環境汚染にもどる
t28401#有機リン、グリホサート、ネオニコなど、欧米で規制の動き強まる#15-04
【関連記事】食品安全委員会の農薬とADHD(注意欠陥・多動障害)文献調査:記事24005
有機リン健康影響評価:記事t27504
有機リン、ネオニコほか出荷量:t28406
3月下旬から、欧米で農薬のヒトや環境への影響に関する大きな動きがありました。
その一つは、3月20日に公表されたIARC(国際がん研究機関)による農薬の発がん性分類の強化です。ついで、4月2日には、アメリカのEPA(環境保護庁)が、農薬メーカーに対し、ネオニコチノイド4成分の新たな使用をやめる一時停止・モラトリアムを発しました。
さらに4月8日に、欧州科学アカデミー諮問委員会が、農薬とくにネオニコチノイドが生態系の役割・生物多様性に有害な影響を与えることを明らかにした報告を発表しました。それぞれについて、日本での使用状況などを加え、解説します。
★IARC:3農薬の発がん分類を2Aに
【参考サイト】IARC:Top Page、5種の有機リン系殺虫剤と除草剤の評価、Lancet oncology記事
環境省:発がん性ランクの説明
農薬工業会:工業会の見解
IARCは3月20日、除草剤グリホサートと有機リン系殺虫剤4種の発がん性分類を公表しました。ラウンドアップという商品名で知られているグリホサートとマラチオン、ダイアジノンは2A(5段階のうち2番目に強いランクで、ヒトに対して恐らく発がん性がある)、パラチオンとCVMP(テトラクロルビンホス)は2B(ヒトに対する発がん性が疑われる)です。後の2成分は、すでに日本では登録失効しており、使用されていません。
【グリホサート】モンサント社が開発した非選択性除草剤で、日本ではラウンドアップという商品名などで知られています。1980年に登録され、塩の形の違ういくつかの種類があります。国内で汎用されているのは、イソプロピルアミン塩とカリウム塩で、2013年の農薬としての出荷量は前者が2102トン、後者が2782トンです。日本では栽培されていませんが、グリホサート耐性の遺伝子組換えトウモロコシや大豆、綿を開発したモンサント社は、種子とこの除草剤をセット販売、市場を席巻しています。
グリホサートは、農耕地や森林での使用のほか、空き地や駐車場、運動場その他で非農薬系除草剤(農地では使用できない)として使用され、ホームセンターやネット販売されていますが、法規制はありません(記事t28402、記事t28405参照)。日本での残留基準は1999
年に遺伝子組換え作物輸入のための緩和が行われましたが、ポジティブリスト制度実
施に伴う食品安全委員会の評価は行われていません。。
IARCの報告では、アメリカ、カナダ、スウェーデンの職業被曝による症例対照研究で、非ホジキンリンパ腫の増加があり、マウスで尿細管がんや血管肉腫が、ラットですい臓の膵島細胞腫などがみつかり、農業労働者の血液や尿中にグリホサートが検出されており、ヒトや哺乳類のDNAや染色体損傷を惹き起こすことから、2Aランクとされました。
日本のラウドアップの大手メーカー日産化学は、3月24日、『2015 年 1 月、ドイツ政府はEUを代表した 4 年間にわたるグリホサートの評価を完了しました。ドイツ規制当局では、IARC が考慮したデータに加え、さらに多くの研究を精査したうえで、ヒトに対して発がんリスクを有するとは考えにくいと結論づけています。』『弊社はグリホサートに発がん性は無いと判断しております。』との発表をしました。日本モンサントも同様な主張をしています。
【参考サイト】日産化学:Top Page、3/24の発表
日本モンサント:Top Page、3/24の発表1、3/24の発表2、3/31までの反響
【ダイアジノン】1955年に登録され、2013年の国内出荷量はMEP(スミチオン)に次いで2位にある有機リン剤です。食品安全委員会の2014年の評価書では、アセチルコリンエステラーゼ活性阻害による神経毒性は強いものの、発がん性、催奇形性などで問題となる遺伝毒性は認められなかったとされています。(健康影響評価のパブコメ意見)
IARCの報告では、農業健康研究(AHS)の症例対照研究での非ホジキンリンパ種や、白血病との関連、マウスの肝細胞がん、ラットの白血病やリンパ腫、DNAや染色体損傷などから、2Aとされました。
【関連記事】ダイアジノンとマラチオンの健康影響評価:記事t27504
【参考サイト】日本化薬:Top Pageとダイアジノンの発がん性について(3/27)
