間の有機リン系農薬40種(グリホサートを除く活性成分対象)の総出荷量推移を図1に示してあります。総出荷量は、5年間に約23%減り、07年は3970トンとなっていますが、それでも、有機リン剤の後継農薬として増加しつつあるネオニコチノイド系農薬の約10倍の出荷量です。
    図1 有機リン系農薬の出荷量推移(03-07年) −省略−
    図2、3 成分別の出荷量推移        −省略−
 図2と3には、年間100トン以上の有機リン剤11種の出荷量推移も示しました。07年で一番多いのはMEP(別名フェニトロチオン、主な商品名スミチオン) 628トン、次いでアセフェート(商品名オルトラン)539トン、DDVP(別名ジクロルボス)456トンです。この5年間の成分別出荷量推移をみると、エチルチオメトン、MPPやMEPのように減少傾向の高い成分、アセフェートやダイアジノンのようにあまり変わらないもの、DDVPやホセチルのように、増加している有機リン剤もあります。また、農薬以外の家庭用殺虫剤などの使用量で、07年のPRTR法届出外排出量として、判明しているものはMEP45、DDVP87、ダイアジノン0.9、DEP0.8各トンでした。
 有機リン剤の規制が進むEU(ヨーロッパ連合)では、ホセチル以外の10成分は認可農薬リストに含まれていないものです。
このような状況の中で、試験データも開示せず、あえて、フェンチオンのADIを緩和する必要はあるのでしょうか。
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作成:2010-04-28