ネオニコチノイドにもどる
t24902#ネオニコチノイド系農薬の神経系への作用 フランスと日本の3つの研究〜母体へ投与したマウスの仔の運動能力に影響が#12-05
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ネオニコチノイド系農薬は神経伝達物質のアセチルコリンの作用をかく乱することにより、殺虫効果を示しますが、脳・神経系への影響を調べた研究が、相次いで発表されています。ここでは、フランスでのミツバチ研究と東京都の2つの研究機関で行われた哺乳類に関する研究論文を紹介します。
【1】チアメトキサム=ミツバチ帰巣への影響(フランスのフィールド試験)
【参考サイト】Mickael Henry論文:Common Pesticide Decreases Foraging Success and Survival in Honey Bees
AAASのニュースリリース(12/03/29)
(アクト・ビヨンド・トラストにあるサイエンス誌抄訳)
ミツバチが一夜にして失踪するCCD(蜂群崩壊症候群)の原因のひとつとして、ネオニコチノイド系農薬が挙げられています。フランス国立農学研究所のミシェル・アンリさんらの研究グループは、ネオニコチノイドの神経毒作用でハチが死ぬだけでなく、致死量以下でも、ハチの記憶や学習などの神経機能障害を起こし、帰巣本能に影響を与えるのではないかと考え、ミツバチを用いたフィールド試験を行いました(Science,2012年3月29日号)。
ネオニコチノイド系のチアメトキサムを添加した砂糖水を与えたハチ群(農薬摂取量は1.34ng/頭/日)と与えない対照ハチ群にわけ、餌集めを担う働きバチの1頭ごとに電波を発信する小さなICタグをつけ、巣箱には検知器を置いて、帰巣状況を観察しました。試験結果を表1に示します。
表1 チアメトキサムのミツバチ帰巣試験結果(Science誌 投稿論文にある参照資料より)
(表中数字:/の左は投与群、右は対照群)
試験番号 1 2 3 4
試験場所 西フランスの穀倉地帯 南フランス郊外
放された場所と なじみの ランダムな なじみの ランダムな
巣箱との距離 1km地点 1km地点 70m地点 1km地点
投与群/対照群 投与群/対照群 投与群/対照群 投与群/対照群
試験蜂数 72/74 118/118 67/68 82/54
4時間後の帰巣率% 68.1/81.1 33.9/57.6 67.2/82.4 68.3/81.5
最終の帰巣率 % 76.4/85.1 56.8/83.1 92.5/98.5 76.8/85.2
死亡係数 0.102 0.316 0.061 0.098
試験番号1〜3は、西フランスの穀倉地帯(穀類やとうもろこし、ナタネ、ヒマワリを栽培)、試験番号4は南フランスの郊外(作物混栽と果樹園)で、タグをつけたハチ数は各群54〜118頭となっており、ハチを放した地点で、なじみというのは、ハチが花蜜や花粉採取のため、そのコースを飛翔した経験のある地点、ランダムというのはそうでない地点を意味します。帰巣率は通常、ハチが巣箱を離れ、戻ってくる4時間目と最終的には約2日後を挙げてあります。すべての試験事例で、チアメトキサムを与えたミツバチの帰巣率は対照群よりも低く、なじみの70m地点からの帰巣にも影響がみられ、最も帰巣率が低いのはランダム1km地点で放した試験番号2の農薬投与群で56.8%(対照群は83.1%)でした。
ミツバチが死亡するケースは、いろいろありますが、帰巣出来ないことによる死亡の程度をあらわす尺度として、死亡係数=(対照群帰巣率-投与群帰巣率)÷対照群帰巣率を算出し、それを表中に示してあります。数値が1に近いほど、帰巣出来ずに死亡したハチの比率が多いことを意味します。
最大の死亡係数は試験事例2の0.316でした。
研究者らは、これらの試験結果から、チアメトキサムがミツバチの記憶や帰巣本能になんらかの影響を与えていることが示唆されるとしています。
【2】イミダクロプリドとアセタミプリド=新生ラットへの作用はニコチン類似(日本 小脳神経細胞への影響試験)
【参考サイト】木村-黒田論文:Nicotine-Like Effects of the Neonicotinoid Insecticides
Acetamiprid and Imidacloprid on Cerebellar Neurons from Neonatal Rats
