室内汚染・シロアリ駆除剤にもどる
t10802#厚生省の室内汚染指針値はこれでいいのか−クロルピリホスは子どもの安全を重視したが#00-11
 前号速報のように9月25日に「シックハウス問題(室内空気汚染)に関する検討会」が開かれました。その後、厚生省は当日論議された室内空気を汚染している4つの物質(エチルベンゼン、スチレン、クロルピリホス、フタル酸エステル類)の室内濃度に関する指針値、TVOCの指針値策定の考え方、及び指針値適用範囲の在り方について、パブリックコメントを求めました(厚生省意見募集)。当グループは以下のような観点にもとづき、意見を具申しました。

【1】エチルベンゼン、スチレンの指針値は現状汚染レベルを無視
 厚生省は、エチルベンゼンについて「マウス及びラットにおける吸入暴露に関する知見から、肝臓及び腎臓に影響を及ぼさないと考えられる無作用量を基に、室内濃度指針値を3.8mg/m3(0.88ppm)」、また、スチレンについては、「ラットにおける吸入暴露に関する知見から、脳や肝臓に影響を及ぼすと考えられる最小毒性量を基に、室内濃度指針値を0.225mg/m3(0.05ppm)」と設定したとしています。
 国立医薬品食品衛生研究所のVOC実態調査で、スチレンは約24倍、エチルベンゼンは3.6倍室外よりも高い濃度で室内空気中に見出だされましたが(t09901参照)、これは、住宅内で使用されているポリスチレン系樹脂(ASやABS樹脂製家電・OA機器・雑貨・住宅部品、発泡ポリスチレン製容器や緩衝材・断熱材・スタイロ畳)や不飽和ポリエステル樹脂製品(ユニットバス、塗料など)から蒸散するスチレン及びエチルベンゼン(ポリスチレン製造時に溶媒として使用され、製品に残留するほか、一般溶剤としても使われている)に由来すると考えられます。
 スチレンもエチルベンゼンも動物実験で、発癌性が認められています。また、前者に含まれるスチレンダイマー・トリマーについて、環境庁は、このほど環境ホルモンリストから除きましたが、数ある異性体のすべてについて、その作用が明かになっているわけではありません。
 今回、設定された指針値は、いずれも、動物による吸入実験結果をもとに算出されていますが、その数値は、室内実測平均値、スチレンで4.7μg/m3、エチルベンゼンで22μg/m3に比べ前者で約50倍、後者で約170倍も高いものです。
 −中略−
 毒性評価値をもて遊ぶ前に、低い実測値を指針とすること、さらには、より低汚染の外気並みをめざすことが、重要だと思います。そうしないと、指針値が、より高い汚染を許容するものになってします恐れがあります。

★消費者は、食べ物だけでなく、空気汚染をもっと深刻に考えよう
 98年5月、日本即席食品工業会が、ポリスチレン製容器を使用したカップめんを擁護するための新聞全面広告で「人が呼吸によって一日に摂取するスチレンモノマー量は15μg以上、カップめん一杯に含まれるそれは、5μgであり、人体には全く影響を及ぼさない量です」としましたが、これは、室内汚染度が1μg/m3(=0.001mg/m3)と仮定した宣伝文句です。その後、消費者はカップめん類の購入を手控え、売上高の低下につながったため、食品メーカーの中には、発泡ポリスチレン製容器をスチレンモノマーやダイマー・トリマー、エチルベンゼンの溶出量の少ない製品や他の素材に改めるところもでてきました。
 たとえ毒でなくても、亀の甲構造の化学物質など食べたくないというあたりまえの消費者の声がカップめん業界を動かしたことを思えば、その何百倍もの摂取を許す空気濃度指針値とは、いったいなんなのでしょう。もともと自然の空気にないような物質を呼吸したくないとこと、室外なみの基準を求めるのが当たり前ということです。

