環境汚染にもどる

t30403#農薬の水系汚染(最終回)環境省のトンボ調査結果より#16-12
【関連記事】連載記事:記事t29903記事t30003記事t30103記事t30204記事t30302
      環境省のトンボ調査:記事t28802記事t28905
【参考サイト】環境省:平成27 年度 農薬の環境影響調査業務報告書(2016年3月28日)

 環境省は、農薬の環境影響調査業務を行っており、これを受注した国立環境研究所がネオニコチノイドやその他の農薬がトンボの生育にどのような影響を与えているかを調査しています。2014年度については、記事t28802で紹介しましたが、全国7地域の水田や水路、ため池等の農薬調査とトンボ類の調査結果。以下の点が指摘されていました。
  ・農薬を施用していない水田近郊の水路から底質を採集したにもかかわらず、
   いずれかのネオニコ農薬等が検出され、環境中での移動や長期の残留が疑われた。
  ・ネオニコ等の検出量とトンボ生息数および種多様性の間には定量的ではないが、
   農薬濃度が高いとトンボの生息に負の影響がでることが示唆された。
 2015年度は、トンボへの影響試験として、前年共食いで失敗したアオモンイトトンボを対象として17種の農薬についての毒性試験を行うとともに、前年につづいて、全国の7地域での農薬汚染とトンボ類の生息調査が実施されました。本号では、後者の野外調査についてその概要を紹介します。

★調査地点は7道県、15農薬を調査  全国7道県で調査が実施されました。このうち、北海道、茨城、石川、奈良、広島、佐賀に関しては、昨年度と同じ調査地点で継続調査を行い、新潟は中止し、新たに兵庫が追加されました。
 各地域とも下記に示したように、原則として、水路とため池各1ヶ所が選ばれ、10月と11月の各2回(茨城は8月と10月末)の調査が実施されました。
 【調査地点】 
  @北海道A 超小規模水田脇の水路、15 年以上殺虫剤不使用
   北海道B ブドウ園近傍の溜池
  A茨城A  水田に通じる土水路
   茨城B  無農薬水田から延びる土水路
   茨城C  比較的急峻な小川
  B石川A  農業用の溜池
   石川B  無農薬水田脇の排水のための土溝
  C奈良A  小規模水田用の溜池
   奈良B  無農薬水田脇にできた水たまり
  D兵庫A  水稲作地帯の水路
   兵庫B  標高約400m に位置する自然の池
  E広島A  水田地帯の水路
   広島B  水田脇の小水路
  F佐賀A  クリークと連絡した池
   佐賀B  水田脇の水路
   佐賀C  水田地帯のクリーク
    なお、AとBは次頁の図の記載に対応している。
 【対象農薬】以下の15種の農薬が調査の対象となりました。
  @ネオニコチノイド系:アセタミプリド、イミダクロプリド、クロチアニジン、
        ジノテフラン、チアクロプリド、チアメトキサム、ニテンピラム、
  Aフェニルピラゾール系:フィプロニル
  B有機リン系:フェニトロチオン
  Cカーバメート系:BPMC、ベンフラカルブ
  Dピレスロイド系:エトフェンプロックス、シラフルオフェン
  Eネライストキシン系:カルタップ
  Fジアミド系:クロラントラニリプロール
★水質と底質の農薬分析
 全国7地域ごとの水質と底質の農薬検出値を、図−省略−に示しました(上の図(a)が水質、下の図(b)が底質。県名の上にあるA、B、Cは上述の採取地域)。図はモノクロのため、農薬の種類ごとの数値は判読できませんが、グラフ上で棒線が高いほど検出値が高く、また、地点ごとの棒線の数が多いほど、多種の農薬が検出されていることになります。また、各地区で、AとBがそれぞれ、2個所ありますが、左が10月、右が11月の調査結果(茨城は8月と10月)です。
 一目見て、兵庫、広島、佐賀において検出された農薬の種類が多く、特に底質への高濃度の残留が見られることが明らかです。
 水質及び底質とも、各地域で、上位にある農薬名を図中に記載しました。ネオニコチノイド系農薬のジノテフラン、イミダクロプリド、クロチアニジン、チアメトキサムが、高いことがわかります。ほかに、BPMC、MEP、エトフェンプロクッス、フィプロニルらの殺虫剤も散見されます。
 さらに、図中、*印で数字をつけたのは、フィプロニルの3種の分解物ですが、水質からは全く検出されないものの、底質からは、多く検出されています。特に、広島A地域の10月の分析では、スルホン体とスルフィド体がいずれも、グラフ枠の100μg/kgを超え、元の成分より200倍以上高濃度の4、500μg/kg以上で検出されています。また、佐賀Bの10月の底質には、有機リンのMEP(スミチオン)が100μg/kg弱見出されているのも見逃せません。
 多くの地区で、この年使用されない農薬や春先に育苗箱で使用された農薬が、秋になっても水質や底質に見出される実態が調査から明らかになったことは、生態系破壊の危惧を強く感じます。

