農薬の毒性・健康被害にもどる
t26701#MEP=スミチオンのADIはこれでいいのか〜食品安全委員会が0.0049mg/kg体重/日と設定したが、非公開資料ばかりで検討できない#13-11
【関連記事】記事t03902、記事t11502
【参考サイト】食品安全委員会:フェニトロチオンに係る食品健康影響評価に関する審議結果(案)についての意見・情報の募集について
評価書案と当グループの意見、食品安全委員会の見解案
渡部さんのHP:Top Page、フェニトロチオン=MEP・スミチオン
MEP=フェニトロチオンは、商品名スミチオンの名称でよく知られている有機リン剤で、その名のとおり住友化学社が開発し、1961年の12月に初めて登録された殺虫剤です。その後、パラチオンやメチルパラチオンなどの毒物指定農薬よりも、急性毒性が低い*として、使用が拡大してきました。その出荷量の推移(環境省データベース)を示しますが、ピーク時の1980年には年間約2140トンありました。2011年は、年間500トンを少しきりましたが、それでも、全ネオニコチノイド系農薬の出荷量よりも多く、農薬以外にも、動物薬、衛生害虫や不快害虫用殺虫剤としての生産・使用があります。
*注:MEPは毒劇法指定はないが、2010年にMEP含有剤による自殺者は年間100人を越える(t26002参照)。
★ADI(一日摂取許容量)の推移
MEPの残留基準は、1973年1月、コメなど12作物について、告示されたのが最初で、1996年の改定基準が2006年のポジティブリスト制度の導入後も継続してきました。
この間、基準の元になるADIは、厚労省の審議会が評価していますが、JMPR(FAO/WHO合同残留農薬専門家会議)の数字の横滑りで、その推移は以下のようです。
表1 ADIの推移(単位:mg/kg/日)
1974年:0.005 1977年:0.005
1982年:0.001 1984年:0.003
1986年:0.003 1988年:0.005
今回の評価実施は、2010年と2012年に、厚労省が残留基準を設定するための健康影響評価を食品安全委員会に求めたことによります。同委員会は、ADIを0.0049 mg/kg 体重/日と設定することを提案、10月22日〜11月21日まで、パブリックコメント意見の募集をしました。この案の決定後、厚労省による残留基準の最終設定が行われるでしょう。
以下に、ADIの設定における問題点を解説します。
★農薬評価の参照資料が公開されていない
まず、驚きは、農薬登録の際に、提出されている資料をまとめた農薬抄録が、登録後50年以上経つのに公表されていないことです。さらに、食品安全委員会の健康影響評価書案にある、参照資料96件のうち、未公表なものが63、毒性に関して参照した文献51報のうち、一般に公表されているのは2報に過ぎません。それらの大半が住友化学の報告で、このままでは、採用された毒性試験方法、試験結果の評価等が妥当か、国民が科学的論議をすることができません。参照文献は全て公開して、意見を求めるのがパブコメの真のあり方です。
★ADIの根拠はアセチルコリンエスラーゼ活性の阻害
【参考サイト】食品安全委員会:
コリンエステラーゼ阻害作用を有する農薬の安全性評価のあり方について(案)についての御意見・情報の募集についてと
関連情報、当グループの意見
ADI(一日摂取許容量)は、毒性試験から得られる当該農薬の無毒性量を推定し、安全係数(通常100分の1)をかけて、設定されますが、無毒性量は、試験条件(動物の種類、実験開始週齢、投与方法、ほか)と、なにを毒性の発現とみるかの指標によって、異なるため、いくつもの動物実験結果から得られた無毒性量のうち、最小値が採用されるのが普通です。
MEPの場合は、一番低い無毒性量は、0.49mg/kg体重/日で、発育時から農薬を混ぜた餌を投与された親世代が産んだ仔世代ラットを用いた2年間慢性毒性/発がん性併合試験の結果から得られました。これを100分の1にしたのが、今回提案の0.0049mg/kg体重/日です。すなはち、MEP30 ppm 以上を投与したラット雌雄で赤血球及び脳コリンエステラーゼ活性(**注参照。以下ChEという)阻害がみられたのに対し、10 ppm(雄:0.49mg/kg体重/日、雌:0.62mg/kg体重/日)投与群では、阻害所見がなく、毒性の影響がないと考えられたのです。
しかし、この10ppmは、104週齢のラットの知見で、52週齢のラットでは、10ppm投与群にも影響がみられており、無作用量が10ppmとは考えられません。
また、住友化学が登録に際して提出した毒性試験成績の中には、ラットにおける慢性毒性試験(ラット6週齢から92週齢まで投与)では、『血漿コリンエステラーゼに関しては、10ppm群では明らかな阻害が認められた。ChE活性阻害を引き起こさないMEPの最大無作用量は、5ppmである(雄:0.27mg/kg/日、雌:0.28mg/kg/日)と判断される。』とあります。
食品安全委員会は、血漿ChE活性阻害を評価せず、赤血球及び脳ChE活性阻害が、20%を超えた場合を影響ありと評価するという判断基準をつくっていますが、私たちは、血漿ChEも評価すべきだとの立場ですから、ラットの無作用量は10ppmでなく、5ppmより低いと考えられます。
★人体実験より疫学調査を評価すべき
【参考サイト】Jean Meaklimほか:Environmental Health Perspectives 111(3),305,2003(オーストラリアでの人体試験)
食品安全委員会:食品安全確保総合調査 「ヒトの発達障害と農薬に関する情報収集調査」
環境省:エコチル調査のページ 研究計画書(2013/03/18)
