農薬の毒性・健康被害にもどる
t10504#北海道静内町特養ホームで害虫駆除剤により45人が中毒に#00-08
 北海道静内町立特別養護老人ホーム・静寿園で、入所者と職員の計45人が害虫駆除処理後、農薬による健康被害を受けました。
 同園では、北海道防疫燻蒸社が、5月30日〜6月1日、施設内の薬剤処理を行ないました。使用された薬剤は、フェノトリン乳剤、フェニトロチオンMC剤、DDVPくん煙剤でした。処理中、入所者は、別室に移動していたということですが、散布さなかの5月31日から入所者の一部に食欲減退、高熱やのどの痛みを訴えるものがではじめました。6月5日以降は入院する人も出て、結局9人が入院、入所者三十二人と職員四人が治療を受けました。
 町当局は、使用薬剤の一つであるDDVPくん煙剤(日本曹達製のビニルハウス用の農薬)が原因ではないかとみており、散布業者に除去作業を行なわせるとともに、中毒被害者の血液検査や室内汚染状況の調査を実施しているということです。
 私たちは、農薬が防疫用に転用され、人体被害がでたことを重くみて、町当局に事実関係を問いただす質問状を送りましたが、8月7日付けで、文書回答を得ましたので、以下にしめします。

★静内町町長宛ての質問と静寿園園長からの回答要旨
【質問1】静寿園内で、いつごろどのような害虫がどの程度発生していたか。また、その被害は。
【回答】数年前から園内の厨房において、チャバネゴキブリなどが繁殖し始め、毎年増えて、居室等でも発生するようになった。被害については特にない。

【質問2】害虫発生防止のため 薬剤散布以外にどのような対策をとっていたか。
【回答】市販のバルサン等により対処していた。

【質問3】薬剤散布はどのような法的根拠で実施したか。今回、実施することを決めた理由は何ですか。実施に際する基準や指針のようなものがあるか。
【回答】法的根拠はない。平成9年度から同業者により、厨房内だけ薬剤の散布を5回実施してきた。約1750匹の害虫を駆除していたので、園内の害虫を全滅させるため、今回居室等のほぼ全室について実施した。実施基準は後述。

【質問4】業者の選定はどのようにされているか。
【回答】平成10年に静内保健所に問い合わせ、業者の紹介を受け、選定した。

【質問5】散布処理業者は、農薬用の薬剤を使用したとされているが、どのような薬剤がどの程度の量、どのように使用されたか、散布状況を明かにされたい。その際、使用された薬剤のメーカー、商品名、農薬ならば、登録番号も、明らかされたい。
【回答】散布薬剤はスミスリン乳剤(40倍希釈液7.5L)。スミチオンMC(40倍希釈液16.0L)。ジェットVP−DDVP(100g缶29個、50g缶23個)。散布状況後述。

【質問6】薬剤散布に先だって、使用する薬剤の毒性・危険性について、どこから、どのような情報を入手したか。
【回答】業者から毒性や危険性はないと説明を受けた。その他、道内で同じような駆除を実施した施設に状況等を電話で確認した。

【質問7】今回の事件の事実経過を散布実施計画を決めた段階から現在まで、日を追って詳細に報告されたい。健康被害者の中毒発生状況、症状の推移と治療方法、環境中の薬剤の検出状況及び薬剤の人体被曝状況(血液中の濃度など)、薬剤の除去方法とその効果なども含めて、資料を送付願う。
【回答】事故原因等について、北海道庁及びその静内保健所におきまして調査中であり、終結にいたっていないため、資料の提出は省略させていただきます。

【質問8】今後のこのような事件発生を防止する対策は。
【回答】使用する薬剤及び量については、事前に専門家によるチェックが必要。施工時間や換気の時間については、よく検討し、十分な配慮が必要。