【2】室内可塑剤汚染を減らすには脱塩ビを
 次ぎのフタル酸ジ−n−ブチル(DBP)の場合も同じように実測値が無視されました。
 厚生省は「母動物が経口暴露された仔ラットの発育に関する知見から、生殖器の構造異常等の影響を及ぼすと考えられる最小毒性量を基に、吸入暴露に置き換えて、室内濃度指針値を0.22mg/m3(=22万ng/m3、0.02ppm)と設定した。」としています。
 DBPは環境ホルモン作用の疑われるフタル酸エステルの一種で塩ビレザーに可塑剤として配合されるほか、塗料・印刷インキ・接着剤など身の周りの製品に使われています。
 環境庁の96年の一般大気調査では10〜140ng/m3検出されていますし、横浜国立大学の花井さんは、室内濃度が30μg/m3で室外の100倍以上であったと報告しています。
 東京都衛生局が、今年8月に報告した室内汚染調査では、DBPは100%の検出率で平均659.8ng/m3と室外の約10倍の濃度で検出されました。  星薬科大学の中沢さんが自動車内の空気を調べたところ、夏季には車温度が上がるため2900ng/m3を検出したケースもありました。
 今回設定されたDBPの高い指針値案をとれば、実測濃度はすべてクリアしてしまい、DBP入り塩ビ製品も安全だということになってしまいます。
 DBPとともに環境汚染のひどい可塑剤はDEHPやDEPです。環境庁の99年度の調査報告によれば、DEHPが赤ちゃんの臍の緒に14000〜16万ng/g脂肪という高濃度でみいだされており、胎児の生殖系への影響が心配される状況になっています。
 −中略−

【3】クロルピリホスは子供用指針値0.1μg/m3で実質使用困難に
 厚生省は、殺虫剤・シロアリ防除剤として使われるクロルピリホスについて「母動物が経口暴露された仔ラットの発育に関する知見から、神経発達に影響を及ぼすと考えられる最小毒性量を基に、吸入暴露に置き換えて、室内濃度指針値を0.001mg/m3(=1μg/m3、0.07ppb)と設定した。また特に新生児脳の形態学的変化に係る知見を考慮し、小児を対象とした指針値を0.0001mg/m3(0.007ppb)と設定した。」としました。
 ここで、注目されるのは、指針値がいままで、シロアリ業界の主張していた許容濃度0.01mg/m3の10分の1に、さらに、子供に対する指針値が100分の1に設定されたことです。検討会が、今年6月のアメリカEPAの毒性評価に強く影響された結果だと思われますが、神経系の未発達な子供への影響の評価をはじめて、取り入れたことは、私たちの日頃の主張を受け入れたものとして評価できます。
 同省は、クロルピリホスの室内汚染実態調査の結果を明かにしていませんが、私たちに相談のあった健康被害者の住宅では、処理後相当日数がたった後でも、床下で数10μg/m3、室内空気で数μg〜0.1μg/m3あることはしばしばでした。
 大阪府立公衆衛生研究所の吉田さんらも、シロアリ処理した家屋のクロルピリホスの空気中濃度を調査していますが、和室で0.07−0.41μg/m3を検出した例もありました(日本食品衛生学会第79会学術講演会予稿、2000年)。
 それだけでなく、流し台下の収納庫に貯蔵した精白米にもクロルピリホスが吸着されており、処理後5年間、季節変動はあるものの減少傾向はみられなかったということも明かになっています。検討会の報告では評価されていませんが、クロルピリホスで処理した家屋の場合、空気からの経気的摂取だけでなく、食品の二次汚染による経口摂取も加算する必要があることも忘れてはなりません。
 いままでの空気汚染調査で、指針値1μg/m3以上のクロルピリホスの検出は、通常の処理後でも認められていますし、子供のいる家庭で、さらに厳しい0.1μg/m3の指針値を常時クリアーするのは困難といえます。これで、実質的にクロルピリホスのいままで通りの散布処理はできないということになるでしょう。