評価書案では、オーストラリアで実施されたヒトの亜急性暴露試験が、とりあげられています。これは、ボランティアの成人男女合計12人(男性8 名、女性4 名、平均年齢33 歳;23〜50 歳)で得られた経口投与試験で、4日間連続で、MEP0.18と0.36mg/kg体重/日(前者は、今回提案のADIの36.7倍、後者は73.5倍の量です)を投与されました。
この実験について、参照とされている3資料はいずれも未公表の農薬抄録2件と1999年の文献で、試験の詳細を知ることができません。被験者の血漿及び赤血球のChE活性に臨床的に問題になる阻害は認められず、結論は『ヒトに対する亜急性暴露試験において0.18〜0.36 mg/kg 体重/日の経口摂取によって明確な毒性発現は認められなかった。』となっています。
食品安全委員会は、人体試験についての倫理的問題についての考え方を示すことなく、かつヒトに関してどのような試験や調査が農薬の毒性評価に値するかを明確にしないまま、現段階で成人12人への投与試験結果を評価することに、どんな意味があるというのでしょう。
それよりも、ヒトへの影響をいうなら、農薬弱者の健康への影響や発達障害についての疫学調査を論議する必要があります。
食品安全委員会が、2010年度の事業として実施していた「ヒトの発達障害と農薬に関する情報収集調査」は、2011年3月に報告書がまとまっていますが、この中では、有機リン剤の代謝物である尿中のDMP,DMTPが被曝指標として取り上げられており(MEPからも同じ代謝物が生成する)、発達障害の危険因子として、有機リンが考慮されねばならないことを示唆した論文が多く取り上げられています。(記事t24005参照)
また、環境省の子どもの健康と環境に関する全国調査 (エコチル調査)研究計画には、調査対象物質として、MEP代謝物(メチルニトロフェノール)、有機リン農薬代謝物(DMP、DEP、DMTP、DETP 等)が挙げられています。これら調査の結論を待っていては、遅きに失するにも拘わらず、評価書案では発達神経毒性試験の必要性に言及されていません。
このほか、MEPの内分泌かく乱作用や花粉アレルギー症への影響もとりあげられていません。(記事t11507参照)
★スミオキソンの評価もおざなり
【関連記事】記事t02901、記事t10804、記事t20908
MEPは、環境中や動植物中で、酸化され、スミオキソンという代謝物が生成することが知られています。この物質の毒性については、住友化学の研究者が、脳ChE活性阻害作用は、スミオキソンの方がMEPより、モルモットで6600倍、ラットで1900倍、マウスで2000倍近く強いとしていますが、このことは評価されていません。また、スミオキソンのラット6 か月間亜急性毒性試験で無作用量は、住友化学の1975年の資料では『雄では15ppm、雌では5ppmと判断される』となっているのに、評価書案では、『雌雄とも15 ppmであると考えられた。』とされています。
さらに、評価書案には、玄米中にMEPの残留量の三分の一にあたるスミオキソンが残留しているとのデータもあり、この代謝物の毒性について、更なる試験と評価が必要です。
★ARfDの評価がない
欧州食品安全機関は、2006年2月23日に「殺虫剤フェニトロチオンに関するピアレビュー」を公表し、 MEPのADIを0.005mg/kg体重/日、ARfD(注:急性中毒参照用量: ヒトの24 時間またはそれより短時間の経口摂取により健康に悪影響を示さないと推定される量)を0.013mg/kg体重/日としています。
このARfDは、先の成人の人体試験で得られた影響のない値の十分の一に匹敵しますが、今回の評価書案では、設定されていません。実際に一回に食べる個々の食品量は、フードファクター(国民栄養調査により得られる食品別の一日平均摂取量)の5倍以上にもなるケースがありますから(リンゴの場合の一日摂取量は約36g)、高い残留値の場合、急性中毒の発症の目標値として重要です。
★このままでは残留基準は決められない
【参考サイト】MEPの残留基準、フードファクター
評価書の終わりには、MEPの総推定摂取量が算出されています。食品別の摂取量は、フードファクターを採用し、これに、その食品の残留値をかけて、食品ごとのMEP摂取量が計算されます。140を超える食品についての総和が、総MEP推定摂取量です。この残留値を残留基準そのものにした場合が最も摂取量が多いTMDI(理論最大一日摂取量)となります。
実際の残留量は、残留基準より低く、残留値をどの程度に見積るかが、総MEP推定摂取量に影響します。表2に、評価書案による総推定摂取量とTMDI及びそれぞれの対ADIを示しました。食品安全委員会はその根拠を説明せず、極めて恣意的な残留値を採用しており、MEP摂取量の対ADI比は、国民平均で26.9%、小児でその約2倍の51.9%となっています。
また、TMDIの対ADI比は、80%以下とするというのが、食品安全委員会のいう安全の目安ですが、MEPの場合は、なんと、国民平均で531%、小児で1204%となってしまい、もはや、安全だなどといえる数値ではありません。このように対ADI比が大きくなるのは、小麦の残留基準がポストハーベスト使用を見込んで、10ppmと高くなっているからで、今後、提案されるであろう残留基準のパブコメでは、問題としていかねばなりません。
表2 MEPの一日摂取量と対ADI比
国民平均 小児(1〜6 歳) 妊婦 高齢者
体重 kg 53.3 15.8 55.6 54.2
ADI μg/人/日 261 77.4 272 266
MEP摂取量 μg/人/日 70.1 40.2 62.4 66.2
対ADI比 % 26.9 51.9 22.9 24.9
TMDI μg/人/日 1386 932 1392 1047
対ADI比 % 531 1204 512 394
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作成:2013-11-29、更新:2014-05-21