★トンボ生育状況との負の関連
 各地点のトンボ類の種類と個体数調査では、原則10月と11月の2回、1回1〜2時間程度の採取又は観察が実施されました。
 幼虫調査: 5m2又は10m2の範囲の水質・底質を網で掬い取りトンボの幼虫=ヤゴを
      採取し、種類と個体数を記録。
 成虫調査:水採取地周辺1ha 程度について目視もしくは双眼鏡で観察し、
      確認できるトンボの種類と成虫数を記録。

 確認された幼虫は27種、成虫15種で、地域別は以下のようでした。
【成虫の種数】北海道5 種、茨城3 種、石川7 種、奈良6 種、兵庫12 種、広島3 種、
       佐賀1 種であり、兵庫で多く広島、佐賀両県で少なかった。
【幼虫の種数】北海道12 種、茨城4 種、石川9 種、奈良4 種、兵庫15種、広島1種、
       佐賀県5種であり、北海道と兵庫で多く広島で少なかった。
       各種の確認個体数には種により大きな差が見られた。
 調査時期の関係から成虫のみ、あるいは幼虫のみ確認された個所が多く、両者を合計した確認種数は北海道17種、茨城7 種、石川15種、奈良9種、兵庫23種、広島4種、佐賀6種だったとのことです。また、育苗箱用農薬の影響が問題となっているアキアカネの幼虫は10月の調査では、どの地点でもみつかっていません。

★実験水田でのヤゴ数や羽化数の減少
【参考サイト】国立環境研究所:2016年3月16日のプレスリリース
       実験水田を用いた農薬の生物多様性への影響評価〜浸透移行性殺虫剤がもたらすトンボへの影響
       笠井、五箇:Scientific Reports論文

 環境省事業とは別に、国立環境研究所の五箇公一さんのグループが、電子論文誌Scientific Reportsに、「実験水田を用いた農薬の生物多様性への影響評価」を発表しています。
 所内の小規模実験水田(6.8m2で、各区2面使用)で実施された研究では、浸透性農薬であるクロチアニジン、フィプロニル、クロラントラニリプロール各粒剤を水稲育苗用に散布。ユスリカやゲンゴロウ、ミジンコ類、ショウジョウトンボ、シオカラトンボの生育状況が140日間調べられました。
 その結果、農薬の水質濃度は田植え3〜7日後から急速に減少し、3ヶ月程度で検出限界レベルまで減少しましたが、底質濃度は、田植え後から徐々に増加し、140日後も当初レベルと同じ位残留していました。
 水田の生物相は、対照区にくらべ増減がみられ、種類によって影響の受け方が異なることがわかりました。
 トンボ類についての対照の無農薬区で比べると、次ぎのようです。
  ショウジョウトンボ:ヤゴ捕獲個体数は、下図に示すように、フィプロニル区のみ
  有意に少ない。羽化殻数は全処理区で減少。
  シオカラトンボ:ヤゴは全処理区で減少(フィプロニル区でより顕著)しました。
  羽化殻はクロチアニジン及びフィプロニル区で有意に少、フィプロニル区で羽化
  確認されず。
  図 ショウジョウトンボのヤゴ数への3種の農薬の影響(五箇ほか)−省略−