(ネオニコネットHPにある論文要旨)
ニコチン性アセチルコリン受容体は、アセチルコリンだけでなく、ニコチン*が作用しても、それまで閉じていた受容体のイオン経路が開き、陽イオンが流入して、電気的信号が神経系から末端の組織に伝わり、さまざまな興奮作用がおこります。
*ニコチン:タバコなどに含まれるアルカロイド物質で、脳神経に作用し、喫煙による爽快感や習慣性の原因となるだけでなく、非神経系組織にも作用して肺がんのリスクを上げる。妊娠中の喫煙により、胎盤や胎児に作用して早産、低体重出生、乳児突然死症候群、学習障害・注意欠陥多動のリスクが高まるとの報告がある。
ネオニコチノイドは哺乳類よりも昆虫類に対し選択的に作用し、有機リン剤(アセチルコリンを分解するアセチルコリンエステラーゼの作用を阻害して、ヒトの中毒原因となる)よりも、安全だといわれてきました。しかし、最近の研究から哺乳類ニコチン性受容体は末梢神経、自律神経、中枢神経だけでなく免疫系など非神経組織、さらに発達期脳において重要な働きがあることが分かってきています。
東京都医学総合研究所の木村-黒田純子さんらは、ニコチンが、ヒトの健康に悪影響を及ぼすという事実に基づき、ネオニコチノイド系農薬の哺乳類への影響、とくに、発達途上にある脳・神経系への影響が無視できないのではないかと考え、ラットの新生仔の小脳神経細胞を用いて、同系のイミダクロプリド、アセタミプリドの作用とニコチンの作用とを比較検討しました(PLoS ONE 7巻2号,2012年2月)。
木村さんらは、神経細胞培養に、1〜100μM(マイクロモル)のネオニコチノイド成分を添加し、神経の興奮を細胞内に流入するカルシウムイオンの動きで調べました。
2種のネオニコチノイドによる興奮性反応は、そのパターンや興奮細胞の比率などニコチンとの違いはあるものの、低い濃度でも、ニコチンに近い反応を起こすこと、さらに、これらの反応は、ニコチン性受容体の特異的阻害剤で抑制されることも確認されました。
木村さんは、ネオニコチノイド系農薬イミダクロプリド、アセタミプリドは哺乳類のニコチン性アセチルコリン受容体に対して、すでに、胎児への影響が明らかになっているニコチンと極めて近い反応を起こすことから、ニコチン同様にヒトへの毒性、特に発達期の脳(神経細胞増殖、細胞死、移動、分化、形態的成熟、機能的成熟などの神経発達のいろいろな段階)に悪影響を及ぼす可能性があるとして、その使用拡大に警鐘を鳴らしています。
【3】クロチアニジン=マウスの仔世代の行動への影響(日本 母体への投与実験)
【参考サイト】田中豊人論文:(i)Toxicology and Industrial Health 2011年10月24日
Effects of maternal clothianidin exposure on behavioral development in F1 generation mice
(ii)Birth Defects Research Part B 2012年)
Reproductive and Neurobehavioral Effects of Clothianidin Administered to Mice in the Diet
哺乳類の細胞試験だけでは、ネオニコチノイドが体内に取り込まれた場合、生体にとって、どの程度の害を及ぼすかわかりません。脳・神経系への影響をより明確にするには動物試験によることになります。
東京都健康安全研究センターの田中豊人さんらは、ネオニコチノイド系のクロチアニジンを妊娠マウスに投与し、生まれた仔世代の行動発達への影響を調べて、2つの論文誌に投稿しまた。
(i)の研究では、9週齢でオスとペアリングした妊娠マウス計40匹(うち対照群の2匹は妊娠せず)にクロチアニジンをまぜた餌を妊娠中の14日間と授乳中に与え、生まれた仔への影響が調べられました。
3つの投与群(餌中のクロチアニジン含有率0.002%、0.006%、0.018%)と比較のための無投与の対照群でのマウス数は各群10匹で、出産した仔の数と農薬摂取量は、表2 に示した通りです。
表2 妊娠マウスでのクロチアニジン投与試験
試験群 対照群 1 2 3
農薬添加率% 0 0.002% 0.006% 0.018%
妊娠マウス数 8 10 10 10
出生仔数 106 135 122 128
死亡仔数 0 2 7 6