★臭覚・視覚で安全確認したというが
 健康被害に関する質問7について、回答がなかったので、入院や治療を受けた45人の症状や殺虫剤被曝状況などに関しては、不明なままです(8月はじめ現在、まだ、入院されている方がいるという話しですが)。静寿園の害虫駆除は、静内保健所が業者の紹介から、被曝発生後の処理まで、深くかかわっているようなので、同所に問い合わせています。

 使用された殺虫剤は、スミスリン乳剤(フェノトリン含有量不明)とスミチオンMC(フェニトロチオン=MEP20%含有)とジェットVPくん煙剤(ジクロロボス=DDVP30%含有)の3種です。
 薬剤処理に先だって、各室居住者は退去、飲食物や食器類をビニル袋に入れ密封、植木・ペットを移動する一方、ロッカーや戸棚、引き出しは開放しておくよう指示がだされています。部屋は、換気フードをガムテープにより密閉、サッシ窓は施錠され、上部窓は紙製マスクテープで密閉され、まず、乳剤希釈液が噴霧され、ついでDDVPくん煙処理が行なわれました。
 くん煙後約5時間密閉状態を保ったのち、密封・目張りをとり、約1時間換気、臭覚による残存確認と視覚による安全確認ののち、居住者はおおむねくん煙処理終了から約7時間半後に入室することになります。換気が十分であったかどうかは、臭覚にたよるのですがら、あやしいものです。施工報告書には、とってつけたように『くん煙剤の濃度測定をする機械が現在開発されていませんので、人の臭覚視覚にて確認せざるをえないのが現状であります。』との断わり書きがありましたが。
 このような手順で、ホーム内を3区画にわけ、連続3日間にわたって薬剤処理が行なわれました。

★農薬用のDDVPくん煙剤が使用された
 最初の散布の次の日から、入園者の中に身体の異常を訴えるものが出始めましたが、薬剤処理は予定通り続けられ、45人が中毒にかかる大きな事故につながってしまいました。
 ここで、もっとも問題になるのは、いちばん多く使われた有機リン剤DDVPくん煙剤です。通常の公衆衛生用薬として害虫駆除に用いるDDVPくん煙剤は、DDVP5%を含む製品ですが、散布業者は農薬として販売されているDDVP30%含有の製品を100g缶29、50g缶23個(原体総量1215g)使いました。
 92年に東京都生活文化局がだした報告「家庭用殺虫剤等の安全性に関する調査報告書」で、DDVPくん煙剤を用いた実験で、同剤の室内濃度の経時変化を測定したところ、処理直後から濃度は急激に低下するものの、17時間後でも、10μg/m3程度の残留がみられ、室内空気を入れ替えると100分の1に下がるが、閉じるとまた元のレベルに回復する性質がみられたとあります。
 これは、市販のくん煙剤を使った場合ですが、静寿園の居室は、その6倍量のDDVPを含む農薬で処理されたのですから、1時間くらいの換気で、とても室内空気汚染がなくなるとは考えられません。おまけに、床にはスミチオンもまかれており、居住者の多くは、有機リン剤に対する解毒能の低いと思われる老人です。薬剤散布等については、殺虫剤はゴキブリより恐いとの認識を持って、細心の注意を払って然るべきだったのです。

 散布した北海道防疫燻蒸社は日本ペストコントロール協会の会員で、いわば、優良業者のはずですが、こういうずさんな処理をするとは、驚きです。
 そういえば、私たちは、96年2月、害虫防除業者を対象とした厚生省や日本ペストコントロール協会ら主催のフォーラムで、筑波大学正野教授が「殺虫剤の安全性に危惧を持つのは大変ナンセンスなこと」と講演したことに、抗議をしたことがありました(てんとう虫47、50、51号参照)。このような薬剤に対する認識の甘さが、中毒事件の背景にあると思われます。

 今回、劇物であるDDVP含有農薬を適用外の違法使用した散布業者やそれを見過ごした施設管理者の責任、さらには、あいつぐ特別養護老人施設での農薬やその関連物質による事故・事件(記事t10204参照)の自治体や厚生省などの行政責任はもっと問われるべきでしょう。
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作成:2000-08-25