環境汚染にもどる

t27905#農薬による環境汚染と生き物への影響〜国立環境研究所のトンボ等への調査#14-11
【関連記事】記事t23907記事t25204記事t26401
【参考サイト】環境省:平成26年度農薬の環境影響調査業務入札公告
       国立環境研究所:農薬の環境影響調査(平成 26年度)農薬の環境影響調査業務報告書(2015/03/27)
       五箇公一さんの著書:クワガタムシが語る生物多様性(集英社、2010年9月)

 記事t27607記事t27704で、ネオニコチノイド系農薬(以下ネオニコ系という)ほかの水系汚染状況について紹介しました。
 農薬の環境汚染が水生生物に及ぼす影響については、すでに、トビケラが、特にネオニコ系の影響を受けやすいこと(記事t21708記事t25204参照)、水田でのフィプロニルやイミダクロプリド育苗剤の影響でアカトンボ幼虫のヤゴが激減していること(囲み記事参照) などが判明しています。また、国立環境研究所の五箇公一さんらにより、実験室での試験と実環境との相違が指摘されています(五箇公一著「クワガタムシが語る生物多様性」参照)。
 今号では、現在、環境省が実施中の農薬調査事業の概要を示します。

★本年度の農薬環境影響調査事業
 環境省は5月に、調査事業の請負者の入札公告を行いました。その仕様書では、研究目的が以下の2つになっています。
 @残効性・浸透移行性の高い農薬(具体的にはネオニコ系+フェニルピラゾール系
  フィプロニル)の環境中への残留実態及びトンボ等水生節足動物類への毒性に関する
  情報について把握するとともに、環境中のネオニコ系農薬等及びその残留状況が
  トンボ等の生息状況に及ぼす影響を考察すること。
 A現行のリスク評価手法では対応が困難な農薬(例えば、ネオニコ系、フェニルピラ
  ゾール系農薬、昆虫成長制御剤(IGR)、摂食阻害剤等)について、水産動植物の
  評価対象である通常の3点セット(後述)の急性毒性のみでは不十分という声があるこ
  とを踏まえて、現行の登録保留基準(水産動植物)におけるリスク評価方法の検証を
  行って課題と今後の検討の方向性を整理すること。
 かくして、入札の結果、この事業を受注したのは、国立環境研究所でした。

★ネオニコ系農薬等のトンボへの影響
 @のトンボ等生態影響に関する調査については、五箇さんを代表とするグループが、下記のように、既存文献やヒアリングによりデータを収集・整理するそうです。
(1)ネオニコ系農薬等によるトンボ等生態影響に関する知見の収集
 文献データから、各地域におけるトンボ等の生態・生息状況、減少傾向にある
 生物種の原因情報を取りまとめる。
(2)ネオニコ系農薬等のトンボ等への毒性評価に関する知見の収集
 トンボ等の毒性データ(急性致死、急性亜致死、慢性致死、慢性亜致死)を
 収集・整理し、トンボ等に対する影響の有無をどう判断しているかを整理し、
 どのように判断すべきか検討する。さらに、トンボ等についてどのような
 毒性試験を実施すればいいか検討し、その半数致死濃度や無影響濃度等を
 算出するための課題を抽出する。
(3)トンボ等への影響に関する考察
 河川における環境中予測濃度と(2)の毒性データから、我が国におけるトンボ等
 へどのような影響が懸念されるか考察し、取りまとめる。
(4)欧州食品安全機関におけるリスク評価方法の妥当性検証等
 ヨーロッパの機関EFSAおけるネオニコ系農薬等についてのリスク評価方法の
 妥当性を検証し、我が国の実情を踏まえたリスク評価を行うための計画案を
 作成する。
(5)実態調査
 トンボ等の産卵・生息箇所として確認されている湖沼・溜池・水辺や里地里山の中
 から、調査対象7箇所程度を抽出する。どのような調査を行えばいいか検討した上で、
 具体的な調査時期・調査ポイント・調査事項・調査方法を含むトンボ等生息実態調査
 計画を策定し、予備的な調査を行う。調査地点では、水及び底質層のネオニコ系農薬
 等の濃度を把握するため、試料を採取し、分析を行う。調査時期は、農薬の使用して
 いる時期と使用していない時期(各調査地域につき3回程度)とする。
(6)平成27年度湖沼等残留実態調査の計画策定
 トンボ等の産卵・生息箇所となりうる湖沼等選定の考え方を整理し、平成27年度に
 調査を実施する、具体的な候補を抽出し、トンボ等生息実態調査計画を策定する。
 いままでにも、各地の民間調査で、その減少が問題となっていた赤トンボ=アキアカネもやっと国の調査事業対象になりました。専門家だけでなく、地域の人々とともに、研究を進めてもらいたいものです。