【マラチオン】1953年に登録されました。2013年年末から14年にかけて、マルハニチロの冷凍食品に混入された事件で知られた殺虫剤です(記事t26901)。マラチオンについては、食品安全委員会の毒性評価では、『マウスを用いた 18 か月間発がん性試験において肝細胞腺腫の発生頻度の増加が認められたが、腫瘍の発生機序は遺伝毒性によるものとは考え難く、評価に当たり閾値を設定することは可能であると考えられた。ラットでは発がん性は認められなかった。』とされ、ヒトの発がん危険性には、触れられていません。IARCの発表によると、動物実験での発がん性、DNAや染色体損傷、代謝物マラオキソンの作用、アメリカ、カナダ、スウェーデン、AHSなどの職業的被曝との関連から、非ホジキンリンパ腫、前立腺がんとの関連を否定できなかった結果、2Aランクとされました。私たちは、健康影響評価のパブコメ意見募集で、提案されたマラチオンのADI0.29mg/kg体重/日、ARfD1.5mg/kgをもっと下げるべきとしましたが、受け容れられませんでした(パブコメ意見)。ちなみに、EUのADIは0.03mg/kg体重/日、ARfDは0.3mg/kg体重です(残留基準パブコメ意見はこちら参照)。
上のようなIARCの報告を踏まえ、私たちは、3農薬の毒性再評価を食品安全委員会に求めたほか、残留基準、水道水や気中濃度評価値の所管省に見直しを求めました。
★EPA:農薬メーカーに新規登録中止を要請
【関連記事】ネオニコチノイド系農薬 ミツバチ・残留農薬・環境汚染などの記事一覧
【参考サイト】EPA:ネオニコチノイドの新たな取扱いプロセスを告知する登録者への2015年4月の手紙と本文。
大統領覚書による作業部会報告:「ミツバチや花粉媒介昆虫の健全化戦略」(2015/05/19)
アメリカでは、CCD(蜂群崩壊症候群)とネオニコチノイドとの関連が疑われていますが、使用規制を求める環境保護団体や農業者、養蜂者の強い声の下、2014年6月、オバマ大統領は、関係機関からなる「ミツバチなど花粉媒介昆虫健全化のための対策委員会」を設置し、半年という期限内に対策を立案し、花粉媒介昆虫の生息地を増やすことを求めるなどの覚書を発していました。しかし、改善提案は遅れたままだったため、環境保護団体を中心に400万を超えるミツバチ保護の嘆願署名が集まり、3月下旬には、「有害農薬からハチを守る迅速なアクションをとるよう」との大統領への電話要請作戦がとられました。
4月に入り、EPAは、農薬登録者へ4種のネオニコチノイド(イミダクロプリド、クロチアニジン、ジノテフラン、チアメトキサム)について、新たなミツバチの安全性に関する研究データが提出され、花粉媒介昆虫に対するリスクアセスメントが完全実施されるまで、新規の農薬登録をしないよう要請しました。これは、すでに登録されている要件には、あてはまりませんが、以下のような屋外での新たな使用や適用拡大を止めるよう求めています。
・適用作物の新規又は緩和拡大
・使用方法の変更(たとえば、空中散布や土壌処理など)
・試験的使用の許可
・特別な地域の要請による登録
これに対し、日本では、ネオニコチノイドの適用拡大の登録は、住友化学などのメーカーのいうがままになっており、クロチアニジン製剤のホウレンソウへの新たな適用拡大申請のために、厚労省が残留基準さえ緩和するといった愚挙が行われようとしています(記事t27803、記事t28101、記事t28202参照)。
★ヨーロッパのEASACの報告
【関連記事】桐谷圭治さんの総合生物多様性管理に関する連載記事:記事t28104、記事t28208、記事t28309
【参考サイト】EASAC:生態系の役割、農業とネオニコチノイド
IUCN(国際自然保護連合):Top Page、Task Force Systemic Pesticidesにある
浸透性農薬の生物多様性と生態系の役割への脅威
Task Force on Systemic Pesticides:6/24のニュースリリースとその詳細(翻訳資料)
Nature 2014/07/09:野鳥減少とネオニコチノイド
Environmental Science and Pollution Research:Vol22(1)2015:ネオニコチノイド特集に8論文
これらの論文はネオニコチノイド研究会により翻訳されました。
abtのHPの「浸透性殺虫剤の生物多様性と生態系への影響に関する世界的な統合評価書」日本語版公開!にある報告書
欧州科学アカデミー諮問委員会は、4月8日に、『生態系の役割、農業とネオニコチノイド』と題する報告書を公表しました。この委員会は、EUのメンバー28ヶ国の科学アカデミー(日本でいえば日本学士院)が集まり、専門家の共同研究により、各国の政策立案者へ提言するための機関です。報告のタイトルからわかるように、いままで問題視されていたネオニコチノイドによるミツバチや花粉媒介昆虫の被害による授粉作物の生産低下だけでなく、より大きなくくりの生態系とその農業とのかかわりに視点をおいた考察がなされました。