★農作物残留基準も見直すべき
 前述の吉田さんは、食品衛生学会誌35巻p−288(1994)で、シロアリ防除処理した家屋の居住者は、二次汚染による精白米への吸着で、空気とごはんからそれぞれ2.25μgのクロルピリホスを摂取していると試算しています。東京都衛生研究所の残留農薬調査では、モモやリンゴ、バナナほかの果実にクロルピリホスが検出されていますが、それ以外に、保存食品からの摂取にも注意を払わねばならないわけです。
 食品衛生法に基づく農薬の残留基準値の設定において、クロルピリホスのADI(一日摂取許容量)は0.01mg/kg体重/日とされてきました。これは、体重50kgの成人男子が毎日0.50mg摂取しつづけても健康に影響がないとされる数値です。しかし、室内濃度指針値は、成人が1日あたり15m3の空気を呼吸するとして、0.015mgの摂取を限度としなさいといっており、両者の間に33倍もひらきがあります。高すぎる農薬残留基準算定のADIと農作物毎の残留基準の見直しが望まれます。特に、アメリカと同様、子供が好む果実などの基準を強化すべきでしょう。

★クロルピリホスの追放は有機リン剤総合規制の第一歩
 日本しろあり対策協会は、11月7日、会員に対して、クロルピリホス剤を段階的にやめていくよう使用自粛要請の通知を出しました。私たちの製剤の認定取消しと回収の要求に、本年7月、協会は国が勧告しないからと、拒否の回答をしてきましたが、厚生省の今回の指針値設定案で、クロルピリホスの使用が困難になったと判断したようです。でも、その背景には、被害者の声にバックアップされた粘り強い私たちの運動と、アメリカの環境保護団体のキャンペーン運動に連動した業界や行政への働きかけが功を奏したことは間違いありません。自粛といっても、白対協は2002年3月末まで、使用をつづける意向ですがら、今後、在庫製品処理のための駆け込み商売がないよう監視していかねばなりません(t10801参照)。
 さらに、クロルピリホスが神経系を侵す有機リン剤であることを思えば、他の殺虫剤はもちろん可塑剤(例えば塩ビ壁紙)、難燃剤(たとえば、パソコン・ディスプレーや家電)を含めた総合的な有機リン化合物の規制をめざしていく必要があります。

【4】TVOCの新築と中古の区別をなくすべき
 TVOC(総揮発性有機化合物)の室内空気濃度について、厚生省は、中古家屋の場合400μg/m3、新築家屋の場合1000μg/m3を暫定目標値としました。
 室内を汚染している何十種もの化学物質の複合的毒性を、個々の化学物質の毒性をもとに評価して規制することは事実上不可能であるため、諸外国でも目下、基準値策定のの手法を検討中のところが多いようです。
 その中で、厚生省の検討会は、室内空気中に見出だされるVOCリストに含まれる化合物の濃度の合計と未特定化合物の推定濃度の合計を加算したものをTVOC値として規制していこうとの方針を示しています。
 いままでの実測値では、新築が900μg/m3前後、中古が350μg/m3以下だったのを踏まえて、上述の暫定目標値を決めたということですが、居住者が健康被害を訴えた濃度が307μg/m3であったことをみれば、目標値を中古でも400μg/m3としたのには首をかしげざる得ません。
 新築の家に入居したり、リフォーム直後から、体に異常を感ずるようになったという訴えをよく聞きますが、いったん高い濃度のVOCらを被曝して、変調をきたした体が、なかなかもとに復さないうちに、汚染濃度は減少するものの症状は慢性化し、そのうち、より微量な化学物質にも反応するようになるケースもありますから、新築と中古の区別をなくした基準を決める必要があるのではないでしょうか。

【5】指定値に法的強制力を
 厚生省は「室内空気質指針値の適用範囲の在り方について」の項で、「本検討会で策定される指針値は、生産的な生活に必須な特殊な発生源がない限り、あらゆる室内空間に適用されるべきである。特に弱者(小児、高齢者、妊婦、病人など)が暴露される可能性の高い空間においては、積極的な空気質管理が求められ、当事者による継続的なモニタリングによってその効果を高めていくべきである。」としました。
 −中略−
 最も問題にすべきなのは、指針値になんの法的強制力もないことです。継続的なモニタリングをして、その数値と比較して指針値を超えるようなら、室内換気をよくしましょうというぐらいの意味しかないのでしょうか。指針値を設定した以上、問題となる発生源に該当化学物質を使わせないよう強制力をもたすことも必要です。