★水産動植物への被害防止に係るリスク評価方法検討調査
 Aについては、現行の登録保留基準を決める際の評価方法が、俗に三点セットという藻類、甲殻類(ミジンコやエビ、カニなど)、魚類の3種の急性毒性試験のみであることの見直しに関するものです。
 国立環境研究所は、リスク評価方法(不確実係数の設定方法、試験生物種・試験方法)の検証を行って課題と今後の検討の方向性を整理する。その上で、見直しに向けた検討を行うため、どのようなデータ(例えば、どの生物、急性・亜急性・慢性毒性のどのステージ)が必要でどう取得を進めればいいか、どのような手順で具体的な検討や関係者間の調整を進めればいいか等について年次計画案を策定するとしています。
【現行基準の決め方】農薬登録における、人の健康への影響調査では、動物を用いた急性、亜急性、慢性・発がん性、繁殖、催奇形性などさまざまな毒性試験が実施され、これらから得た一番低い無毒性量を安全係数(多くの場合100)で割って、ADIが決められます。
 水産動植物の場合の登録保留基準算出に際しては、無毒性量でなく、急性毒性試験から得た半数致死濃度又は半数影響濃度を不確実係数で割って、三点セットのうちの一番低い値を基準にします。魚類、甲殻類の不確実係数は、同一種の試験種目の数により下表のようになります。
  魚類          甲殻類
  試験種目数 係数    試験種目数 係数
     7    2      4    3
    3-6    4      3    4
    1-2    10     1-2    10
 フィプロニルの場合は、以下のようです。
   生物種     半数致死(LC)又は影響濃度(EC)
   魚類(コイ)    96時間のLC50 = 430μg/L 
   魚類(ブルーギル) 96時間のLC50 = 85.2μg/L 
   魚類(ニジマス)) 96時間のLC50 = 248μg/L 
   甲殻類(オオミジンコ)
     48時間の急性遊泳阻害 EC50 = 190μg/L 
   藻類(緑藻1種)   72時間の成長阻害 ErC50> 140μg/L
魚類試験は3種ですから、不確実係数は4、一番低いブルーギルの85.2μg/Lを採用して、急性致死濃度は85.2÷4=21.3となります。甲殻類は1種ですから、不確実係数10で、急性影響濃度は19μg/L、藻類はそのままの濃度です。登録保留基準は、この中で一番小さな19μg/Lとなります。
 赤トンボのヤゴの試験はされていませんから、育苗箱剤使用で、全滅させることが予想できなかったわけです。

★水生生物の影響評価に足りないもの
 水田の多い日本では、農薬の水生生物への影響を重視する必要があります。個々の生物の急性毒性だけでなく、その環境中での個体数の変化や生態系全体にも注目せねばなりません。私たちが、いままでのパブコメで述べてきた以下の意見も今後の評価に、反映してもらいたいと思います。
 ・水系汚染による生態系への影響評価が十分なされておらず、プランクトン、
  昆虫類、魚類だけでなく、食物連鎖の上位にある両生類、野鳥、哺乳類への
  長期的な影響が不明である。
 ・農薬活性成分だけでなく、製剤に添加されている補助成分である界面活性剤や
  水系中に存在する界面活性剤などによる、水産動植物への複合的影響を評価
  すべきである。
 ・新たに登録保留基準が設定された農薬は、環境汚染状況の調査を義務づけ、2、
  3年以内に基準の見直しを実施する再評価の制度を導入すべきである。
>  さらに、農薬と同じ成分が他の用途(シロアリ防除剤、不快害虫用殺虫剤、動物用医薬品など)由来で、環境汚染していることに対しても調査が必要です。そのため、私たちは、ネオニコ系化学物質をPRTR法の指定物資として、使用状況を明らかにすることを求めています。 国立環境研究所でも、ネオニコのPRTR指定化を推進し、農薬以外の用途も念頭に、環境・生態系調査に一層力を入れて欲しいと思います。

★水生生物以外も無視するな
 農薬登録制度では、水生生物については、不十分ながらも、登録の可否を決める登録保留基準があります。しかし、ミツバチや天敵などの陸生昆虫については、法的な保留基準が全くありません。登録に際して、ミツバチと蚕のほか、天敵昆虫等影響試験として、双翅目(ハエなど)、膜翅目(ハチなど)、半翅目(カメムシなど)、鞘翅目(テントウムシなど)、脈翅目(アミメカゲロウなど)、ダニ目及びクモ目の中から2目3種の急性毒性試験成績が必要ですが、農薬登録の可否に反映されません。毒性が強ければ、せいぜい、使用上の注意として、ラベルに記載さればいい方です。そのため私たちは、斑点米カメムシ農薬とミツバチ被害に関する要望で、農薬取締法による蜜蜂等危害性農薬(仮称)の指定を求めています。

★【囲み記事】水稲の苗箱処理剤で赤トンボ激減
   *** 水稲の苗箱処理剤で赤トンボ激減 ***
   石川県立大学の上田哲行さんは『(ミニ水田による実験で)育苗箱剤プリンス
   (フィプロニル)処理区では早い時期から幼虫が見られなくなり、何度実験を
   繰り返してもまったく羽化が見られませんでした。
   アドマイヤー(イミダクロプリド)やスタークル(ジノテフラン)処理区からは、
   少しは羽化してきますが、無処理区の2、3割程度でした。石川県各地の100筆ほ
   どの水田で、農家の人に2年間赤トンボの羽化調査を行なってもらいましたが、
   プリンスを使った水田からは、やはりまったく羽化が見られません。』と報告し
   ています(出典:現代農業2011年6月号)。このように、農薬が無差別爆弾として、
   昆虫を死に追いやっていることは看過できません。
             (記事t23907から転載)
      上田さんの日本自然保護協会にある記事:全国で激減するアキアカネ(「自然保護」 2012 No.529 )


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作成:2014-12-26、更新:2015-07-28