浸透性で分解しにくいネオニコチノイドは、吸汁害虫には有効とされていますが、一方では、非標的昆虫が農薬の直接被曝を受けたり、花粉、花蜜、溢液などに残留した農薬に曝されるというマイナス面もあり、生態系の役割や生物多様性に有害な影響が生ずることが懸念されています。ここで、農業での生態系の役割というのは、植物の授粉だけでなく、天敵や野鳥による捕食などによる自然界での害虫繁殖抑制、土壌生物による有機物の分解や土の団粒化等を意味します。
文献調査の結果、無脊椎動物か脊椎動物か、農用地か周縁部か、土壌か水環境中かなどに関係なく、ネオニコチノイドがそこに棲む非標的生物の生息に害を及ぼしていることが明らかになりました。得られた知見から、報告書では、以下のような提言がなされています。
1.ネオニコチノイドの広範かつ予防的な使用が、生態系の役割(授粉や天敵によ
る害虫防除など)を担う非標的生物に重大な損害を与えている証拠が増えている。
2、すぐに死ぬ程でない非常に低いレベルでの、長期にわたるネオニコチノイド
暴露が非標的有用生物に及ぼす影響について、科学的証拠は明白であり、その
評価は、EUの農薬の認可手続きに組み入れられるべきである。
3、現在、実施されているネオニコチノイドの種子粉衣による予防的使用は、EU
の持続可能な農薬指令の基本原則に合致しない。
4、ネオニコチノイドの広範な使用は(他の農薬と同じく)、EUの農業環境法令
下での、農用地における生物多様性の回復力を抑制している。
ただし、生態系の役割や生物多様性といっても、ヨーロッパでの一番の問題は、ネオニコチノイドのトウモロコシ、ヒマワリ、ナタネなどの種子被覆であり、日本のように水田での使用によりミツバチやアカトンボに大きな被害を与えていることについては取り上げられていません。本誌連載記事「総合的生物多様性管理=IBM」の著者桐谷圭治さんは『IPMの基幹技術として導入した種子粉衣が現在では、その生物多様性への悪影響から最大の問題視されている。また種子粉衣は「農薬の予防的使用は避け、必要な時に必要最小限の使用にかぎる」というIPMの原則にも反することになる。この論理的矛盾はIPMと自然保護の両立を提唱している総合的生物多様性管理[IBM:Integrated Biodiversity Management(Kiritani 2000)]へのパラダイムの移行の必要性を示している。すなわちIPMで支持された技術も、IBMの観点から否定されることもあるからである。』とコメントされています。
★ネオニコの環境への影響
【関連記事】日本での農薬環境汚染:記事t27607、記事t27704、記事t27905
農薬人体汚染:記事t27804
PRTR関連:記事t24606
報告では、ネオニコチノイドの環境での残留について、グールソンほかの論文をあげ、種子被覆されたネオニコの行方が下図(−省略−)のように推定されています。
すなはち、種子に付着した成分の1%以下が粉塵として大気に舞い上がり、作物中には2〜20%が、残りが畑地土壌や水に移行するとされました。ネオニコチノイド濃度は、水中ではpptからppb、土壌や作物中ではppbからppmとなっており、そこに生息する非標的生物が影響を受けることになります。
日本では、種子被覆の実態はつかめませんが(記事t25802参照)、水稲の育苗箱処理にイミダクロプリドやフィプロニルが使用され、赤トンボの成育を阻害していること、また、斑点米カメムシ駆除のジノテフランらの無人ヘリコプター空中散布などにより、イネの花粉やミツバチの死骸に同剤ほかが検出されている事実とヨーロッパの状況は軌を一にするものがあり、ネオニコチノイドが非標的生物を殺している実態が窺われます。なお、ネオニコほかの農薬の日本での出荷状況は記事t28406を参照してください。
さらに、土壌中でのネオニコチノイドの安定性の指標として下表のような半減期のデータがあり、数字が大きいほど、生態系に大きな影響を与えることが予測されます。
特に野鳥は、被覆種子や他の生物、土をも食べるため、餌の減少や農薬の影響を受け、ヨーロッパでは、1970年代に比べ、海鳥の増加に対し、農村地域の数の減少率が、非常に大きいとのデータもあります。
表 土壌中でのネオニコチノイドの半減期
(Hopward ほか、2012,2013)
成分名 好気性代謝による
土壌中での半減期
アセタミプリド 1−8日
イミダクロプリド 40−997日
クロチアニジン 148−1155日
ジノテフラン 138日
チアクロプリド 1−27日
チアメトキサム 25−100日
このような欧米での動きを踏まえ、私たちは、農薬危害防止運動への要望に加え、グリホサートとネオニコチノイドの使用状況を知るため、化管法(PRTR)の指定物質として、用途別に排出量報告を義務付けるよう要望しています(記事t28402と発がん性農薬とネオニコチノイドに関する要望)。
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作成:2015-04-30、更新:2015-05-22