★2年間の事業の結論
 環境省の農薬調査は、春〜夏の農薬散布最盛期の試料採取ではなく、10、11月の実施ですが、底質中に、残留している農薬が多くみられたことは注目されます。
 特に、広島、佐賀の調査地域では、検出農薬数や検出濃度が高く、トンボの種も少なかったことをみても、農薬とトンボ個体数の減少には関連ありと思われます。
 しかし、試験水田のような単純な系でないためか、自然界での2015年度調査事業の報告の結論は以下のようになっています。
  @昨年度同様、広島県および佐賀県でトンボの採集・観察数が少なかった。
   また、同地域においては検出された農薬の量・種類が多いことも昨年と同様であ
   った。対照的に、北海道および石川県では昨年度同様、トンボの種数・個体数が多
   く、農薬の量・種類は少なかった。こうしたことから、全体として残留農薬が多
   い地域ではトンボが少ないという昨年度の定性的傾向が再現されているが、残留
   農薬濃度とトンボ生息状況との間に統計的に有意な関係があるかどうかを明らか
   にするまでには至らなかった。

  A主要なトンボ種(アキアカネ、ナツアカネ、マユタテアカネの成虫、シオカラ
   トンボ、ギンヤンマの幼虫)の個体数と農薬との関連の統計的解析結果は、一部
   については相関性があったものの、各薬剤とトンボの個体数や多様性ランクとの
   間に一貫した関係を見出すことはできなかった。

  B今回対象とした農薬だけでは得られたトンボ分布の地域間差を十分に説明できな
   いことが強く示唆された。特に、周辺環境がどの程度トンボの生息に適している
   か、また幼虫については調査水域に水流があるかなど、環境条件を考慮した調査
   地の選定やデータ解析が必要と考えられた。
★2016年もつづく研究
 これらを踏まえ、本年度の研究予定は、
  @アキアカネ幼虫について急性毒性試験を行い、飼育水への農薬添加による毒性
   試験に加え、底質への添加による毒性試験法の開発にも取り組み、より自然状態
   に近い系でのリスク評価を目指す。
  A新たに5 地点程度を選定し、同様に調査を行う。全国各地域をカバーするため、
   候補地として東北(岩手もしくは宮城)、北陸(新潟)、東海(愛知)、四国
   (高知)、南九州(鹿児島)を検討対象とするが、選定過程でより好適な調査地
   があれば、その都府県で選定を行う。調査地点の選定に当たっては、各地域2 
   地点程度を目安に、水田からの位置関係や水流の有無などを可能な限り統一し、
   各地のデータの比較検討がしやすいよう留意する。
  B残留農薬以外にトンボ等の生息状況に影響する要因として環境要因に関する詳細
   な調査を行う。具体的には調査地点から半径1km 程度の土地利用状況を調べる。
 の3点となっています。
 ほかに、トンボの保全活動を実施している市民グループや民間の専門家等にヒアリンを行い、継続的な実態調査の方法等のマニュアル作成することも挙がっています。
環境省事業のように、1日1、2時間のトンボ個体の調査では、全体像がつかめません。実態調査には、科学的な評価に耐えうるマニュアル作成は不可欠ですし、地域の住民による継続的な観察力も必要です。

購読希望の方は、〒番号/住所/氏名/電話番号/○月発行○号からと購読希望とかいて、 注文メールをください。
年間購読会費3000円は、最初のてんとう虫情報に同封された振替用紙でお支払いください。

作成:2017-02-28