★建材の情報公開なくして室内汚染・健康被害は防止できない
 検討会は、指針値適用の範囲を「住居(戸建、集合住宅)、オフィスビル(事務所、販売店など)、病院・医療機関、学校・教育機関、幼稚園・保育園、養護施設、高齢者ケア施設、宿泊・保養施設、体育施設、図書館、飲食店、劇場・映画館、公衆浴場、役所、地下街、車両、その他」のように例示した上、
「快適で汚染のない室内空間を提供することと同時に、室内空気の汚染に関して知り得た化学物質を明かにして情報開示することは、その空間の供給側の責任である。一方、その情報は消費者の知る権利であることと同時に、消費者自身には、その空間を選択する責任と自分自身の住まい方によって起こる汚染に対する責任が生じる。」としています。
しかし、どのような建材にどのような化学物質がどの程度含まれているかという、建築素材メーカーからの情報公開なくして、室内汚染物質の正確な分析ができず、室内汚染によって健康被害を受ける消費者すなはち居住者をなくすことはできません。
 次ぎに続く、「小児の場合、弱者であり、日常生活において、周囲や他人に物事の判断を委ねることを余儀なくされることが多く、自身を汚染から守る責任には限界がある。」との記述は、小児の場合だけでなく、ブラックボックスに置かれた建材に囲まれて生活しているすべての居住者にあてはまるのではないでしょうか。

【6】室内汚染対策に必要な、さらなる視点
 「シックハウス(室内空気汚染問題)に関する」検討会は、いままで、いくつかの室内汚染化学物質について、指針値を設定してきました。私たちが、最もいいたいのは、シックハウスという名をした会でありながら、指針値がシックハウス病の一種であるアレルギーや化学物質過敏症の対策にはなっていないことです。このことは、検討会内の論議でもはっきりしていますので、指針値以下なら化学物質過敏症が起こらないといった誤解を与えないよう、報告書中できちんとした記述が必要です。その上で、化学物質過敏症などの原因・発病機作・治療法など調査研究を実施してもらいたいものです。

  つぎに私たちがいいたいのは、検討会の設定した指針値が化学物質汚染の発生源となる製品を製造・販売・使用した業者を擁護するものであってはならないということです。
 指針値はそれ以下だから、健康被害がおこるはずはないとのお墨付きではないことを明言すべきです。
 一方で、毒性評価を根拠にするだけでなく、空気汚染の実測値をもとに指針値を設定することが望まれます。空気汚染実態が毒性評価濃度からの指針値より低い場合は、実測濃度を基にした値をめざすべきで、そうしなければ、指針値はこの濃度まで汚染が許される濃度だと解釈されてしまう恐れが大きくなります。

 健康被害を受けた人は、しばしば、いくつもの医院・病院をまわり、発症から何ヶ月も経過して、室内汚染濃度が低下してしまった頃、はじめて室内汚染物質が原因ではないかと気づくわけです。さかのぼって、被害を受けたときはもっと高濃度であったことを証明すことは困難であるため、仮に裁判で因果関係を争っても被害者は敗訴してしまうケースが多いのです。これを防ぐには、家屋の新築・リフォーム・修理やシロアリ防除処理を実施した場合、業者に室内空気の分析を義務付け、指針値を超えて、健康被害がでた場合は、原状回復の義務を負わせることも必要です。

 室内汚染物質をなくすことが、一般環境、ひいては、地球環境の保全につながることを念頭においた上、空気汚染だけでなく、食品汚染、水汚染による摂取総量で各指針値をきめるべきです。さらに気体だけでなく、揮発しにくい粒子状浮遊物質、壁・床・家具の表面に付着しなめたり、経皮的に摂取する化学物質についても検討すべきでしょう。また、製品に含有されている化学物質だけでなく、その分解物(熱分解、化学分解、光分解、微生物分解など)をもターゲットに含め、体内で同様な機作で作用する物質群をひとまとめにして規制していくことが望まれます。
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作成:2000-11-28