農薬摂取量mg/kg/日
妊娠中 0 3.00±0.333 8.81±1.032 28.61±4.357
授乳中 0 11.71±1.056 32.72±3.857 99.65±10.987
★生殖毒性;出産仔について
出産仔へのクロチアニジンの影響については、出生仔サイズ、体重、性比では、対照群と投与群で、有意差はみとめられませんでしたが、授乳期間中の体重増加は、雌雄とも、薬剤の影響を受け、対照群より大きくなりました。
★神経毒性:発達行動試験
出生後4日、7日の新生仔について、行なわれた発達行動試験は次のようです。
@平面立ち上がり試験:背中を下に置かれた後、4本足で立ち上がる
A背地走性試験;傾斜板上に頭を下に向けて置いたときに、上方に向きなおる
B断崖落下回避試験:台の端に前肢をはみ出させて置いた際、体を後退させる
C水泳試験:方向性(直進、回遊、浮遊)、頭部浮上角度、足かきの動き
出生7日後のメスの平面立ち上がり試験では、投与量に応じて、立ち上がりの速さが亢進されることがわかりました。
このほか、2週齢の仔の嗅覚方向反応や、3-8週齢での探索行動、9-10週齢での自発行動が調べられました。
行動試験の結果をまとめると
・3週齢における探索行動では、オスで、はやくなり、投与量依存性がみられた。
・自発行動では、オスで亢進がみられた。
(ii)の研究では、出生7日後のオス仔で水泳試験の頭部浮上角度の増大、メス仔の嗅覚行動への影響などに、投与量依存性があることも報告されています。
田中さんらは、母マウスへのクロチアニジンの低レベルの投与が仔の神経発達行動に影響を及ぼすことが明らかになったとして、ADIの再評価が必要だとしています。
★ADIを3分の1以下にすべき
【参考サイト】食品安全委員会のクロチアニジンの農薬評価書:08年2月版と12年3月版
食品安全委員会が、公表した2012年3月の毒性評価書にあるクロチアニジンのラットによる発達神経毒性試験成績(2000年実施、未公表)では、母ラットへ投与を0.015%、0.05%、0.175%とした3群で試験が行われています。この試験の無毒性量は12.9mg/kg体重/日ですが、2008年の評価結果の発がん性試験から得た無毒性量9.7mgkg体重/日より大きいため、より小さなの無毒性量に安全係数100分の1を乗じたものをADIとするとの原則に基づき、その値は0.097mg/kg体重/日のままです。
田中さんのマウス試験では、表2のように、少なくとも、母体への3-11mg/kg体重/日の投与で影響がでているのですから、ADIは現行の3分の1以下にすべきだと思われます。
一方、厚労省は、残留性試験成績等を参考に、残留基準を設定し、理論最大一日摂取量(TMDI)の対ADI比が80%を超えないことを安全の目安としています。
クロチアニジンの場合、2008年の農薬評価書で、残留基準のある52作物及び2012年の評価書で同66作物から算出した平均摂取量の総和から算出した推定摂取量は表3のようです。
表3 クロチアニジンの推定摂取量(μg/人/日)
-08年と12年版農薬評価書による比較-
国民平均 小児 妊婦 高齢者
08年の推定摂取量 206 106 190 216
対ADI比% 3.6 6.9 3.5 4.1
12年の推定摂取量 834 433 746 953
対ADI比% 16.1 28.2 13.8 18.1
08年に比べ、12年で、推定摂取量が増えたのは、その寄与率が60%を超えているホウレンソウの残留試験での数値が高くなった影響が大です。一見、対ADI比が80%以上になるには、相当の余裕があるようで、田中論文でも「クロチアニジンの現在の摂取量は、人に悪影響を及ぼすレベルでないと思われる」とされています。
しかし、3mg/kg体重/日で影響がみられることを重くみて、ADIを現行の3分の1の0.03mg/kg体重/日とすれば、小児のTMDIの対ADI比は80%を超えることになり、現状でも危険なレベルです。
なお、私たちは、より安全サイドに立ち、単独成分だけでなく、総有機リン剤としての基準設定を求めていますが、ネオニコチノイドの場合も、単独だけではなく、汎用の7種の総ネオニコチノイド系農薬としての基準の設定が必要と考えます。
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作成:2012-10-25