ダイオキシンにもどる
t08402#塩ビ業界の「ダイオキシン発生・食塩原因説」に騙されないために#98-12 大阪大学大学院理学研究科  植村振作
★はじめに
 10月17日、東京両国公会堂で「『塩ビとダイオキシンを考える』東京市民会議 '98」が開催されました。このような集会には珍しく業界団体(塩ビ業界及び苛性ソーダ業界)からの参加者もあり、業界の主張を直接聞くことが出来ました。塩ビ工業界は本年度十億円近くの金をかけて、塩ビは社会に役立っており、塩ビがごみ焼却場のダイオキシン発生の元凶とは必ずしもいえないといった塩ビPRに努めていると聞きます。その一環としての集会参加だったかもしれませんが、ダイオキシンと塩ビとの関係に関する限り、塩ビ界側からの主張には説得性がありませんでした。
 焼却施設排出のダイオキシン濃度とごみ中の塩ビとは関係ないという多くの報告があると述べたに留まり、実際のごみ焼却場でプラスチックごみを分別して燃やさないようにするとダイオキシンが減少することやプラスチック廃棄物の多い産業廃棄物焼却施設飛灰のダイオキシン濃度が高いことなど具体的なことに対する見解は聞かれませんでした。
 私は、本誌69、71号に書きましたように、ダイオキシンの元凶に関して塩ビ業界とは全く異なった見方をしています。ごみ焼却施設からのダイオキシン発生の主な原因は塩ビを中心とする塩素を含む合成樹脂だと考えています)。
 ところで、再び、焼却ごみの中に食塩が入っているとダイオキシンが発生するという塩ビ業界の主張が頭を持ち上げてきました。
 本誌71号で指摘しましたように、塩ビ工業協会はこれまでは「食塩を塩ビ以外の樹脂と一緒に燃やしてもダイオキシンが出 る」という実験事実がない偽りの談話を発表していました。塩ビ工業協会長の談話が偽りであることに困ったのでしょうか、その後、如何にも食塩を塩ビ以外の樹脂と混ぜて燃やすとダイオキシンが出るように見える実験結果が発表されたのです。しか し、その実験報告を詳細に読んでみても、やはりダイオキシンの主な発生源が食塩であるとは言えないことがわかりました。
★新しい実験結果
図−1(省略)に塩ビ工業・環境協会(前塩ビ工業協会)が中心になって実施し、98年の8月にストックホルムの国際学会で発表された、ごみ焼却施設におけるダイオキシン発生機構解明のための実験結果を示しました。(塩ビ工業・環境協会
 この実験は図−1に示された各種試料を細い石英管の中に置いて750℃または900℃で燃やしたときに、燃焼ガスが通る途中に飛灰(煤)があるかどうかでダイオキシン発生の度合いがどのように変化するかを調べたものです。
  図−1からわかりますように、どの試料も飛灰があるとダイオキシン発生量が増えています。ということから、飛灰がダイオキシン発生に深く関わっていることがわかります。また、パラフィン+食塩、新聞紙+塩化水素、塩ビの試料では特に多くなっています。新聞紙+塩化水素では元々塩化水素(HCl)が添加されており、また塩ビでは容易に塩化水素(HCl)が発生することから、ダイオキシンが増えるであろうことが理解できます。しかし、パラフィン+食塩でも塩ビや新聞紙+塩化水素と同程度のダイオキシンが発生しているのは不思議な結果です。食塩(NaCl)は塩ビ のように簡単には熱分解しません。
★活性白土が曲者
石炭に食塩を混ぜて燃やしてもダイオキシンの発生はわずかだったとの報告があります。一方、図−1では可燃物の新聞紙と食塩からダイオキシンが多量に発生しています。不思議です。
実は、図−1のパラフィン+食塩という試料は、この図の元になった論文を読んでみると図には書いてありませんでしたが、パラフィンと食塩だけでなく特別の粘土を化学的に処理した、イオン交換性能の強い活性白土という物質が混ぜてありました。
 塩ビ工業協会が出した塩ビPR用の冊子にも、食塩とペットフード、紙を混ぜて燃やすと図−2(省略)のように、ダイオキシン発生に深い関わりのある塩化水素が発生すると書いてあります。この実験は、活性白土を含むモデルゴミを用い、食塩の添加量をかえて流動床型の小型焼却炉で行われており、流動砂などが食塩と反応して塩化水素が発生していることが指摘されています(てんとう虫情報69号)。
そこで、塩化水素が出来ればダイオキシンが生成すると考えて差し支えありませんので、図−3(省略)のような簡単な装置を用いて幾つかの試料について塩化水素が発生するかどうかのテストを試みてみました。
 表−1の試料を試験管の底に少し入れて、試験管の上からステンレスの針金で万能PH試験紙をつるし、300℃(手持ちの加熱装置の上限温度。低温でも可、そのときは時間が少しかかる)に加熱された金属ブロックの穴に試験管を入れると数分で結果がでます。塩化水素HClが発生すればPH試験紙は赤変します。結果は表−1と図−4(省略)の通りです。

表1  塩化水素HCl発生の有無(300℃)

試料 食塩 食塩+畑土 食塩+粘土 食塩+活性白土 塩ビ
HCl  ×   ×     ×(?)   ○     ○

×:変化なし    ○:赤変あり(HCl発生)

 表−1中の畑土は家庭菜園の土、粘土は水道工事で出てきたものです。食塩+活性白土の組み合わせと塩ビでは、直ちにPH試験紙は赤変し、塩化水素の発生が確認されました。しかし、畑土では全く変化が無く、粘土ではかすかに橙色がかりました。
 図−1の実験結果の報告者に確認しましたところ、普通のごみの中には土(砂や粘土)が入っていることと塩ビだけでは塩化水素が発生しない(ダイオキシンは出来な い)ので、活性白土を入れたそうです。
 表−1の結果から言えることは、塩ビ業界関係者も認めているように、特別の条件でなければ食塩から塩化水素が発生するようなことはないということです。言い換えれば、活性白土のような強いイオン交換能を持ったものと混ぜなければ容易に食塩からダイオキシンが発生するようなことはないということです。
 食塩に活性白土を混ぜると、下記のように、食塩のNaが活性白土の表面の水素イオンと入れ替わって(陽イオン交換が起こって)、塩化水素が発生していると考えられます。
食塩が熱分解して塩素イオンが出来るのではなく、活性白土の強いイオン交換能が重要な働きをしています。それ故、図−1や2のような実験結果に基づいて、食塩から塩化水素が発生したとかダイオキシンが発生したというときには、活性白土を使った実験であることを明示しなければなりません。単に粘土を混ぜたと記載した論文もありますが5)、粘土の性能は一定ではありませんので、粘土と記載するだけでは科学的ではありません。あくまでも正確に活性白土使用を明記すべきです。
★おわりに
 上記の通り、塩ビ業界の基礎デ−タはダイオキシン発生食塩原因説など導くことのできないものです。それでも、市民向けの塩ビPRの冊子や講演では、活性白土を使ったということが明らかにされないまま、食塩混入ごみからの塩化水素発生説やダイオキシン発生説が説かれています。これは単なる間違いというより、結果的には市民を騙して、ごみの中の食塩を悪者に祭りあげようとする塩ビ業界の悪質な企みと言わざるを得ません。塩ビ業界の食塩説に惑わされることなく適切なダイオキシン低減対策が確立されることを望んでやみません。
参考文献-省略−
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作成:1998-12-25