農薬の毒性・健康被害にもどる
t11104#農薬との関連が疑われるパーキンソン病#01-02
 前号で、有機農産物栽培に使用が許されるロテノンという殺虫剤がパーキンソン病の原因になるのではないかという最近の研究に触れましたが(記事t11003)、この病気と除草剤パラコートとの関連については、10数年以上も前から警告が発せられてきています。ここでは、農薬とパーキンソン病の関係を、もう少し詳しく紹介しみたいと思います。

★パーキンソン病とは
 パーキンソン病というのは、脳神経細胞が次第に変性していく疾患で、手足の震えや筋肉の固縮がおこり歩行困難などの運動系障害につながる慢性進行性の難病です。50才以上で発病することが多いのですが、40才以下のケースも10%程度あります。日本での発症頻度は10万人あたり100人前後です。
 患者の中脳にある黒質において、ドーパミン(ノルアドレナリンの前駆物質で、神経伝達物質のひとつ)神経細胞死がみられるのが特徴ですが、どのようにして細胞死がおこるのかは諸説があり確定していません。
 古くから一酸化炭素中毒やマンガン中毒でパーキンソン様症状が現れることが分かっていましたが、70年代末に、パーキンソン病状を示す麻薬中毒患者の研究から、合成ヘロインに不純物として含まれていたMPTPという物質、さらにはその酸化代謝物MPPが神経細胞死を起こす原因のひとつであることがわかってくるとともに、遺伝的要因や体内で生成する物質のほかに、なんらかの環境因子が発症の引き金になっているケースもあるのではないかとの疑いが生じてきました。

★除草剤パラコートに疑いが
 図−省略−に示したように、ドーパミン(図a)は窒素を有するアミノ化合物の一種であり、MPTP(図b)やMPP(図d)は六員環の中に窒素(N)を有するピリジン構造を有しています。一方、除草剤パラコート(図c)はこれらの化学構造に類似したビピリジル系化合物であるため、パーキンソン病との関連が疑われることになりました。いづれも、ドーパミン輸送体によって、細胞に取り込まれ、神経細胞死につながると考えられています。

   図 関連物質の化学構造−省略

 東京都神経科学総合研究所の黒田さんの総説論文の中では、パーキンソン病に関する二つの論文が紹介されています(神経内科53巻333頁、2000年)。
Liouによる台湾での疫学調査では、どのような環境因子が問題となるかが考察されました。その結果が表のようなオッズ比で示されています。この比の数値が大きいほど相対危険率が高く、パーキンソン病との関係が大なことを意味します。ただし、信頼率95%の信頼区間幅が広く、オッズ比が1.0を含む場合は統計上の意味はありません。台湾では、地方に住むことや農薬の使用は危険因子であることがわかります。中でもパラコートが3.22(信頼率95%の信頼区間2.41−4.31)と高い数値でした(Neurology48巻1583頁、1997年)。
 一方、アメリカのBrooksらによるパラコートについての動物実験でも、ラットへの投与で、パーキンソン病と同様な黒質ドーパミン神経細胞死や運動障害を起こすことも報告されています(Brain Res.823巻1頁、1999年)。
 これらのことは、パラコートの被曝がパーキンソン病の危険因子であることを窺わせます。
  表 環境因子によるパーキンソン病のオッズ比
                ()は信頼率95%の信頼区間

  環境因子          オッズ比             環境因子      オッズ比

  地方在住           2.04(1.23-3.38)     金属暴露       7.00(0.16-302)
  農業従事           1.81(1.25-2.64)     井戸水飲用     1.07(0.19-5.98)
  果樹園労働         1.70(1.13-2.58)     わき水飲用     1.55(0.90-2.67)
  除草剤/殺虫剤使用  2.89(2.28-3.66)     池水飲用       0.74(0.02-35)
  パラコート使用     3.22(2.41-4.31)     喫煙           0.42(0.25-0.70)
  化学物質暴露       2.00(0.16-24.7)     アルコール飲用 0.59(0.26-1.33)
  重金属暴露         1.57(0.002-1416)
★天然系殺虫剤ロテノン
 ロテノンは、デリス根のような植物に含まれ、図fのような化学構造をもつ天然化合物ですが、昆虫に対しては神経毒として作用し、細胞中のミトコンドリアにある酵素の働きを阻害することがわかっていました。
 アメリカ・エモリー大学のBetarbetやGreenamyreらによるラットを用いた実験では、7日から5週間にわたり、2〜3mg/kgのロテノンが頚動脈を通してポンプで注入されました。ラットの挙動と脳のミトコンドリアへの影響が調べた結果、パーキンソン病に特有な症状と脳神経細胞の変性が認められました( Nature neuroscience 3巻1301頁、2000年)。
 この場合、ロテノンは、細胞膜を通して内部に取り込まれ、ミトコンドリア内にはいって、ドーパミン神経細胞死を引き起こすと考えられます。論文の著者たちは、他の天然又は合成化学物質にも同様な作用を示すものがあるのでないかとして、農薬をはじめとする環境因子によるパーキンソン病に警告を発しています。

★パラコートとマンネブの相乗効果
 浜松医科大学の渡部さんのホームページでは、「除草剤と殺菌剤との組み合わせによるパーキンソン様行動と病理状態の発生」と題して、除草剤パラコートとジメチルチオカーバメート系殺菌剤マンネブ(図f)の相乗効果を調べた研究の概要が紹介されています(出典:Journal of Neuroscience 20巻9207頁、2000年)。
 詳しくはパーキンソン病と農薬をご覧ください。なお、ジメチルチオカーバメート系殺菌剤は、不純物として含まれるエチレンチオウレアとともに、環境ホルモンの疑いのある農薬であることを付言しておきます。

★疑わしい農薬は使用規制を
 農薬とパーキンソン病については、ほかにもディルドリンやヘプタクロル、PCB、HCBなど有機塩素系化合物との関連、あるいは、神経毒性を示す有機リン剤との関係を疑う報告もあります。
 前述のようなラットやマウスの実験をそのまま、すぐにヒトにあてはめることはできませんが、その示唆するところは重要です。昆虫にダメージを与える殺虫剤だけでなく、殺菌剤や除草剤の微量長期暴露によるヒトの脳神経系へ影響が懸念されるわけです。
 多量投与による神経細胞の急性大量死の機構と微量長期投与による変性と緩慢な死の機構は異なり、症状としての現われ方も異なることでしょう。現在でも、内分泌系・神経系・免疫系などが相互に関連しあう複雑な生命維持の機構が完全に科学的に解明されてはいません。そのことがネックになって、パーキンソン病の場合も、疫学調査の結果、ある薬剤が危険因子であることがわかっても、疑わしい農薬が依然として使用され続けています。
 日本でのロテノンの製剤生産32.9トン。パラコートの原体生産は936.6t(内輸出594トン、国内ではジクワットとの複合剤生産1732トン)。マンネブは原体生産652/輸入211、製剤生産941トン、同系のマンゼブは 原体生産2849/輸入38t、製剤生産3862トンで、ほかにもジネブ、ジラムなどが登録農薬として使用されています(統計はいずれも99年度)。
 先の危険因子の関係を示すデータでは、農村部でのオッズ比が高くなっていることを考えると、これらの農薬を散布する人たちや散布場所周辺に住む人たちの健康状態が一番に心配され、日本での疫学調査の実施が望まれるとともに、疑わしい農薬を防除暦から除き、身近での使用を禁止する必要性を強く感じます。
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作成:2001-03-23